1.ジャイアントインパクト
1.ジャイアントインパクト
2.ぼくと秋
3.ぼくと冬
4.ぼくの春
5.僕と華やかな夏
1.ジャイアントインパクト
月は地球にぶつかった衝撃でできた破片の集まり、というジャイアントインパクト説は月ができた一番有力な説とされている。核となる小さな当てもない隕石が地球に衝突した際、当てもない隕石が辛うじて地球からの破片を自分自身に引力で引き寄せた。そのおかげである程度大きくなったので地球の引力につかまり当てのない旅が終了した。そこから月は地球の周りを回り続けている。そして月の成分は、地球とよく似ているらしい。
詳しいことは、分かってないけどね。私が証明してみせるんだ。地球のような暖かな、元気な笑顔でいう少女がいた。僕には難しい話はよく分からない。けど月は地球に'衝撃的'な出会いをして地球の隣を歩き月の運命が動き始めたのだった。ってことは分かった記憶がある。
今なら言える。衝撃的な出会いが運命を変える。って言うのは僕たちと一緒だねと言ったらあの頃と変わらない笑顔で言うようになったじゃない。と笑っていた。
月の運命の人は地球。僕は運命の人と衝撃的な出会いをしました。
ぼくははるき。幼稚園の年長さん。今は病院にいる。ぼくは病気じゃないよ。
病気なのは妹のゆうかちゃん。ゆうかちゃんは生まれてすぐに大きな病気が見つかって入院したり、家に戻ってきたりしている。
いつもだったらゆうかちゃんが入院しているときは、幼稚園に連れてっていもらっている。けど今回は急にゆうかちゃんの調子が悪くなったから、ママたちはバタバタしていてぼくは幼稚園に連れてってもらえていない。ゆうかちゃんが入院した最初の日に幼稚園から帰ってきた後、ママが病院に行く時に来るまで一緒に来て、待合室という所で待っている。すぐそこのトイレと絵本が置いてある部屋には行っていいけど、それ以外はダメ。なんだか疲れた顔をして言うママ。パパは、夕方病院にきておりこうさんにしていたか?とぼく少し話すとすぐゆうかちゃんの部屋に行く。ママと交代してママが戻ってくる。朝はその反対、パパとママが入れ替わる。
昼間、ママは毎回時計の長い方の針が一番上に来るとゆうかちゃんの部屋から出てきてくれる。たまに来ない時もあるし、来てもすぐ戻っちゃうけど。
ゆうかちゃんの部屋にはぼくは6歳だから入れないらしい。小児病棟って言って、その棟には15歳になるまで入室できないという決まりがある。その棟にはぼくより小さい子が自分の病気と戦うためにいる場所で、自分の病気と闘うことに一生懸命になる必要があるから元気な子は入れないらしい。
ゆうかちゃんはもうすぐ3歳になる。まだまだ小さい。お兄ちゃんの僕はおりこうにしていて偉いねっていろんな人に言われるしパパもママも大変そうだからいい子にしていようと思う。
それに、痛い痛い手術というものをして小さいのに頑張っているから、偉いんだっておばあちゃんたちが言っていた。注射も薬を毎日飲んでいるのも。ぼくがゆうかちゃんみたいに偉いねって言ってもらえるのは、いい子にしているときだけだから。
でもぼくだってさみしい。
ママと遊びに行きたいしお出かけだって行きたかったけどママには言わない。ぼくだってこんなにママとパパと遊べなくなるなら妹なんていらなかった。でもいらないって言葉はママが悲しそうな顔をする言葉だからこれも言わない。前にごはんいらないっていったら悲しそうなお顔してたから。
幼稚園の先生は、言っちゃダメな言葉をぼくが言ってしまうとどうしてダメかを教えてくれる。だからぼくも友達の真似していったり、意味を知らなくて言った言葉だとしても謝ったり、使わないようにする。でもママは何も言わないから顔をみるしかない。
あとは、ポポもんパン買ってほしいって言った時もごめんねと悲しい顔をして言われた。
その時は、なんでダメなのか教えてくれなかった。あとで、パパと買い物に行った時にお菓子の裏側を見て難しい顔をしていたから聞いたら、ゆうかちゃんが食べられない物があってそれを見ていたそうだ。字はまだ難しくて読めなかったけれど右側が「し」みたいな字。覚えた。なるほどぽぽもんパンの中にも書いてあるや。
そこからぼくはおねだりを止めた。代わりにママから離れたところでパパみたいに後ろに字がたくさん書いてあるところから「し」が書いてあるものを探した。
本当の意味で、ママが買ってくれなかった理由を知ったのはその後の朝食だった。珍しくゆうかちゃんが入院していない時の朝ごはん。食パンを食べていたらゆうかちゃんが欲しがった。
「ほちい~、おにいちゃんのほちい。」
「ゆうかちゃん、これはお兄さんになったら食べれるの。まだだめよ~、ほらごちそうさましてね」
「ごちそうさま!」
ゆうかちゃんが積み木で遊び始めた。ママはパパにため息をつきながら
「いつまで、これでごまかせるかな」
「ゆうかが欲しがっても、乳製品と書いてある以上食べさせることができないことはできないから本人がもう少し大きくなったら、伝えればいいんじゃないかな」
「はるくんはよくてゆうちゃんはダメってそんなの…」
「今言ってもしょうがないじゃん、次の手術がうまくいけば将来的には緩和されるかもしれないって言われたじゃん」
そうだけど、とママはキッチンに立った。ゆうかちゃんが欲しがるからぼくも一緒に我慢。ぽぽもんパンにはシールがついている。ゆうかちゃんが欲しがってもぽぽもんパンを食べることができないからシールもない。そうなったら可哀そう。
幼稚園のおともだちの水筒には、ポポもんパンのシールが貼ってある。ぼくも一緒にしたかったから、本の付録のシールを貼った。水筒を洗ったらすぐにはがれてしまった。
シールのはがれた水筒をもって足をぶらぶらさせる。本格的に暇だ。
外は、いい天気なのにぼくは座っているだけ。毎日毎日座っているだけ。遊び絵本とかあるけどまだちゃんと読めない。ひらがなだって練習しに幼稚園に行きたい。お友達とおしゃべりしたいしおにごっこだってしたい。
本日の天気は7月にふさわしい晴れの日です。目の前のボリュームを落としたテレビが言っている。
そういえば、この間テレビで冒険に行く子供の話をやっていた。ぼくより小さい子の話。だけどぼくだってできるんじゃない?
よーし、椅子から少し離れるだけ、すぐに帰ってくるから。
「よっこらしょ」
座っていた椅子から勢いをつけて降りると、朝ママと来た道をたどる。何度も来ているから正面玄関にたどり着くのは簡単だった。正面玄関前の2つの自動ドアの最初のドアの前にそーっと立つ。
「たかはしはるき、6歳、冒険を開始します。」
テレビの中の男の子が叫んでいたセリフ。ぼくは病院だし秘密だから小さい声でね。
そういったもののしばらく勇気がでなくてドアの前を行ったり来たり、そのたび自動ドアが開いたり閉じたり。
やっぱり、悪いことをするのは勇気がでない。普通はいいこにしてなければいけないから。
しばらくドアの前をうろうろしていたけれど、決心してドアに向かって走り出した途端の出来事だった。
ドン!!!
衝撃がぼくを襲った。
次にしりもちをつく衝撃の前に反射で目をつぶった。
でも、ぶつかった衝撃以外は何ともなくて、代わりに女の子に腕を掴まれた。
「ちょっと、きみ。いきなり飛び出してきちゃだめでしょ。ここは病院で急に動けない人だっているんだから、まあ考え事していた私も悪かった。ごめんなさい。」
びっくりした。
「ぼくもごめんなさい」
女の子はぼくの事をじっと見つめると、おもむろに、
「きみ、病院の子じゃないね、外出ていいって言われているの」
げ、ばれた。
「え、っと、あの」
「ママとパパは?」
「えっと、あの、あっち…」
「ふーん、ねえきみ暇?」
いきなり女の子が話を変えてきた。
「とっても暇」
これは素直に返事ができた。
「そこは素直ね。今度読み聞かせをするんだけど、自信がないから練習に付き合ってほしいの。お願いします。ドラゴンと人間の男の子の冒険の話なんだけど、いい?」
ぼくは食い気味に頷く。
「おもしろそう!読んで読んで」
「ありがとう、じゃあ上の小児科の待合室で読んでもいい」
そうだった、戻らなければいけない。さっき春輝が一人で来た道を今度は二人でゆっくり戻る。
「きみ名前は」
「ぼく。たかはしはるき」
「春輝くんね、何歳」
「6歳」
「春輝くんは病院の子じゃないんだよね」
「うん、僕は元気、ゆうかちゃんが入院しているの」
「ゆうかちゃん?」
「ぼくの妹」
「ふーん、我慢している兄貴ってところか」
女の子はふっと笑って、私と一緒にと呟いた。
「ほんじゃあ、本とッてくるから私の鞄と一緒に先に待合室で待ってて。すぐに行くから。鞄大事なもの入っているからよろしくね。」
「うん!」
ほどなくして女の子はみどりいろの本を持ってきた。
「エイルとドラゴンって言うの、かばんありがとう。こっちおいで。」
エイルは町に住む10歳の男の子。伝説になっている遠い動物の島に龍のこどもが捕らわれていることを聞いたエイルは一人で両親に黙って冒険に行くところから始まるお話だった。
「…ようやくついた動物島の近くの大きな島、フルーツ島。僕はここから隣の動物島に行って龍の子供を救うんだ。」
「春輝?」
ちょうどお話に切りが付いたタイミングで名前を呼ばれた。パパだった。
「パパ、本を読んでもらった!エイルすごいんだよ!」
「こんにちは、すみません。春輝くんに読み聞かせの練習に付き合ってもらいました。」
「あ、すみません。こちらそこありがとうございます。春輝お礼を言いなさい。」
パパに促されて、ありがとうっとお礼をいう。気がついたらもう夕方だった。
「どういたしまして、こちらこそありがとう。じゃあ私行くね。」
「もう行っちゃうの。」
続きも読んでくれるものだと思っていた。女の子ぼくの目線までしゃがんで声を落として
「そーよ、よかったね。今日はお父さんわりと速く来てくれて。じゃーね、春輝くん。」
「春輝。お姉さんにありがとうして」
いやだ、せっかく見つけたぼくの事を構ってくれるお姉さん。絶対離しちゃだめだ。またずっと待っていることなんてできない。
「やだ」
そういって女の子にしがみつく。女の子は驚いた声でえっと一言。
「こら、春輝。お姉さん困っているだろう、やめなさい。」
「やだやだやだ。」
一人でまっていることなんてできない。やだ、ぼくだって退屈で暇で何よりも…女の子にしか聞こえない声でつぶやく。
「さみしいんだ」
「人様の迷惑になることはやめなさい、春輝!」
パパの聞いたことない声に首をすくめる。思わず女の子を掴む手を緩めた時、ふっとわたしと一緒じゃない、と呟いた声が聞こえたような気がした。
「え・・・?」
「ねえ春輝くん、明日もいる?」
「明日もいるよ」
どうせ、明日も次の明日もそう。ずっと待っているだけ。
「明日、続きを読んであげる!」
「やだ」
今回のゆうかちゃんの入院の始まりだって、明日公園行こうねっていってたらゆうかちゃんが朝急に高熱がでて緊急入院になったから。公園にはもちろん行けていない。
どうせ一緒だ。諦めて今度こそ完全に手を放そうとした。
「こら、春輝いいかげんに…
「そしたら、これ貸してあげる。」
そういって女の子が腕からとって差し出したものは、キラキラしたものが周りにたくさんついた小さな時計だった。
「なに、これ」
「魔法の時計よ。私の大切なものだけど貸してあげる。約束した時間の私と会える魔法の時計よ」
そういって、ぼくの手首に時計を巻く。
「魔法の時計」
「そう、明日この針が重なる特別な時間に会えるよ。だけどそのためにはやらなきゃいけないことがあります。」
「なに?!」
「ママとパパの言うことをよく聞くこと。それからお手伝いをすること。」
それならぼくにもできそう。こくんと頷くと女の子から離れて手を振る。
「わかった、じゃあ明日ね」
「うん、ばいばい」
女の子は病院の奥に入ってい行く。
不思議な魔法の時計と可愛い女の子。
僕たちの衝撃的な出会いはこんなことから始まった。
「さっそくー、パパなにかお手伝いできることはある?」
「え、ああ、そうだな。ママと交代してくるから少し待っていてくれ。」
そういうと、ぼくの腕に巻かれた魔法の時計をしげしげみて
「ブランドものとかではなさそうだな。」
なにやら女の子が怪しまれていること感じ慌てて
「女の子に本を読んでっていったのは、ぼくだよ!へんな人じゃないよ!」
「そうか、よかったな。優しいお姉さんが遊んでくれて。」
「うん、はやくママと交代してきてね。」
パパは手を振って小児病棟の奥に入っていく。
本当は、病院の外にでて悪い子になるところだった。
でも、可愛い女の子のおかげで退屈もまぎれたし、悪い子にならなくて済んだ。
ほどなくして、パパと交代したママがでてきた。
ママはなんだかいつも疲れた顔をしている。
「帰ろうか」
でも今日は魔法を使うために言わなければいけないことがある。ママを急かすように
「何かお手伝いすることある」
少し驚いた様子のママに魔法の女の子に会った話をする。
「だから今日はいい子にして、お手伝いするの。」
「そういうことね、ごめんね」
何を謝ったのかはよく分からなかったが、ぼくの興味の対象はお手伝いをすること。
確か、幼稚園の先生が言うみんなお手伝いをしてあげてねーというのは小さい子たちの事を助けてあげること。
それから、自分のできること事は自分でやること。先生が助かるらしい。
車のスライドをママにあけてもらうとチャイルドシートに座った。ママが反対側の後部座席に荷物を置いているときに、自分でシートベルトを止めてみた。
カチャンと音がする。いつもママが締めたあとするように引っ張ってみる。できた。
戻ってきたママは、シートベルトが締まっている事に気が付くと、自分で閉められるようになったのと少し喜んでくれた。
おうちに戻ると、皿を並べるお手伝いをした。今日読んでもらった話をする。女の子は練習と言っていたが、幼稚園の先生がみんなの前でする音読と同じぐらい上手だった。
魔法の時計の話もした。大切な時計なんだってとママに見せる。
「そうなのね」
ママはぼくの掲げる時計に視線を送るとごちそうさましよっかと促した。お皿を流しに運ぶとありがとうと帰ってきた。いつもママがしているように自分でパジャマを持ってきて我儘を言わずに寝た。
本当のところは明日、魔法がちゃんとかかるかドキドキして寝付けなかったけれど...
次の日も朝から待合室で待っていた。昼にママとお弁当を食べた。魔法がかかるのは針が重なる時、もうすぐ。足をぶらぶらさせていると、
「ちゃーんといい子にしてた?」
後ろからいたずら笑顔と共に女の子登場
「魔法だ!」
「ちゃんと魔法かかったでしょー」
にこにこと笑う顔が優しくて眩しい。隣いい?という言葉に頷くとストンと腰を下ろした。
家に帰ってからしたことを嬉々として話す。うんうんと頷いてくれるから止まらない。
ママが長い針の時間に来なかったのも気が付かなかった。
あらかた話終えて続きの本を読んでとせがむ。
鞄から取り出した本。聴く人を引き込むような声。
いつの間にか本をのぞき込んで動物とエイルが対決するシーンで女の子の腕を掴んで握りしめていた。
「見にくい?」
「え?」
「腕すごい掴んでるから、えっと…ここ来る?」
そういって指をさしたのは女の子の膝の上だった。
「うんっっ」
そう元気に答えると恐る恐るといった感じで、ぼくの脇の下に手を入れて持ち上げられた。
そのまま女の子の膝の上に座ると女の子の顔がとっても近かった。まつ毛が長くて、笑うとほっぺたにきゅっとくぼみができる。
何故かドキドキして下を向いて本の続きをお願いした。
さっきと違って両腕が自由になった女の子は片手で本を持つと読んでいる部分が分かりやすいように手で文章を追ってくれた。
「はるくん」
後ろからママに名前を呼ばれた。少しすっきりした顔をしていた。続いてママは女の子の方を向けると
「本当にありがとうございます、少し仮眠できて…」
「よかったです。看病している方も辛いですもん。」
そういってにっかり笑う。ママが来たから帰ってしまうだろうか。女の子の袖を引っ張って聞く。
「パパ来るまで、もうちょっと読んでくれる」
「もちろん、あと一時間ぐらいですか?」
「今日もお世話になってること伝えたら、定時で切り上げてくるらしいの」
本当にありがとうございます、とママが女の子に深々と頭を下げていた。女の子は手をぶんぶん振りながら照れていた。
パパが迎えに来ると女の子は鞄から小さい本を見せて、パパと何か話した。
パパは「名門高校の!」と驚き声をあげた。女の子は苦笑しながら首を振りパパになにか伝えていた。
ぼくはもう一度、女の子の袖を引っ張るとずっと気になっていたことを聞いた。
「もう来てくれない?」
女の子は僕の目線の高さまでしゃがむと、
「お話が終わるまで毎日来るわ。」
「終わったら来てくれない?」
「そうしたら、今度ははるきくんに読み方教えてあげる、続きの本も読むわ。」
だから、少しでも寂しさがうまればいいわなんてぼそりと聞こえる。
「だからまた明日会おうね。」
「分かった!またいい子にしておくね、明日話聞いてね」
バイバイと手を振って別れた。
パパと交代したママと手を繋いで駐車場に向かった。
「今日ね、かんなちゃんと病室の前で行き会って春輝くんと一緒に待合室にいるから気にせず仮眠とってきていいですよって言ってくれたの」
「かんなちゃん…?」
ママと目を合わせる。
「今日本を読んでもらってた、お姉さんだよ」
肝心なことを忘れていた。
「ぼく、名前聞いてなかった。」
ママは足を止めてまじまじとぼくを見て、久しぶりに聞く笑い声をあげていた。
次の日、女の子に名前を聞いた。
「かんな、華やかな夏って書いてかんなって読むの。」
「かんなちゃん、かんちゃん…?」
「かんちゃんでもいいよ」
「じゃあかんちゃん!」
はじめて会った時のようにかんちゃんに年齢を聞いた。
16歳、高校2年生。
そんなかんちゃんとぼくの出会いはそれからしばらく続いた。
次の日も、次の日も読み聞かせは続いた。魔法の時計はずっと借りたままだった。かんちゃんに返さなくていいかと聞くと、大切にしてくれるなら貸しままでいいよ。と
時計のデザインは星はぼくの幼稚園のシールと一緒。ハートのような形が4つ。これは何だろう。尋ねる。
「公園に生えている葉っぱでね。ふつうは葉っぱが3つしかないけれど、4つ葉っぱがある時は特別に四葉のクローバーって言うのよ。幸せを運んでくれるって言い伝えがあるよ。」
「どうやって幸せを運ぶの」
「うーん、葉っぱの上に4つ目の葉っぱに乗せて運ぶのかもね。」
そういって笑う。かんちゃんは何でも教えてくれる。
字も教えてもらった。読み方も書き方も。早くかんちゃんみたいに綺麗に書けるようになりたい。ゆうかちゃんとママにお手紙を書いたらママはすごく嬉しそうにしていた。
「どうしよっか…」
読んでもらっていた本の中で無事に主人公が龍の子供を救い出し物語が終わった。すでに読み聞かせは一周していて、ぼくがかんちゃんに読み方を聞きながら音読したあとだった。
もうかんちゃんが来なくなってしまうかもしれない。不安に思って見上げると、本の最後のページを探し嬉々とした顔を向けるかんちゃんと目があった。
「知ってた?この後、龍がお礼にエイルの家まで空の冒険をする本があるんだよ」
「そうなの!!!」
よかった、まだ来てくれる。さらに嬉しいことに龍の家を探す更なる続編の本もあるみたいだ。
「どうしよっか…」
再度試案するような顔のかんちゃんに尋ねた。
「なにがどうしよっか…なの?」
「ここの病棟の子供図書館には、続編の2冊がなかったの。そもそも私たちが使うのはあまりよくないんだけどね」
検索しようにもスマホは使えないし…と窓の外を見た。
「ねえ春輝くんちょっと待っててくれない、公園の向こうの図書館にあるかもしれない。」
「えー、ぼくも行きたい」
「ダメだよ、春輝くんのママとここにいるって約束しているもん」
「じゃあママにお外出ていいかお手紙で聞くから、お願い」
「うん!それはいい考えだわ」
賛成と筆箱から鉛筆とシャープペンシルを出して鉛筆とノートの切れ端を渡してくれた。
まだうまくかけなかったり分からない文字もあるから隣で書いてくれる文字を見ながら書く。
時計の読み方も教えてもらった。明日は学校の掃除当番でいつもより30分遅くなってしまうとのことだった。
会えるなら大丈夫、待てる。
次の日、お手紙大作戦が成功して、ママとちゃんとかんちゃんの言うことを聞く。危ないことはしないと約束した。
今日のかんちゃんは制服だった。かんちゃんが、ゆうかちゃんとママのいる病室に話に行く間預かった荷物に、小さい本やノートが入っていた。星のシールがついていたり、書いてあった。
戻ってきたかんちゃんに荷物を返すと、手を繋いで歩き出した。
図書館は道路を挟んだ大きい公園の中にある図書館で中央図書館の機能を果たす図書館なのだがみんな公園の名前をとった図書館と呼んでいるらしい。歩きながら説明してくれる。
外は暑くてセミが鳴いていた。久しぶりの昼間の熱い時間の太陽だった。
「あつー」
エントランスで控えめな声が聞こえた。涼しい顔をして図書館は小さい蟻の声で話すんだよとか教えてくれていたから、てっきり熱くないんだと思っていた。ぼくの持っていた水筒のお茶を飲むように促されるとママが氷を入れていてくれたおかげでキンキンに冷えていた。
「いこうか」
一歩図書館に足を踏み入れると右にも左にも本が並べてあった。
右の方に進むと本がぎっしり入っている棚がいくつもあり立ち尽くす。
「すごいっ」
思わず繋いでいた手を引っ張ってかんちゃんの顔を見る。懐かしそうな顔をして周りを見ていた。引っ張ったことによって本来の目的に気が付いたように、本を探そうと棚の間に入っていった。
最近覚えたばかりのひらがな順に並んでいる本棚から続きの本を見つけると、さっき見た受付ではなく小さい受付で本を借りる手続きというのを行った。
かんちゃんは専用カードを持っていた。
ぼくも欲しいとせがむとママにまたお手紙書いてねと言われたので、病院に戻って手紙を書いた。そのあと続きの本も読んだ。