【Chapter/38 おかえりなさい】その2
「おーい、アリューン!」
クロノは回線越しにそう叫んだ。それを聞いたアリューンは……。
「く、クロノさんでですか? 本当にクロノさんなんですよね!」
「ああ、正真正銘のクロノ・アージュだ。約束どおり、生きて帰ってきたぜ! さぁて、こいつら全部ぶっ飛ばして、アリューンの作ったステーキでも貰おうか! クロノ・アージュ、ヴァルキリー級を援護する!」
「は、はい!」
クシャトリアは両翼のアンカーを分離させて、ヴァルキリー級に接近してきたアヌヴィス二機の後方にアンカーを回り込ませた。それにアヌヴィスのパイロット達は気づいていない。そして、アンカーは展開されて粒子砲を二機のアヌヴィスの背中に撃ち込む。
二機のアヌヴィスは成す術もなく、撃墜される。何に落とされたかも分からないまま……。
「やりぃッ!」
クロノは軽く親指を弾く。クシャトリアは脚部のミサイルの照準を半径五百メートル以内にいる、全てのアヌヴィスに定めた。その間、約二秒。そして、クシャトリアの脚部のミサイルポッドから無数の追尾ミサイルが、七機のアヌヴィスに向かって射出された。
そのうち三機はミサイルが直撃し爆発、二機は中破、完全に避けられたのはたったの二機であった。どうやら突然の援軍に敵も動揺しているようだ。つまり、今が攻めるチャンスというわけである。
「敵さんは錯乱状態だ! テンペストを撃つなら今だぞ、ミウ艦長!」
「ええ、分かったわ! テンペスト、発射用意!」
「おっけぇ! クロノが生きてたから、やる気がうなぎ登りなんだよーっ! テンペスト発射可能まで約三十秒だよ。それまで、クロノちんが守ってくれるよねっ!」
「ああ、まかしておけ!」
「ホーミングレーザーッ! 吹っ飛べ!」
ショウの叫びとともに、オリンストの胸部が開き青い無数の光が、前方の五機のアヌヴィスに向かって放たれた。それは三機のアヌヴィスを戦闘不能にする。しかし、残りの二機が挟み撃ちでオリンストに突貫してくる。
オリンストは右手に構えたラグナブレードの白銀の刃でアヌヴィスの胸部を一刀両断する。そして、もう一機のアヌヴィスもすれ違いざまに、両手を切り落とす。
そんな中、後方より接近する機影が見えた。アヌヴィスの三倍の速さはある。それは……。
「後方より、敵です! これは……あの時の黒いアテナです!」
「マスティマか? だったら……」
後方より接近してきたのは、やはりマスティマだった。ジャマーフィールドを使っていた為、接近してくるまで気づかなかったのである。マスティマはオリンストとの距離三百メートルの時点で動きを止め、腰に帯刀してある刀を二本取り出しオリンストに向かって構えた。
オリンストもラグナブレードをマスティマに向かって構える。白銀と黒金が今、交わるのだ。
「また会ったな……ショウ・テンナ。久々と言っても良いぐらいだ」
「お前も、中枢帝国を裏切った人間なんだろ? 何でこんなことをした? 俺には分かんないさ……あんたの考えていることが」
「理由は簡単だ。私はアルベガスに雇われた傭兵だ。アルベガスの命令に準じて、中枢帝国を攻撃したまでだ。俺は中枢帝国の者ではない」
キョウジの瞳は冷たかった。
「でも、こんな世界、。認めてしまっていいのかよ? 俺は認めねぇ!」
「平和には犠牲は付き物だ。大多数の死によって、永遠の平和が訪れるのだ」
「でも、永遠の平和だって、俺は認められない。やりたいことができない社会。サユリのように歌手になりたい奴もいれば、シュウスケのように戦艦の整備をやりたい奴もいる。そんな気持ちを、統一国家の圧力で踏みにじってしまう……少なくとも、それに反対する奴は出てくるはずだ。そんな奴らも、お前らは殺す。反対意見を封じ込めて、それで平和の使者だとか名乗っているのが、俺には不気味だ。あんたも分からないのか?」
「成長したようだな……。お前の言っていることも理解できる。ただ、私は傭兵だ。任務に私情は入れないと決めている」
「そうかい……じゃあ、俺はあんたを撃つ!」
「私もそうしようと……考えていたところだ!」
オリンストとマスティマは互いに突貫する。そして、ぶつかり合った反動で二機とも吹っ飛ぶ。しかし、二機はそれを繰り返す。互いの刃で傷ついた装甲の破片が、飛び散り発火し火花となる。
螺旋状にぶつかり合うマスティマとオリンスト。そしてそれは、マスティマの赤い光とオリンストの青い光がぶつかり合っているように見えてきた。互いにぶつかり合った時のエネルギーを吸収し、光速となった二機。
しかし、赤い光は次第に速度を弱めて停止する。
「っく……」
「どうだ? 俺は強くなった!」
「やるようになったな、ショウ・テンナ。一つ良いことを教えよう……」
「はぁ? 何言ってんだよ? 俺とお前は敵で……つーか、そういう少年漫画みたいなノリ、やめといたほうが良いぜ?」
「だったらこのことをどう言って伝えればいい? いや、失礼。それでも知らなくてはいけないことがあるということだ、ショウ・テンナ」
「分かった……言ってみろよ」
「この戦いの真の敵は神名翔と呼ばれる人物だ。アルベガスではない……そして、ナギサ・グレーデン。君の記憶の中にも神名翔はいるはずだ」
「わ……たしの記憶の中に?」
ナギサは呟く。大きな声は出さなかった。
「そうだ。だが、君と呼ばれる存在は宇宙のハザマと呼ばれるものに、二つに分割されてしまった。それが君と渚だ。しかし、神名翔を愛していたという記憶はもう一人の君にしかない。君の記憶の方には無いんだ。そう、オリンストとマキナヴ……もう一人の君が乗っているアテナが分割された存在であると、同じように」
「その……宇宙のハザマってなんですか?」
「それは誰にも分からない。神名翔のみが知っている……とでも言っておこうか」
「何故、そのような情報を俺たちに教える?」
「想像力を働かせろ。私から言えるのかここまでだ。時間が無い」
キョウジがそう言うと、マスティマは撤退していった。それと同時に全てのアヌヴィス隊が、キョウジの撤退命令を受けて撤退する。ヴァルキリー級がテンペストを放つ必要もなく終わったのだ。意外な展開に皆、目を疑った。そう、ショウたちは勝利したのだ。だが、ショウとナギサはその勝利を勝利だと思えなかった。いや、つっかえるものが多すぎて、それほどではなかったのだろう。
こうして、カルサニコフ基地から宇宙に上がった、計十五隻の艦隊は窮地を脱したのであった。三時間後、月からの援軍により、計三十七隻もの大艦隊となる。だが、これでもエルヴィスの中隊に勝てる自信はなかった。
数では優勢の諸国連合だが、エルヴィスの量産型アテナの前では手も足も出なくなっているのだ。いつしか、諸国連合対中枢帝国という戦争の構図は、諸国連合対エルヴィスに変わってしまっていたのだ。
ただ、この全ての出来事が、神名翔によって動かされているとは、まだ少数の人間しか知らなかった。いや、信じようとしなかったのだ、それを。
そして、太陽系は狂い始める。