【Chapter/36 パラダイス・ロスト】その2
「さっきの演説……ナギサはどう思っている?」
「私は……平和になるのは良いと思います。しかし、その為に自由を制限されたり、大多数の人間を生贄にしたりするのには反対です」
大多数の死で作られた理想郷か……。俺はそれでもいいと思ってしまう。だけど、それが正しくないことぐらい分かっているさ。狂人と化したユウを見ればな。だけど、これでナギサが苦しまずに済むとなると……。
いや、それよりも本人の意思が大事だ。本人がどう考えているのか? これを止めたいと思っているのかそれとも、ダメなのは分かっていても、動きたくないのか……。今のナギサは悩んでいる。
慰めてやりたい。しかし、そのせいでナギサを迷わせることがあってはならない。だから、今の俺にはナギサの気持ちを少しでも満たしてやることしか出来なんだ。
答えを見つけるのは俺じゃない、ナギサだ。
「外に出よう。庭の空気を吸えば、気分は良くなると思うよ」
「はい……」
ショウとナギサは庭に出た。草木の青臭い匂いが二人を癒してくれる。こうしていると、世界が狭く感じてしまいそうになるほどだ。
「こんな世界……誰が望んで作ったのでしょうね?」
「……分からないけど、生まれてきたからには憎しみや悲しみ、苦しみがあるだろう。人と同じようにこの世界も……育っていくんだ」
「じゃあ、アルベガスの言っていることが正しいっていうのですか?」
「それが正しいか、間違っているかは未来になってからでないと分からないよ。ただ、俺は大切な人を守る道を行く。それが正しかろうと、間違っていようとも俺は後悔しない」
「…………」
「この世界では〈何が正しい〉だなんて決っていない。俺たちが正しいと思えば、俺たちの中では正しくなる。だけど、それはあくまでも俺たちの中のことであって、他人は正しくないと言うのかもしれない。だから、人は分かり合えないんだ。永遠に……」
風が二人をすり抜ける。少しの間。二人は沈黙を保っていた。
「……逃げて……ばっかですよね。私、ショウに逃げてばっかりですよね。いつも、守られていて、慰められていて。ショウにとってはどうでもいいことも、私にとっては苦悩になってしまう。やっぱり、私、弱いと……」
「弱いと思っているから、弱いんだよ。誰にだって悩み……いや、そんなに小さいものではないな。苦しみ、を持っているんだ。それは永遠に他人に理解されないことだよ。だから、そう思ってしまう気持ちも分かる。俺も前まではそう思っていた。他人に理解されないと言い訳をして、逃げて、めちゃくちゃになったり、泣いたり、他人に八つ当たりをしたりさ。本当はそれを理解されたいくて仕方がなかったんだ」
「私は逃げてばっかりです……。少しでも強くならなくちゃって思っていても、前に進めていない」
「強くなろう、って気持ちがあるなら、それはナギサが強いっていう証拠だ。そう思うことで、少しは前に進める。ゆっくりでいいさ。自分なりの答えを見つけられたならば、ナギサは自分の強さを知ることなると思うよ」
「やっぱり、ショウって強いね」
「俺もまだ、答えを見つけられていないんだけどな」
「ショウ……でも、今は少しだけ逃げてもいいですか?」
「思いつめないほうがいい。そうやって思いつけると、いつか昔の自分のようになってしまうかもしれないからな」
ショウはそう言うと、ナギサと唇を重ねた。そこから、優しさが伝わってくる。二人はそのまま見つめあった。今までのように傷を舐めあう欲情的なキスではなく、心の底から《好き》という気持ちを伝え合う本当のキスだった。
離さない……。守るべきもの。でも、俺は自分自身の気持ちを抑えていたのかもしれない。守るべきものはナギサ以外にもたくさんいる。サユリ、シュウスケ……高校でいつも一緒にいた二人。ヘーデさん、リョウ、エミル、アリューンさん、ミウさん……第十七独立機動艦隊のみんな。
それは俺にとっての守るべきものだけではなく、ナギサにとっても守るべきものなのだろう。俺は年上として、ナギサを導かなきゃならないんだ。そうだろ、兄貴?
「俺、明日ここを出ます。色々とお世話になりました」
「ショウさん……答えが見つかったのですね」
淳朴とショウは一緒に門を掃き掃除していた。あたり一面、若草色の畑が広がっている。この付近は農耕が盛んに行われているのだ。いわば、砂漠地帯の中にある巨大なオアシスと考えたほうが良い。純教の方も同じような所に寺院があるらしい。
「ショージキ、まだ答えみたいなものは見つかっていないんですけどね。ただ、俺にも守るべきものがあるって事です」
「私もこの寺院を大切に思っております。修行の者たちも……皆、私にとって大切なものでございます」
「どうして、人って分かり合えないんでしょうね?」
「考え方の違いというものです。向こう側の純教の人々と我々は決して仲の良いものではありません。ガリア教と純教の対立も、上の者たちの極端なエゴが引き起こしているものです」
「じゃあ、淳朴さんはガリア教が良いと思っているのですか?」
「いいえ、私は純教もガリア教も良いと思っています。ただ、信仰が広まるにつれて、考え方が両極端になってしまうのです。エゴイスト達が権力を握り、本当の教えというものを曲げてまでも対立する考えを潰そうとする。それが人間というものです」
「……だったら、何で淳朴さんはここにいるのですか?」
「生まれたのがここだったからです。この緑々とした自然を見ると、ここにいて皆様の生き生きとした姿を重ね合わせてしまい、どうにもこの寺院を出ることができなくなってしまっているようですね……。あッ、もう時間ですね。お昼ごはんを作らないと……」
「後片付けは俺がやっておきます」
「ありがとうございます……では」
そう言うと淳朴は寺院の方へ向かっていった。ショウは箒を二本持ち、物置へと向かう。物置は畑のど真ん中にあるらしい。ふと、ショウは景色が一望できる丘を見つけたので、登ってみることにした。
そこからは畑で働いている人、修行から帰ってくる僧、無邪気に遊ぶ子供。いつかこんなところでナギサと一緒に暮らしたい、ショウはそう思った。そして、大きく息を吸った。空気がおいしい。宇宙空間の空気(正確には空気ではなくマナだが)の質がいかに悪いかが、分かるぐらいだった。
だが、それも今日まで……。明日から、俺達は戦いに戻らなきゃならない。明日の今頃はきっと、オリンストに乗っているのだろうな……。
「無敵~ゴウガンナー。繰り出せロケットパンチィ~♪」
昔、こうやって兄貴と一緒に冥王超星ゴウガンナーを歌った記憶がある。スッゲー、兄貴が音痴でさぁ……。今思うと笑えてくる。これが日常だったのかもしれない。日常に退屈してはいなかったけど、何かが足りなかった。きっと、こういう日常を求める気持ちが足りなかったのだろうな。
いっつも、机に向かってペンを走らせていた。兄貴に勝つために……。今になって思うと、スッゲー無駄なことだったと思う。こういうことに勝ち負けなんて無いのにさ……。進路もろくに決めずに、ひたすらやっていても仕方がないのにな。
「懐かしい。こんなに青臭い匂いを感じたのは何年ぶりだろ?」
その時、轟音が寺院の方から聞こえた。それは一瞬にしてこの場所の静寂を破るものだった。騒然とする人々。走り回っていた子供の動きが止まる。畑仕事をしていた人は道具を置く。
あの音……まさか! 煙の中から見えるシルエット……それはアヌヴィスだ。何の目的で……もしかしたら、ナギサのことか?
ショウは寺院に向かって走り出した。