【Chapter/36 パラダイス・ロスト】 その1
こんな日々が続いてくれたらなぁーって、思ってしまう。でも、これは刹那。そう、自分に言い聞かせているはずなのに……。なんでだろ?
夜明け前だというのに私は……。こうやって、ショウと交わっている。可笑しい。少し前までは、嫌悪の対象だったのに。今は大切な人になってる。私って、変だよね。こんな身勝手な……うんん、今は違う。私の事を思ってくれている。誰よりも、ずっと。
「ショウ……」
「疲れた……そういえば、俺たちずっと眠っていなかったよ」
「あ、私もあんまり寝てませんでした……」
そっか……。私たち、寝てなかったんだ。気づかなかった。冷静に考えると、相当嫌なことが溜まっていたのかもしれない。それを互いに舐めあっていた。自己満足なんだろだろうけど、それが気持ちよくてやめられない。
普通じゃ考えられないこと。アブノーマルなこと。それが平気でできるってことは、私たちは戦場で感覚が麻痺していたのかも……。まるで獣。
「こうやって手を繋いでいると、世界なんてちっぽけなものに思えてくる。今の俺の中の世界はナギサだけだ。でも、オリンストに乗ると、世界の全てが見えてしまう。目を瞑りたいけど……無理なんだ」
「すぅ……すぅ……」
「はぁ……もう寝たかぁ」
―――これは正しいことなの?
―――戦いの無い世界……だから、正しいの。
―――こんなままでいいのかな?
―――もう、苦しまなくてもいいのよ。
―――でも……でも、みんなは苦しんでいる。
―――いい加減やめなさいよ、偽善者。
―――違う、私はみんなが死ぬのが嫌なの。
―――でも、自分が死ぬのが一番嫌よ?
―――でもさ……この世界は。
―――世界なんて関係ないわよ。私はショウと平和に暮らしたい。
―――それは戦いが終わってから……。
―――あんたはショウと気持ちいいことしていればいいんでしょ!
―――違う! 私はもう逃げていられない!
―――だったら何? また、偽善者の言い訳ですか?
―――私は……逃げない。
―――今は男の中に逃げ込んでいるのに?
……無言……
変な夢……もう一人の私が夢に出てきた。いったい何なの? 私はどんな存在なの? ねぇ? 私って二人いるの? ねぇ……。
「ショウ……もう朝?」
「あぁ、朝飯だな。着替えるぞ、今日には出発する」
「は、はい……」
ショウは服を着て障子を開ける。快晴の空。眩しいぐらいの光が部屋の中に入ってくる。閉鎖的な空間に吹く風は心地好かった。ナギサも服を着たので、ショウは食堂に向かった。
「おはようございます、淳朴さん」
「おはようございます、ショウさん。気分は?」
「悪くないッス。まぁ、良くもないですけど……」
本当のことを言うと、気分が悪かった。ショウは気まずく思ってたのだ。確かにナギサも承諾していた。しかし、思いを告げて一日も経たないうちに、あんなことをやってよかったのかどうか、不安であったのだ。
ナギサは苦しんでいて、誰でもいいから助けて欲しいと思っているのだと、ショウは考えていた。それに浸け込んだ様に自分は……。ショウは罪悪感を持たずにはいられなかった。
「ショウ、テレビ……見て」
「え……これは?」
柱にくっついているテレビからはアルベガスの演説が聞こえた。皆、それに釘付けだ。
「皆さん。世界中で醜い争いが続いているのをご存知でしょうか? 知らない方はいないでしょう。私はこの争いを止めたいと……醜き争いの連鎖を断ち切るのです! 我々はエルヴィス。量産型アテナを所有する武装組織です」
こいつが……アルベガスなのか?
「マナと呼ばれる物を皆さんはご存知でしょうか? マナと呼ばれるものは、アテナを動かしている力。それには何の原理もありません。宇宙に空気があるのも……」
ショウは腕を組み、じっと見つめている。
「そのマナを使って、世界樹を復活させましょう」
世界樹……。それは、マナを司る物。第一始人類滅亡後、地球の中心部に眠っている。それを使えば、宇宙に散ばっているマナの粒子を全て世界樹に集めること……つまり、地球で魔法が使えるようになると考えれば良いのだろう。
しかし、地球以外に住んでいる人々は死んでしまう。人類はマナを失い。宇宙にて呼吸をすることができなくなるのだ。言い換えると、地球人以外の人類は全て死に至るというわけだ。
既にアテナと呼ばれるわけの分からない、非現実的なものがこの世界に存在すること。それにエルヴィスが態々、回線をハッキングして《これ》を地球中に流すことを考えると、人々はそれを真に受けてしまうのも仕方がない。
勿論、本気にしないものもいるだろう。ただし、それは極少数派だ。
「マナを復活させることにより、地球を一つの統一国家とし、人類を一つの集合体にするのです! 即ち、人類は決められた仕事をやり、決められた時に仕事を辞め、決められた範囲で余生を過ごす。そのバックグラウンドにマナを置いて、反抗する者の声を静める。それで十分なのです! それによって、戦争で傷つく子供たちも救われる。戦争で苦しむ者もいなくなる。私はこの地球と呼ばれる星に、一つの独立国家『シャングリラ』を建国する! これは世界の為でもあり、人類存続の為でもあります! 我々は武力を持って、現政権に反逆することをここに宣言す」
ユウの言ってたことを同じだ……。争いの連鎖を断ち切る。聞こえは良いが……宇宙に住んでいる人たちはどうなるのだろうか?
「我々は争いを連鎖し続ける全ての者に宣戦布告をいたします!」