【Chapter/35 電撃作戦!】その3
「流麗のダブリスを出す……ミナト、すまない」
「……ヘーデ、これは私が望んだこと。だから、嬉しいよ」
ミナトがそう呟くと、ダブリス級は轟音と共に変形。単眼の巨人のシルエットが戦場に浮かぶ。それと同時に、ダブリスの粒子砲が火を噴く。しかし、それは湖のほうへ逸れてしまう。いや、逸らしたのだ。
「ヴァルキリー級、湖の冷却を開始するわ!」
ミウの号令と同時にヴァルキリー級の砲門から、冷却水が湖へと流れ出す。これはテンペストの冷却に使ったものだ。粒子砲で沸騰した湖に冷却水が急に流れ込んだ為、大量の水蒸気が発生し敵の視界を極端に狭める。
現在、ヴァルキリー級は水蒸気の中に隠れている。敵戦艦三隻はレーダーにも映らない(ヴァルキリー級側が電波妨害粒子を散布しているため)ので、目視での戦闘をやらざるを得なかった。
「全砲門開け!」
「敵戦艦三隻、いずれも射程に入っています! テンペスト、撃てます!」
「テンペスト……ってぇッ!」
そして、ヴァルキリー級のテンペストが放たれた。しかし、ロックオンもままならない状態では当たらず、一隻のベリクス級の上空を霞める程度であった。
しかし、ヴァルキリー級の砲撃は止まず、ミサイル群が三隻に襲い掛かる。アヌヴィス部隊もそれらを撃ち落すので精一杯だ。だが、じきに敵の弾薬は尽きる。敵はそれを狙っていたのだ。
「敵機、接近……ッ! こちらに来ます!」
「アリューン、回避行動!」
そんな中、我慢弱い一機のアヌヴィスがヴァルキリー級の艦橋の目の前に現れた。そして、左腕のマシンガンを構える。
「間に合いません! ……これはクロノさん! 助けてくれたのですか!」
しかし、そのアヌヴィスは戻ってきたクシャトリアの粒子砲によって、腕部を溶解させられ地に落ちた。それを見たアリューンは思わず叫んでしまう。
「おっそいよぉ……」
流石のエミルも焦っていたようだ。
「わりぃ、遅くなってしまって! ミナトちゃんは?」
「予定通り、山脈の後ろ側に向かっているわ! 電波妨害粒子をこれというほど、散布しておいたから気づかれないとは思うけど……」
「大丈夫! ナイスバディーな乙女が乗っている艦は、そう易々と沈みませんよ! 特にミウさんとアリューンはね!」
「ありがと、でもナンパする人は趣味じゃないのよ」
「女艦長はオトせないか……」
「防壁は硬いわよ! 私も……ヴァルキリー級もッ!」
「元気なこって、蒼穹のクシャトリア、僚艦の援護を開始する!」
クシャトリアはヴァルキリー級の援護射撃を開始した。しばらくすると、轟音と共に三隻のベリクス級の後方にダブリスが現れた。これで挟み撃ちだ。
ダブリスの単眼が一隻のベリクス級に向いた。
「……ソヒィスティケイティッド・クラッシャーッ!」
ダブリスの両手に光の球体が発生。両手を合わせて、その光の球体を一つの小さな太陽へと姿を変える。そして、それを三隻に向けて投げつける。しかし、敵の回避行動は意外と早く、一隻しか沈められなかった。
残りの二隻のうちの一隻がヴァルキリー級に向かって、粒子砲を放とうと砲門を開ける。しかし、そこに一機の機影が現れた。レーダーでは見えているのに、目視では見えない。それはクシャトリアだ。
「にがさねぇッ! これでもくらぇぇぇ!」
クシャトリアは開いた砲門にありったけのミサイルを、脚部のミサイルポッドから射出した。砲門は火を噴き、ベリクス級は轟音と共に膨張し爆発する。
残りの一機は体勢を立て直す為、撤退していく。アヌヴィス隊も全て撤退。
「ふぅ……これで良しかな? アリューン、勝ったぞ!」
クロノは急いでヴァルキリー級に回線を開く。
「はい!」
「また、ここのアリューンの手作り弁当が食べられるな」
「あれって、そんなにおいしかったんですか?」
「少なくとも、サヴァイヴ級の食堂のよりはおいしかった、なぁソウスケ」
「ああ、そうだな。あそこのは兵士の士気を下げる原因の一つだった」
ソウスケは笑ってみせた。戦場にはベリクス級の残骸が残っている。しかし、それに目を向けるものは皆無だった。見渡す空は漆黒に包まれている。いつの間にか夜になっていたようだ。
「なぁ、ナギサ……俺たち、これからどうする?」
「……ショウはどう思っているんですか?」
「俺か? 俺は一刻も早くダブリス級に戻らないといけない、と思ってる」
「私も同じです……。マスドライバーで合流できると思うんですけど」
「今日は寝よう。今、無理して行ってエルヴィスに見つかったらダメだからな。明日、淳朴さんに言って、ここを出よう」
「今日だけは全て忘れましょう。ほら、夜空が綺麗ですよ。今時、こんなに星が見えるところなんて珍しいですね」
「俺たちが見ている星には空気が無いんだろうな。太陽系の端っこまでしか空気が無いんだって……」
「でも、綺麗なのは変わりませんね。青く光っていたり、赤く光っていたり……光っていなかったり」
不思議だ。こうやって二人一緒に宇宙を眺めていると、懐かしい感覚になってしまう。俺は……。
ショウとナギサは障子を開けて空を眺めている。畳の匂いが香ばしく、目の前に広がる庭園は和の雰囲気を醸し出していた。
重なり合った二人の手。暖かみが伝わってくる。
「俺さ、ナギサが戦いたくないって言うなら、ここらへんで暮らしても良いと思ってる。正直、世界がどうなろうと俺はナギサが苦しんでいる所を見たくない」
「……今日だけ、平和が欲しいです」
「明日からは?」
「分かりません……でも、私たちのせいでみんなが死んでしまうのは嫌です」
「ダブリス級がマスドライバーに到着するまで後、三日……」
「私……不安です。自分がいつ死ぬかって」
「大丈夫だよ、ナギサは俺が守る!ナギサが死んでしまうのは嫌なんだ! 苦しむのは嫌なんだ! ナギサの為なら、俺はどうなっても良い。だけど……だけどッ!」
ショウはナギサを抱きしめた。ギュッと抱きしめられたナギサの鼓動は高まる。
「何で……そそこまで私のことを……」
「好きだからだよッ!」
「ほ、本当ですか?」
「好きじゃなくて……こ、ここまでできるかよ!」
「嬉しい。ショウ、今日一緒に寝てくれますか?」
「ナギサが寂しいなら、ね。不安なのか? やっぱり……」
「不安です……。でも、ショウが近くにいてくれるから、私はそれでもへこたれない」
「じゃあ、一緒にいてあげるよ……。俺がな」
「……ありがと、ショウ」
ナギサには辛い思いをさせたくない。普通に子であるべきだ。この世界の一方的な都合でナギサが苦しむ所なんて……。だから、俺が守ってやらなくちゃいけないんだ。
【次回予告】
ここはいつも平和だと思っていた。
少年と少女は傷を舐めあう。
何度も口付けを交わす。
しかし、その楽園もまた正義によって破壊される。
次回【Chapter/36 パラダイス・ロスト】