【Chapter/31 永久の平和は何処にある?】その3
ダブリス級を中心とする第十四独立機動艦隊がシベリア基地に到着してから一週間。ナギサも医務室から外出を許されるようになった。ここ一週間で多くの出来事が世界では起こったらしい。
まず、一つは中枢帝国の首都バルセラムで起こった反乱(?)が引き金となり、中枢帝国は事実上、壊滅状態(戦艦や兵士はある程度いるとしても司令部が掌握されているのでそういうらしい)となっている。詳しいことはヘーデから今日、全クルーに対し艦内放送で知らされる。
二つ目は一日前から司令部との連絡が取れないことだ。これはただの吹雪による回線の故障らしい。ただ、司令部からの命令が聞けないことになる。大事な情報も取り損ねる可能性もあるので、職員総出で復旧作業に取組んでいるらしい。
三つ目は特に世間とは関係の無いことであるが、最近アリューンがよく食べるようになったということだ。それには皆、驚いていた。ミウさん曰く「アリューンは草食で少食のはずだわ」らしいのだが。アリューンは普段の二倍食べるようになったらしい。ただ、大食いのエミルには敵わない。それは当たり前だ。
「ショウ……ってまだ違和感がありますね」
「そうか?」
ナギサとショウはシベリア基地の中の喫茶店で朝食を済ましていた。ここのハムエッグはショウのお気に入りで、もう四日連続で朝食に採用している。そこにユウが現れてショウに話しかけた。
「グッモーニング。オリンストのコアの……ショウ・テンナだったけ?」
「そうですよ……」
「ま、それはいいとして……隣、いいか?」
「え、ええ、いいですよ」
そう言うとユウはショウの座って、店主にコーヒーを注文した。ショウは何回か、ユウとは話しているがナギサと会うのは初めてだ。
「あーこの子がもう一人のオリンストのコアか?」
「は、はい! ナギサ・グレーデンです!」
「へぇー……」
ユウはそう言うとショウの方を細目で見つめた。
「な、なんですか?」
「いえいえ、仲の良いお二人さんのようで」
「うぅ……違いますって」
「何が違うのかなー? えーショウ?」
「そ、それは……」
この人には口で勝てそうもない。ショウはそう悟った。
「ま、二人とも元気が一番だよ。さて……朝の一杯、イきますか」
ユウはコーヒーにシロップを入れて、飲み始めた。
「はぁ……やっぱりここのコーヒーは最高!」
「そうですね!」
「あ、ナギサちゃんも分かる、この味?」
「はい! 薄口だけど、苦さがあるっていうところが、店主のこだわりを感じちゃいます」
「その薄さに……俺は惚れたんだよ!」
「私も惚れちゃいました!」
ユウとナギサは意気投合し、熱くコーヒーについて語り合っている中、ショウは外の景色を眺めていた。
ここに来てもう一週間。俺はあの時……イフリートのパイロットを殺してしまった時、全てが吹っ切れた感じがした。だけど、自分の中には罪を背負って苦しむ自分がいる。それも「殺されるのが嫌だから、殺したんだ」とか「守るべき大切ものがあるんだ」といった言い訳で気づかなくなってしまうんだ。俺はどうすればいいんだろうか?
しかし、一週間も平和が続けば、そんなことを考えなくなってしまってくる。それは良いことなのだろうか? 分からないさ……。感覚が麻痺してくるような気がする。
「ショウ……突然だけど、お前、戦うことに迷いを感じたことはあるか?」
「本当に突然ですね、ユウさん」
「人を殺すことに迷ったことはある? ってことだよ」
「……そんなこと、いつも迷っていますよ。でも、正当な理由を自分の中で造って、それを言い訳にして人をたくさん殺してきました」
「私も……迷っています。でも、もうやめることはできません」
「そうか……ありがとう」
そう言うとユウはコーヒーを飲み干して、口を再び開いた。
「迷いがあるなら、本当に今、自分がしたいこと……守りたいもの、目指すものを持つといい。そうすれば、迷わなくなるさ」
「ユウさんはどうなんですか?」
「それはあるさ。そんなこと言っている俺にそれがなければ、おかしいだろ、ショウ?」
「は、はぁ……でも、努力はしています。エンジン部しか狙わないとか」
ショウがそう言うとユウは無言で立ち上がり、ショウの方を振り向き言った。
「それは優しさだ。しかし、そんな小さな優しさで撃たれたものはさぞ、無念だろうな。もし、エンジン部を外れたら? そういうなものは単なる自己満足以外何者でもない」
「それは……」
「この世界を変えることが俺の目標だ。行き先だ。こんなちっぽけな存在であっても、俺は変えることができる。お前もだ。このような世界は嫌だろう? 苦しんで死んでいく者もたくさんいる」
その時、ショウの頭に自分が殺した者の死に様が通り過ぎて行った。アグラヴァイのパイロットそして、アスナ……。
「でも……ショウは」
「ナギサちゃん、それにショウ。二人も世界を変えることができる力を持っている。だからさ、共に戦おう」
「……よろしくな、俺もこの世界、いやそんなでっかいものを考えられる歳じゃないけど……あんたを支えることはできると思う。だから、共に戦おう」
「それでこそ、お前だ」
二人は強く手を握り合った。
世界を……変えるか? でも、オリンストを出すわけにはいかない……。もう、ナギサが苦しむところは見たくない。しかし……。
「クロノさーん、朝食を持ってきましたよ!」
「ありがとう、アリューン」
クロノはいつものようにアリューンに朝食を運んでもらっていた。最近、アリューンの食欲が増した理由がこれだ。クロノはアリューンのベットに腰掛けてアリューンから渡されたプレートを持ち、食べ始めた。
「うまい……」
「そういえば、クロノさん。クシャトリアのパイロット、決ったらしいですよ」
「え……」
クロノは思わず、右手に持ったスプーンを落とした。
はぁ? 新しいパイロット? じゃあ、俺の計画は……。くそう、こうなったらここから逃げるしか……あ、無理か。ここは極寒の地だ。防寒具を着ていても一日経てば、たちまち冷凍保存されてしまう。かと言って、クシャトリアで逃げるのもアリューンに迷惑をかけてしまうし……。
今日もクロノは憂鬱だ。
【次回予告】
争いの連鎖。
それを断ち切れるのは何なのか?
変革?
それとも……。
次回【Chapter/32 変革する世界の中で】