【Chapter/31 永久の平和は何処にある?】その1
ショウは一人、空を見上げていた。しかし、光は雲で遮られ、そこには灰色が広がるばかりだ。外に出たのは何日ぶりであろうか? ここはダブリス級の甲板。気温は低いがダブリス級のエンジンの発熱で、大分マシになっている。
あの時……俺が拾った石は間違いなく、オリンストの結晶石だ。ナギサの右脇腹から僅かに出てきた銀色の石。それを俺はナギサの腹の中から、無理矢理取り出した。内臓みたいなものにも引っかかっていたが……俺は気にせず取り出そうとしたんだ。そうしたら、取れた。それを取った途端、ナギサの心臓が再び動き出した。それから先は……気を失っていたらしく、覚えていない。
ダブリス級とヴァルキリー級、そして鹵獲した三隻の敵艦。ショウは三日間寝ていたので、あまり詳しいことは分からない。ショウは少しだけ安心していた。しかし、ナギサは現在も意識が戻っていない。軍医の話によるとナギサは植物状態に近いらしい。ただ、このまま一生というわけではなく、あくまでも一時的なものであると軍医は言っていた。しかし、一時的なものがどのぐらいなのかは検討もつかない。一週間なのか、一ヶ月なのか、一年なのか十年なのか……。なにしろ、これは病気などではなく、アテナという訳の分からない物質が引き起こした現象で、本来ならば軍医の出る幕ではない。
さて、どうしょうか?
「何、ボーっとしてるのよ?」
「ミウ……さん」
空を眺めているショウに話しかけてきたのはミウだった。
「いえ……ちょっとね。俺だって悩むこともありますよ」
「ナギサちゃんのこと?」
ショウは戸惑うが、少し息を吸って口を開いた。
「そうです。あの時、俺が無茶しなかったら今頃……って考えたりしてたんですよ。でも、そんなこと、どうしょうもなかったです」
「ふーん、早く終われば良いんだけどね、こんな戦争」
本当にそうだ。いや、終わらなくてもいいから俺やナギサを巻き込まないで、軍人同士で殺り合ってほしいっていうのが本音だが。外の方でひっそりとやってくれたら大吉。でも、そんなに簡単な世界だったら苦労はしないさ。ゴウガンナーでも欲しいものだ。
「仕方がないですよ。平和、平和って唱えていても実際は起きてしまうものなんです、こういうのって。だから、起こらないようにするよりも、どう大切なものを守るのかってのが大切なのかもしれませんね」
「ショウ君にしてはマトモなことを言ったわね」
「そんなの珍しいですか?」
「珍しいわよ?」
「褒められた感がゼロです……」
ショウは少しうなだれた。それを見たミウは微笑む。
「ま、前向きに考えなよ。私はいつも前向きよ」
「見ていれば分かりますよ……」
ショウは呆れた顔でそう言った。今度はミウがうなだれる。
「前向きじゃなかったら艦長は務まらないわよ!」
「大変なんですね、艦長の仕事って」
「そう、大変よ。でもね、エミルやアリューンがいるから私はこんな辛い仕事でもやっていける。あなたもシュウスケ君やサユリちゃんがいるから、こんな辛い仕事……やっていけるのでしょ?」
「そう……ですね」
「じゃあね」
ショウは息を詰まらせた。ミウはそう言うとこの場から去っていった。再びショウは空を見つめる。灰色は変わっていないようだ。いや、こんな短時間に変わるはずもないか。
さて、どうしょうか?
「で、僕をどうしようって言うんだい?」
「……聞くことは全部聞いた。ご苦労だったな」
尋問室にはソウスケとヘーデが向かい合って座っていた。大切なものを失ったソウスケは虚ろな目をひたすら地面に向けている。傍には兵士二人が護衛としてそこにいた。
「僕は……大切なものを失った。もう殺してくれよ」
「私は君を殺したくなどない。しかし、軍規によって君を裁かなければならない」
「つまり……?」
「私には君を殺す権限は無いということだ」
ソウスケは「やっぱりか」と呟き、再び虚ろな目を地面に向けた。ヘーデは組んでいた両腕を解き、目の前のテーブルに肘をついた。
「君の戦略、見事だった」
「ありがとうございます……」
「戦争とは……辛いものだな。もうすぐシベリア基地に到着する。そこで君ともお別れだ」
「永遠の?」
「私には分からない」
ま、いいさ。せっかくアスナが守ってくれた命だけど、もうここまでだ。どうあがいたって、もう終わりだ。守るって決めたのに……僕は君を守れなかったんだ。やっぱり僕は一艦長でしかなかったよ。君のようにアテナも動かせないし、特殊な力も持っていないし、元老院のやろうでもでないし。つまりは凡人だということだ。
「だが……一つ、伝えたいことがある。これはとても重要なことだ。中枢帝国の首都、バルセラムが正体不明の部隊に占拠された」
「そう……ですか」
しかし、ソウスケは驚いた素振りを見せなかった。もう世界のことなどどうでもよかったのだ、大切なものを失った蝉の抜け殻には。
「反応が薄いな……だが、これは元老院が崩壊したということにもなる。つまり、戦争は終わった」
「へ?」
ソウスケは顔を上げた。微かだが光が見えた気がしたのだ。
「今度はその《正体不明の部隊》との戦いになるだろう」
「それって……」
しかし、戦いが終わったのではない。