【Chapter/30 黒い覇道≠破滅のシ者】その2
「元老院は崩壊した……。私たちがマナを復活させて、人類を導くことにしましょう」
アルベガスは手に持った紫色のワイングラスをそっとテーブルの上に置き、目の前で抹茶を飲むキョウジに言った。ここは中枢帝国の上空を飛行中のフィンクス級の船内。フィンクス級は通常の戦艦とは比べ物にならないほど大きい。そのため、大量のアテナを収容できる。この巨体が大気圏内で浮いていられるのも、結晶石のおかげだ。
「アルベガス……あなたは最初から量産型アテナの開発には成功していたのですね?」とキョウジは聞く。
「五十年前にはもう試作品が出来上がっていた。しかし、世間に知られぬよう、それらは地下に封印されていた。まぁ、私たちは太陽系外にて極秘裏にそのアテナを量産し続けていたのだが……。一種の記念品だよ」
「面白いですね……で、何機あるのですか?」
「こちらに向かっているのも合わせれば、五千機はくだらない」
「そんなものをどこに隠していたのですか?」
「空気のない場所だよ」
「と、なると?」
「太陽系から遠く離れた場所……我らの擬似結晶石を使えば、酸素の問題も解決する。マナは人を助けるために働く物だ。それを利用すればなんにでも使える。私たちはそれを手に入れたいのです。そして、戦争、殺人、病気の無い統一世界を創り出すのですよ」
「すばらしき世界……ですか」
「すべてはこの世界の安定のためだ。たとえ人々が自由を失ったとしても、永遠の安定がほしい」
「人の人生を人が決めるのですか? いいですね、とても」
「人が決めるのではない。世界が決めるのです」
アルベガスはニヤリと笑い、ワイングラスの中のワインを一気に飲み干した。
こんなにも簡単に人って死ぬのよね……。
イリヤは一人、瓦礫が散乱しているバルセラムの郊外を歩いていた。足が疲れたのか、イリヤは近くにあった倒れていた柱に腰掛けて空を眺めることにした。空は異様なまでに晴れている。眩しくはあったものの、イリヤはそれをじっと眺めていた。意味も無く……。
次第に感じ始めてくる、虚無感。自分の恨んでいたものがこんなにも簡単に崩れるだなんて。しかし、イリヤには進むべき道があった。
もう、私のように辛い思いをする子供たちがいなくなるように世界を変えること。それが私の使命よ。
イリヤは元々、エルヴィス財団の一族の一人娘であった。しかし、戦争により、一族は滅亡。両親は諸国連合に捕まり、処刑された。彼女の目の前で首を落とされたのだ。そして、イリヤは諸国連合のアテナの実験代にさせられたのだ。だが、そこで中枢帝国に誘拐されてアグラヴァイのパイロット候補になることになった。
「イリヤさん、隣……いい?」
空を見上げるイリヤに話しかけてきたのは渚だった。イリヤは無言でうなずいた。それを見た渚は彼女の隣に座ることにする。そして、戦闘時とは違う笑顔で彼女に笑いかけた。
「何?」
「あなたがここで寂しそうに空を眺めていたからね。迷惑だった?」
「いいえ、別に」
「何でそんなに寂しそうな瞳をしているの?」
「それは……」
イリヤは中枢帝国に誘拐され、絶望に暮れていた時にアルベガスに会った。彼はイリヤとは面識は無かったものの、彼女の言うことに共感を持ってくれ
た。そして、イリヤは自分が雷のアグラヴァイの適格者であることも知る。彼は言った「戦争の無い世界を一緒に創ろう」と。そして現在……。
イリヤはそのことを渚に語った。渚は共感してくれて自分の事も話してくれた。
「私……何十年も地下に幽閉されていたの。だから、イリヤさんの言うことも分かる気がする。まったく違ったことだろうけど、とても苦しい気持ちをしたのは同じよ」
「ありがと……私も強くならなくちゃね。渚のように」
「私には原動力があるからね。だから、其処に向かって全力で走れる」
「原動力?」
「私の大好きな人。その人がずっと前に言ってたの「この世界で戦争をしている馬鹿がいるから、世界はいつまでたっても宇宙に進出できないんだ」って……」
「いいわね……大切な人がいて」
「でも、今はいないの。でも、また会えると信じてる。必ずまた会えるって」
「面白いわね、渚ってさ。じゃあ、私は行くわ」
そう言うとイリヤはスタスタとその場から立ち去っていった。アグラヴァイに戻る途中、イリヤは空を再び見上げた。少し曇りになっているようだ。灰色の空は向こう側にある光をさえぎっている。
その先には何があるのかな……?
【次回予告】
もう彼女が傷つく処は見たくない。
そうなれば、自分は無力だ。
ただ、見ているだけだ。
少年はその歯がゆさを押さえ、ただそれを見つめる。
次回【Chapter/31 永久の平和は何処にある?】