【Chapter/30 黒い覇道≠破滅のシ者】その1
「神名くん……私、もうすぐ神名くんに触れられるよ……。だから、もう少しここで眠っていてね」
渚は一人、マキナヴのコックピットの中で囁いていた。そこには誰もいない。いるとすれば、神名翔の魂だけだ。渚はその神名の魂に囁いていたのだ。
「でもね、我慢できないよ……神名くん。私、どうすればいいかな? 神名くん、神名くん、神名くん、神名くん、神名くん!」
渚はマキナヴのシートを舌で舐め回した、官能的に。手は彼女の陰部に伸びてくるが、渚はその衝動をグッと我慢した。
もう、十回もしたのよ……。満たされるはずなのに。
しかし、何も満たされていない。
「もう、時間。行くよ……」
そう言うと渚はマキナヴを起動した。鈍い起動音がハンガーに鳴り響く。マキナヴの後方には何十体もの量産型アテナが発進を待っている。
その名は『守護のアヌヴィス』。頭部の形は三角形で黒いラインが入っている。両肩は鋭く尖っており、そこにも黒いラインが入っていた。胴体には巨大な擬似結晶石がはめ込まれている。それは胴体の面積のほとんどを占めるほど大きい。脚部はすらっとしたラインだが、付け根の方に巨大なスラスターが付いており、それを保護するためのスカートがそれを覆っている。ホバー走行の為、足は無い。
そして、システムが起動するとアヌヴィスの頭部の先が割れて、鋭利な角になる。そして、全身の黒いラインは赤く発光する。
「神名くん、もうすぐ会えるね……」
渚がそう言うとハンガーは開き、目の前に中枢帝国の首都、バルセラムの景色が上空から一望できるようになった。そこから人々が不思議そうに空を見上げている。何かの軍事ショーであろうか? それとも新型艦のテスト飛行なのだろうか? 人々は考えた。
バルセラムの上空には巨大な戦艦が浮いていたのだ。これほどの巨体を浮かせることなど、現在の技術では到底無理。しかし、これは現実だ。戦艦は茶色の船体に所々、黒いラインが入っており、そこに赤い点が打ってあるように見えた。そう、これはアテナだ。その名もフィンクス級。
不安が人々を飲み込んでゆく。そして、悲鳴を上げて逃げ出す者もいれば、それを興味本位で撮影する者もいた。
その正体不明の戦艦に対し上空に二十七隻ものグリムゾン級が現れた。彼らが守る先には元老院の建物がある。それは高さ六百メートルにもなる漆黒の塔であった。
「渚、純白のマキナヴ……行くわ」
フィンクス級からマキナヴが発進したのに続き、次々とアヌヴィスが投下されていく。その数、なんと四十三体。上空を翔けるアヌヴィスはグリムゾン級のミサイルを回避して、次へ次へと墜としていく。腕のマシンガンでグリムゾン級は蜂巣になる。防衛システムが作動して、ビルが沈んでいき代わりに、粒子砲やミサイル発射口などが地中から現れていく。
その頃、元老院は予想外の自体にざわついていた。中には神にひたすら祈る者もいる。奥にいるガブリエルは未だに現実を受け入れることができないでいた。
「なんだ……これは!」
「おそらくエルヴィス財団の反逆であると……ガブリエル」
「防衛システム、戦艦をいるだけ、投入しろ! 奴を……奴をこちらに寄せ付けるな!」
「できる限りはしています。だが、しかし!」
「私は……私はこんなところで死ぬような者ではない! 神よ……神よ!」
しかし、グリムゾン級七十五隻のうちほとんどは墜とされて、防衛システムも破壊された。状況は転びようがない。右も左も塞がれている。
マキナヴは迫ってくるミサイルを回避しながら、元老院のある塔の最上階を目指して飛んでいた。近づいてきたグリムゾン級二隻をマキナヴは両腕を分離して、後方から撃ち落した。そして、最上階の強化ガラスにマキナヴの眼光が映された。元老院の者は皆、こちらに向かい祈りを捧げている。
ったくバカばっか……神様なんていないのにね。
「死んじゃえ!」
マキナヴは左腕から出力を最大にした光の剣を発生させて、塔を天辺から真っ二つに切り裂いた。そして、塔は根元まで完全に二つに割れる。
「バカな……私は……私は神なんだぞ! 私はこの世界を統べる権利があるはずだ! だから、私は蘇る! 神となりて! 永遠のせ……ッ!」
しかし、ガブリエルは蘇りなどしない。ただのシリンダーの中に入っている人間の脳であった。それ以上、それ以下でもない。しかし、彼はそれを死ぬ間際まで信じようとしなかった。
「あースッキリしたー。気持ちいいわね、戦うのって……神名くんと一緒に」