【Chapter/21 蠢く漆黒の虚空】その2
「ナギサ!」
ショウが駆けつけたときにはもうナギサの様態は安定していた。あの後、ナギサは原因不明の頭痛で倒れたらしい。かなりひどく、呼吸が止まっていたと聞く。そして、現在ナギサの顔はニッコリと笑っている。既に医務室の外にいたナギサ。少し元気は無さそうだが大丈夫のようだ。
「よかった……心配したんだぞ」
「ありがとうございます。でも、もう安心してください」
「無理するなよな、本当に」
「……多分、今回はあの白いアテナが原因だと思うのです。夢に出てきて……自分の首を絞めました。私と瓜二つの人が」
ナギサは手に持っていたオレンジジュースの間を強く握り締めた。
「何故かは分からない。だけど、あんなヤツにナギサは殺させない。むこうの勝手な理由で殺されるのは嫌だろ?」
「はい。でも、あの子……なんだか悲しそうでした。孤独を背負っているかのような。まぁ、私の勝手な解釈ですけど、多分寂しいんだと思います。大切なものを失って、自分と同じ存在を痛めつけている。自分が嫌い……なんでしょう。でも、私はナギサ・グレーデン。彼女の孤独を自分自身のこととして捉えてくれない。それが嫌なのだと……」
「大丈夫、ナギサは俺が守る。絶対に!」
「…………」
沈黙。
「でも、私は守られる側じゃありません。私もショウ先輩を守ります!」
「強いな、本当に……」
ショウはナギサに微笑んだ。その時、サユリが二人に話しかけてきた。
「ちょっといい感じのところ、申し訳ないんだけど艦橋に来てくれない?」
「え? あ、うん。分かった!」
ショウとナギサは艦橋に向かった。ダブリス級の艦橋ではモニターに向かって皆が真剣な眼差しをしている。どうやらテレビ中継で演説をやっているらしい。放送は中枢帝国のものだ。
「これは……」
モニターの中で必死に叫び、主張している元老院の一人。彼はレビアル・サモン。元老院の中でもっとも若い人物だ。
「国民の皆さんはもう噂で耳にしているではありましょうが、各地に出没している謎の巨人についての元老院からの正式な声明を発表いたします。あの巨人は中枢帝国の所有している軍事兵器、アテナというものです。これは……」
レビアルは熱論した。そして、国民は歓喜した。「諸国連合を倒そう」と。
「なんですか、これは!」
「どうやら中枢帝国は本気を出してきた、ということだ。アテナの存在を国民に知らせる、そして国民の士気を高め本格的な戦争に入るということを諸国連合に知らせたのだ。つまり……本物の戦争が起きると。これまでの戦争よりももっと大規模な侵略作戦が近日、起こるであろう」
「そんな……」
ナギサは絶句した。
「既に火星は中枢帝国の攻撃を受けている。総勢、二百三十七隻のグリムゾン級と五発の『クリーナー』を投下した」
「クリーナーって……あの悪魔の兵器を?」
「そうだ」
クリーナーとは投下型の爆弾。その威力は凄まじく都市一個を丸々焼き尽くす威力を持っている。しかし、その後に起こる放射性物質による汚染やその非人道的な性質により、その武器の凍結は各国で暗黙の了解として扱われてきたもの。しかし今、それが火星に落とされた。五発も。
「今も敵の攻撃を受けている」
「助けに行けないのですか!」
ナギサは叫んだ。その一言でざわついていた周りも一気に静まり返る。
「今は地球のユーラシア大陸にある諸国連合本部に行くのが先決だ。我々がもたついている間にも敵は地球に向かってくる。そして、クリーナーは地球に対し牙を剥くだろう、必ず」
「そんな……」
ナギサは跪く。そして静まり返った艦橋内に一人の男の声が響いた。
「なら……早く地球に行きましょう。地球にクリーナーが落とされないためにも!」
それはショウだった。
「これで良かったのですね……ガブリエル」
レビアルは言った。元老院の席には全員が堅苦しい空気とともに彼を見つめている。
「ああ、おぬしは民衆に人気がある。民衆を騙すにはもってこいだ」
「左様、我らは『世界樹』の眠る地球にて、マナの再生を行う。そのためには地球に人が行き来できないようにする必要がある。そのためにも地球にクリーナーを落とさなければならない」
「しかし、放射性物質は!」
「そんなものマナで何とかなる。マナは万能の結晶だ。科学という枠を超えた人の持つべき剣となり、盾となるのだ」
「マナに頼るべきでは!」
「静粛に! レビアルよ……君にはもう一仕事してもらう」
「はい、なんでしょうかガブリエル」
「君に死んでもらうことだよ」
「へ?」
そう言うと近くの側近はマシンガンをレビアルに構える。
「何のマネですか? これは……」
「君の乗っていたシャトルは諸国連合の船に撃ち落されたこととなっている。このことで国民の怒りを高めるのだよ、レビアル君」
「そんな……ガブリエル、あなたは神に忠誠を誓ったものでは!」
「神は……私だ。やれ」
ガブリエルがそう言うと側近が持つマシンガンは火を噴いた。レビアルに向けて放たれる銃弾。その一つ一つが彼の頭、胸、腕、足に炸裂する。鮮血にまみれる彼の体は必死に逃げようとするが側近は無言でレビアルを撃ち続けている。周りに飛び散る彼の肉片。
「ガブリエル……あなたって人は!」
「これが政治だよ、レビアル君」
「うごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!」
レビアルは絶叫した。そして、彼の命は尽きる。彼の死体は鮮血の紅で染まり、胸部のところどころから肋骨が見え隠れしている。目玉は憎しみで今にも飛び出しそうなぐらい出てい……今、ポトンと右目が落ちた。
その日、元老院は鮮血の紅と老人たちの笑い声に染まった。
【次回予告】
遂に中枢帝国は動き出した。
それは黒い覇道。
地球に向かうダブリス級に襲い掛かる敵。
廃棄コロニーで起こる死闘……。
次回【Chapter/22 白銀と紅蓮】