【Chapter/20 ファースト・コンタクト】その1
「ソースケ! 暇だし遊ぼうよ!」
アスナはトランプ一式を持ってきて言った。ここはサヴァイヴ級の艦長室。ソウスケは一人、書類まみれの事務机に頭を抱えていたところだった。
なんで僕がルーベリッヒの抗議書を扱わなきゃいけないんだよ……。作戦を失敗させたのは僕じゃないだろ。
「おい……これ見てよ」
ソウスケは書類でできた二つの塔を指差しアスナに言った。
「分かっているわよ! こんな時だからこそ、遊んでストレスを発散させなきゃいけないでしょ!」
「ストレス発散にババ抜きをするか? しかも、二人で」
「だって暇だもん。いいでしょ?」
「暇なのは分かるが僕は今、仕事をしているんだ。邪魔しないで欲しいな」
「分かったわよ! バカ!」
アスナはソウスケの事務机を蹴り飛ばす。上に山積みになって置いてある書類の塔は崩壊し床に舞い降りる。それをソウスケが拾っている間にアスナは部屋から出て行った。それを見たソウスケは深くため息をつく。
「はぁ……女の子って」
同時刻、ターミナス級に二機のアテナが搬送されてきた。一機はマスティマだ。マスティマはエルヴィス財団のレンタルである。しかし、もう一機の方は中枢帝国のものだ。
搬送されてくるマスティマを見て少女は笑う。誰もいないハンガー。ガヘリスが撃墜されたことにより、二機もアテナを配備するのがバカらしくて笑っていたのだ。
中枢帝国の方のアテナは機動実験の為に搬送されたものでオリンストとの実戦を終えた後、本国に帰っってゆく。
「君は誰だ?」
少女に話しかけてきたのは金髪の若者だった。
「……私は雷のアグラヴァイのパイロット候補、イリヤ・ナカシマ」
「私は黒金のマスティマのパイロット、キョウジ・ムサシ」
「誰も聞いていないわ。知ってるもの。あなたも知っているんでしょ」
「ああ、知っている」
キョウジはそう言うと近くの箱の上に腰掛けた。
「計画の方、順調にいっているんでしょ?」
「順調だ。オリンストのコアは男性だった。だが、渚と同じ存在が乗っている可能性は高い。もう一人、コアがいた」
「へぇー。一機のアテナに二人のパイロット……笑える」
「面白い……ということか?」
「そういうことー」
キョウジは「フッ」と鼻で笑う。
「可笑しい?」
「全然。しかし今回、もし渚と同じ存在がオリンストに乗ってたならば……」
「殺すなと?」
「分かってるか? 本当に」
「―勿論―。ま、私がアグラヴァイのコアだってこと。中枢帝国のおじさんたちは知らないらしいけどネ。だから、あんなに無駄死を繰り返すことになってるんだけど……ま、いいか」
「我々の目的を達するための必要な犠牲だ。仕方がない」
「偽善者ね」
「そうかもしれないな」
キョウジはそう言うとその場を後にしようとした。
「ねぇ、最後に聞いていい?」
「なんだ?」
「あなた本当に私たちの味方? 元傭兵だって聞くけど」
「昔の話だ。俺はアルベガスの理念を聞いて、賛同しここにいる」
「そうね。分かったわ。渚ちゃんによろしく」
キョウジは無言で立ち去った。
クロノは一人、悩んでいた。このままダブリス級の中で捕虜のままいてもいいのだろうか? なにか自分にできることはないのか?
「クロノさん! 朝飯ですよー」
アリューンが朝飯のプレートを持ってきた。
「ありがとな。お、今日は目玉焼きか」
「はい。おいしいですよ!」
クロノは渡されたプレートの目玉焼きを一口で平らげる。
「いつも感謝してるよ。キスしてあげたいぐらいさ……」
「キスってなんですかー?」
クロノは拍子抜けする。いままでクロノと付き合った女性(しかし、すべて一ヶ月以内に別れる)はみんな知っていた。それどころか、《夜の男女の営み》も大抵は知っているとくる。しかし、アリューンはそれどころかキスも知らない。
そこがまた、新鮮なんだよな。本当に……。
「あー今は知らないほうがいいよ」
今、クロノが「今から教えてあげようか?」と言った場合、セクハラになる。多分。いや、そういうことは男としてどうだろうか? とクロノは勝手に頭の中で考えてしまっていた。
「また昼飯も持ってきますね」
「ああ、無理するなよ。俺だって一日ぐらい我慢できるし」
「そんなのクロノさんに悪いですよッ!」
「そうか……。なぁ俺にできることは何かあるか? 例えば……今あるクシャトリアで出撃するとか」
「んー私は良いと思うんですけど艦長がなんて言うか……」
「ま、俺も元は中枢帝国の兵士だし。信用できないのも無理はないか」
「すみませんね。じゃあまた」
「またな」
本当に信用さえ手に入れれば……。
クロノは元海軍だ。しかし、クシャトリアのパイロットに決った時はまだクロノは新米兵士だった。徴兵で入ったわけでクロノには特別、国家への忠誠と呼ばれるものはない。なので、諸国連合の味方になっても別になんとも思わない。ただ、あのサヴァイヴ級にいるソウスケとアスナが心配だった。
あの二人、上手くやっているかな。案外、もう結ばれてたりして……。
「へっくしゅん!」
ソウスケは風でもないのにくしゃみをした。そのくしゃみのせいで事務机の上の書類は宙を舞う。
うう……艦長って大変だなぁ。
ソウスケの頭の中ではアスナは端っこのほうにいたのだった。