【Chapter/19 消滅都市】その1
「で、物量作戦を行うと?」
ソウスケはルーベリッヒを前にして言った。前回の戦いでルーベリッヒは大敗を喫し、司令部から大目玉を食らったらしい。ソウスケは「ざまあみろ」とも思ったが、あの状況を見てしまえばそんなこと思えない。
周りには円卓上に各艦の艦長がずらりと並んでいる。
「そうだよ。あのアテナには物量作戦に弱い。過去にイリア3にて、たった七隻のグリムゾン級でアイツを苦戦させたらしいからな」
何回前の戦いのことを言ってるんだ。あんなに前じゃあデータのもならないというのに……。パイロットも成長しているんだぞ。
確かにルーベリッヒには実績がある。しかし、アテナとの戦いではまったくと言っていいほど融通が利かない。隣にいるクラウドも顔をしかめている。
「ルーベリッヒ艦長、戦艦ではあの目標には敵いません。今、使えるアテナもガヘリスとガレス、それにイフリート。無謀です」
「クラウド艦長、君はガヘリスの火力を知らないのか? ガヘリスの胸部にある粒子砲は要塞一つを丸々、焼き尽くす威力があるのだぞ。それを使わない手は無い」
「……そんなに戦争は甘くない」
「それが上官に対して言う言葉か?」
「戦争で上官の言うことを素直に聞けば死ぬ。私はこの作戦に賛同しない」
「私もです」
ソウスケは言った。
「好きにしろ。まぁ、三体のアテナと多数の戦艦があれば……」
「二体ですよ。イフリートの使用権限の六割は私にあります」
ソウスケは自信ありげにそう言った。
「後で軍法会議にかけられても泣くなよ」
「脅し……ですか? しかし、これには正当な理由があります。今のイフリートのパイロットの侵食現象がこのような《無駄な作戦》によって進行してしまうのは中枢帝国の軍事力を削ってしまう。もし、これで死んだら新たな適格者を選ばなければなりません。その間はイフリートは凍結されます」
「しかし、これが無駄な作戦で無かったら?」
「仮定する必要もありませんよ」
「強気だな。私を見下しているのではないのか?」
「いいえ。尊敬しています。特に子供でも平気で殺せる所を……」
しばらくの沈黙。そしてルーベリッヒは口を開いた。
「いいだろう。明日、午後三時より作戦を開始する。以後の指揮権は完全に我にある、いいな?」
「敵の艦隊がエウロパに接近中って……」
サユリはモニターを見て言った。ヘーデはいつものように冷静だ。現在、ダブリス級は都市の近郊に造られた基地にいる。
「そうだ、現在エウロパに向かって航行中の中枢帝国の艦隊だ。軽く四十は超えているな」
「そんな数……」
「こちらにはオリンストがいる。安心しろ。それより問題なのは戦場だ。ここは都市だ。敵の包囲網を潜り抜けるにはどうしても都市の上空を飛ばなければならない……」
ここの基地は小規模だ。そのため、ここの周りには人が住んでいる。ここに中枢帝国が攻撃してくるなど予期していなかったのだろう。というかここまで戦争が激化するとは予期していなかったと言うべきか。それも、アテナと呼ばれる超兵器が発掘されたせいだ。
「どうするの?」
「一刻も早く、ここを離れる。敵がこの都市を爆撃しないことを願う」
「……敵がいい人だったらね」
サユリは呟いた。
「オリンストを発進させろ! オリンストにはダブリス級とヴァルキリー級の援護をしろ! 敵は約五十隻のグリムゾン級だ!」
「十隻、増えたわね」
「後ろに援軍がいる」
「そう……」
「弾幕はまだ張るな。スモッグを出して敵の狙いをこちらに向けさせろ! なんとか無傷でポイントアルファまでたどりつかせろ!」
しばらくするとダブリス級の前にオリンストが現れた。オリンストの中にはショウが操縦桿を握っている。
「ショウ先輩、できるだけ戦場を都市にしないでください」
「分かってる。だけど、できるだけだ」
ショウは軽く流した。戦場でそのような気遣いなどできる余裕は無い。勿論、人が死ぬのは嫌だ。しかし、ダブリス級のクルーと都市の人々の命を天秤にかけるなら前者を助けるであろう。そういうところに冷酷にならなければ人は守れない。
守ることに代償は必要なのだ。
「グリムゾン級、都市に爆撃を開始しました!」
オリンストの眼前に広がるエウロパの都市が一気に炎で赤く染まる。昨日に行ったその都市とは何もかも違った。人々の笑い声はいつしか恐怖の声に変わっている。
「ぐっ!」
どうやら敵は心理戦をしているようだ。無論、その標的はオリンストだ。そんなことは分かっている。だから、ショウはそれから目を背けて、持ち場から離れようとはしなかった。ここで離れればダブリス級とヴァルキリー級は一度に数十隻の戦艦と対峙しなければならない。敗北は必至だ。
「ショウ先輩! 守らないと!」
ナギサが叫んだ。
「だめだ。これは俺たちをおびき寄せる罠だ」
「だけど! 何千人もの人が焼かれるんですよ!」
「何千人でも何万人でもダメだ! ここで俺たちが都市を守りに行ったら敵のアテナに足止めを喰らう。なんとかダブリス級に帰ってもそこには残骸しかない! 俺たちはダブリス級の全クルーの命を守っているんだ! それぐらい分かれよ!」
「でも……でもッ!」
これはショウにとって苦渋の決断だった。守らなければいけない。そう誓った自分が今、できることはこのような《戦術的観点から見た冷静な判断》をするしかなかったのだ。しかし、それは道徳的行為とは正反対のことをしている。だが、それをショウは直視することはできなかった。
「嫌です! そんなの嫌です!」
「もっと冷静になれよ。俺たちがいなくなったらダブリス級は……」
「そんなこと分かっています! でも、ここの人たちはなにも悪いことをしていないんですよ! ただ、普通に生活して、泣いたり笑ったりしている普通の人たちなんですよ! そんなの……悲しすぎるじゃないですか!」
「悲しくても俺たちはダブリス級を守らなきゃいけない……」
「だったら、どちらも守れば良いじゃないですか!」
「そんなことができたなら母さんは死ななかった!」
「……たしかに昔の私たちならできなかったかもしれません。だけど、今ならできる気がするんです!」
ナギサがそう叫ぶとオリンストの体はゆっくりと都市のほうに向かって動き出した。
「なにをしている!」
「私一人でも動かせられます! ショウ先輩は黙っていてください!」
ショウがいるコックピットは真っ暗になる。操縦もきかない。どうやらナギサが全て動かしているようだ。オリンストはなおも止まらず、都市の上空に現れた。さぞかし、敵側は作戦通りだと喜んでいることであろう。
「守る……守る!」
しかし、ナギサがそう呟いた時、左方向からガレスが突貫してきた。オリンストは避けようとするが、ナギサ一人で動かしているオリンストの性能は半分以下になっている。その為、それは直撃。オリンストは右わき腹に深い傷を負った。
「ナギサ! 俺に代われ! このままだと両方、守れなくなってしまうぞ!」
「……分かりました」
ショウのコックピットが再び明るくなる。操縦桿を持つといつもの感覚がする。オリンストも正常に動くようだ。しかし、状況は最悪。このままいくとダブリス級とヴァルキリー級は孤立してしまう。
事態は一刻の猶予も無い。