【Chapter/16 決意=破滅】その2
ナギサはシャワーを浴びて疲れを洗い流していた。そこにはナギサ一人。シャワーの音しかない空虚な空間だった。
「隣いい?」
「いいですよ。ミウさん」
そう言うとミウは隣の個室に入った。ここの船のシャワールームは綺麗に整備されている。真っ白なタイルが天井の光を反射して光っているようにも見える。ナギサの髪の毛から滴る水滴はその純白のタイルの上に落ち、透明の水溜りになっている。
泡、ちょっとつけすぎたかな?
ナギサはそう思った。
「ねぇ、ナギサちゃん。オリンストの中に入るってどんな感じなの?」
「分かりません……。私は《乗っている》のではないと思います。そういう風なのはショウ先輩に聞いたほうがいいと思いますよ」
「へぇーそうなの。まぁいいわ。それより、あなたショウ君のこと好きなの?」
そんなことあるわけないのに……。まぁ、そう思われても仕方ないか。
「いえ、そんなことないです」
「えー意外! 普通、一緒に戦ってたら恋に落ちるものよ」
「……そうなんですか?」
「そうよー。じゃあ、好きな方か、嫌いな方かどっちなの?」
「どちらかと言えば…………嫌いです」
「へぇー昔、なんかあったの?」
「ま、まぁ」
「ふーん、わけありねぇ……。よし! 二人を結ぼう!」
そうミウは叫ぶとシャーワールームの個室から勢いよく出てそそくさとその場を後にした。一人、残されたナギサは目が点だ。
「ミウさん……ブラジャーつけるの忘れてますよー」
しかし、ナギサの声はミウに聞こえてはいない。
「……」
ミナトは一人、ベンチの上で体育座りし天井を見上げている。
あたしは流麗のダブリスのコア……。戦わなくちゃならない。だけど、その度に崩れていくあたしのカラダ。怖くはない。だって、死んでもいいもの。じゃあ、なんでヘーデは戦うことを認めさせてはくれないの? まぁ、どううでもいいけど。あたしは死んでもだれも悲しまないもの。でもなんで?
ミナトは自分の右手の平を見た。決して特別ではない自分の手。だが、それは表向き。裏は相当、遺伝子の崩壊している細胞の集まりだ。
「……誰、あなた?」
「ショウだよ」
ショウは戦いの後の疲れもあってか足取りは重たそうだ。
「……そう。で、何の用?」
「あ、ちょっと喉が渇いてね」
「……そ」
ミナトは興味なさそうにまた天井を眺める。
「なぁ、戦っているときってどんな感じ?」
「……知ってるの?」
「ああ、知ってる。俺がオリンストに乗っている時に気がついたんだ。ずっと前にね。声が聞こえた」
「……どんな声?」
「微かに聞こえるぐらいだったから分からなかった」
「……そう」
「で、どうなの?」
「……なんにも感じない。そこはかとなく無機質な空間にいるような感じ。真っ白で、でも温かみがあるところ」
「よく分からないなぁ……」
「……バカね」
そう言い放つとミナトはショウの飲みさしの缶ジュースを奪い取り、それを飲みながら遠くへ行った。
「で、どうなるの俺?」
「さぁ。種馬じゃない?」
「相変わらずひどいなぁ」
サユリとクロノはいつもの言い合いを繰り広げている。
「そのーまだ?」
「なにを?」
「飯だよ」
「そんなのあなたなんかに……」
「クロノさん。持ってきましたよー」
「アリューンさん!」
アリューンの両手にはちゃんとした飯が盛られた定食プレートが。
「あ・り・が・と」
「優しいねぇ」
「いえ、飢えている人にご飯をあげるのは当然の行為ですよ」
「アリューンさん! あの人が飢えているのはご飯ではなくて女性ですよ!」
「そうなんですかー。じゃあ、サユリさんでも」
「アリューンさん!」
「冗談ですって」
「ん、ん、うんん……うめー」
クロノは二人を視界に入れずただ、定食の白米をむさぼっている。
今回の作戦はアスナ抜きでやるらしい。あの《皮肉製造工場》の大佐が直々に戦い方を教えてくれるそうだ。しかし、早い。前回の戦闘から半日も経っていないのに。ガヘリスの修復は不完全だ。なのに。
ソウスケはソファーに腰掛け、作戦概要の用紙を眺めていた。広いフロアにいるのはソウスケとアスナだけだ。広いフロアにぽつんと立つ観葉植物。寂しげだ。勿論、アスナが戦わなくてすむならそれでいい。ただ、あの試作量産型アテナが戦うこともできればやめて欲しかった。いや、やめるべきだ。
「ソウスケ……また、あのアテナのパイロットの人たちが死ぬの?」
アスナは俯き加減にそう言った。
「多分……な」
「喉、乾いた……」
「飲み物買ってくるよ」
「ありがと……」
ソウスケはフロアを出て自動販売機のところに行こうとした。しかし、ソウスケの足は止まる。そこには二人のパイロットスーツを着た少年と少女がいた。おそらく、試作量産型アテナのパイロットだろう。歳は……少なくともソウスケより四つは下だ。
彼らはしばらく見つめあうと抱き合い、唇を優しく重ねあう。何度も、何度も。二人の距離が大きくならないためにも必死に互いを絡めながら。ぎゅっと抱きしめあうその姿。
悲しすぎる。
この歳で、まだ中学生ほどの子供。初恋をし、その実は花となった。しかし、別れがこのようなものだとは。悲運に満ちた人生の中に二人はいた。
「ぐ……」
ソウスケは瞳から流れ出る涙を手で拭いながら別の場所の自販機を探し始めた。
「遅かった……」
やっと別の所が見つかったソウスケはアスナのいるフロアに戻った。
「ほら、コーヒー牛乳」
「……おいしい」
アスナは不器用ながらも笑顔をつくりソウスケに微笑む。その微笑みは傷ついたソウスケの心を癒す。
そろそろ、作戦開始の時間だ。
【次回予告】
少年は戦う。
大切なものを守るため。
だが、しかし。
それは他人の大切なものを奪うことでもあった。
次回【Chapter/17 生きるもの←→眠るもの】