【Chapter/15 風と焔と雷、そして……】その2
「ねぇ、お嬢ちゃん。飯はまだ?」
「まだです! あなたは捕虜なんですよ。少しは身分を考えてください」
サユリはキツい眼差しでクロノを睨んだ。クロノはあの時からずっと、ここの牢屋に閉じ込められている。周りは薄暗く、荷物もたくさん置いてある。どうやらここは倉庫にも使われているらしい。
「まぁまぁそう言わずに……」
「ダメったらダメです! いい加減にしてください!」
「分かったよ。君のその流れるようにサラッとしたクリーム色のショートカットに免じて五分待とう」
「こんなところで女を口説くつもりですか?」
「ああ、そうだよ。どうやら君のその冷たい瞳はグリムゾン級の粒子砲以上に威力があるらしい」
サユリは顔をしかめる。こういう軽い男は大嫌いだ。
「ダブリス級の粒子砲と比べれば?」
「それよりも上だ」
「じゃあ、私の冷たい瞳を見ても、平然と口説くことのできる男だったら、この艦の粒子砲を生身で受けても生きてるってことですよね?」
「それは別だ」
図星だ。落胆したサユリは肩を落とす
「あっちの艦でも相当の数の女性があなたの被害者になっているのですよね」
サユリの一言にクロノは自信ありげに、こう返した。
「そーんなことはないさ。俺だってフラれることもある。奴らは全員一晩寝ると冷めるらしい」
「へーそれなら地球に行ったら、殺さずに精子バンクに預けましょうか?」
「おいおい……」
「さぞかし《種馬》としてよく働いてくれるでしょうね」
「それより飯は?」
「私が食べることにします」
サユリはニッコリと純度百二十%の笑顔で答える。
「私を口説いているんでしょ? 私のことが好きならば、私の幸せのために自分の身を削ることなんて当たり前ですよね?」
「そうだ。どうやら君は頭がいいらしい」
「一応、進学校出身なんで」
そう言うとサユリはこの場を後にした。
「ミナト?」
病室から出て行ったショウはミナトに話しかけようとした。最近、ショウはミナトの姿を見ていない。というかどこにいるのか分からなかっただけなのだが……。ミナトはいつものようにポーカーフェイスだ。
「……何?」
「いや、最近ミナトを見たいなかったから」
「……そう」
「ん〜いつもはどこにいるの?」
「……言えない」
「どうして? シュウスケやサユリを連れて遊びに行こうと思ったのに」
「……司令部からそう言われてるから」
「?」
「……もうすぐ敵が来るわ。準備しておいたほうがいいんじゃない?」
「なんで分かるんだよ」
ショウがそう言うとミナトは少し黙り込み、そして言った
「……勘よ」
「敵?」
「ああ、この宙域にいる。どうやら待ち伏せされたらしい。もしくは追いつかれたか……」
ヘーデは堅い声で言った。
「追いつかれた? なんで?」
サユリは聞いた。
「分からん……だが、現に我々は敵と交戦しようとしている。詳しいことは後だ、いいな?」
「うん……」
「リョウ、敵とあとどのぐらいで接触する?」
「五分後ですかね……」
「ショウ! オリンストを呼べ!」
ヘーデは通信機に向かって叫んだ。
「ナギサ、病み上がりのようだけど……大丈夫?」
「はい、大丈夫です」
ショウはそう言うとナギサの手に手を重ねた。そして叫ぶ。
「こい、白銀のオリンスト!」
気がつくとショウはオリンストのコックピットにいた。そこはいつもと変わらないが微かに違和感を感じる。具体的に説明できないが違和感がある。
「先輩! 高速で接近する物体が!」
「赤いヤツか?」
「いえ……これは鳥?」
オリンストの眼前には大きな翼を持つ鳥の影が映っている。しかし、それはアテナだった。紺色に白いラインがはいっているボディー。足は獲物を捕らえるための鋭爪を持っており、その大きな翼からは赤い光の剣を出している。そのせいでその翼の大きさは光の剣を出していないときよりも三倍以上大きく、広くなっていた。
―――風のガレス―――
ガレスはその翼をオリンストに向け突進してくる。間一髪、避けたオリン
ストだったが背後から気配を感じた。
「もう一体、います!」
「どこに!?」
「遠くです! ここから一キロも離れた所です!」
「そんなところに!」
刹那、オリンストの背後から粒子砲が放たれた。それは艦隊一つほどを飲み込むほどの大きさの粒子砲。Aフィールドを発生させたオリンストだが耐え切れずに吹き飛ばされてしまう。
「ぐっ!」
オリンストの一キロほど先の巨大な隕石の後ろに隠れている茶色の機影。それがこの粒子砲の主だ。その大きくがっしりとしたボディーとその堅殻。そこに多数の砲台やミサイルポッドを装備した、火力特化型アテナ。
―――焔のガへリス―――
体勢を立て直そうとするオリンストに鉄の大剣が振りかざされた。間一髪で避けるオリンストだがもう一本の鉄がオリンストに襲い掛かろうとしている。
「ヤバイ!」
「大丈夫です!」
オリンストの体勢は低くなり縦に(オリンストから見て)回転しその大剣の主を蹴り飛ばす。しかし、待たずして鉄はまた飛んでくる。
「ラグナ・ブレード!」
オリンストの右手にラグナブレードが現れその鉄を止める。そして……。
「グラディウス・アロー!」
左手に現れたグラディウスアローで矢を放ち、大剣の主を吹き飛ばす。
吹き飛ばされた大剣の主の姿がオリンストに現れた。はっきりと。その黄色のボディーに二つの大剣。そこに遠距離用の武器は一切ない。あるのはその鉄だけ。そのアテナの名は……。
―――雷のアグラヴァイ―――
一方、ヴァルキリー級の艦橋では。
「オリンストは現在敵のアテナと交戦中です!」
アリューンが叫んだ。艦橋自体はダブリス級より狭いものの真っ白な壁のせいか広く感じてしまう。真っ白なのはデザイン性を重視した為だ。ヴァルキリー級の乗員の八割は女性だ。その為のデザインも重視しておかないとメンタル面に影響するかららしい(もっともそこまで影響することもないが)
「どうするのー」
エミルは戦闘時でもその口調は変わらない。
「エミルは《あのシステム》の準備をして!」
ミウは言った。
「イえっサー!」
「右舷からミサイル多数!」
アリューンの一言にミウは叫ぶ。
「右舷に弾幕を張って! ダブリス級の援護も忘れないで!」
ヴァルキリー級の右舷から大量のミサイルが射出された。そのミサイル群は敵のミサイル群と衝突し爆発。僅かに残ったそのミサイル群は敵方のグリムゾン級に当たり左舷の装甲を貫く。そして、そのグリムゾン級は爆発する。
ヴァルキリー級は大量のミサイルを装備している。その数、三千発以上。それ故についたあだ名は『ハリネズミ』。
「五時の方向より……アテナです!」
「えっ!」
ヴァルキリー級に向かって高速で移動しているのはイフリートだった。そして、イフリートはヴァルキリー級の艦体に取り付こうとする。
「まずいわね……」
しかし、次の瞬間ヴァルキリー級の目の前に現れたのは人型の巨大なアテナだった。そう、これは流麗のダブリスだ。