【Chapter/1 白銀のオリンスト】その2
夜の暗闇のせいなのかはっきりとは見えなかった。しかしそれには腕があり、足があり、頭があった。後、辛うじて色も分かった。灰色だ。
しかし何故、これが人型なのか分からなかった。兵器としてならば人型よりももっと適切な形があったはず。しかも、それが重力のある場所で動けるのがショウには不思議でならなかった。この大きさと足の太さでは全身を支えることなど不可能だ。少なくとも《現代の技術》ならば……。
全長が百メートル程の灰色の巨人はビルに倒れこみ膝を曲げていた。勿論、そのビルはガラスが全部割れコンクリートが抉り取られており、鉄骨が見え隠れしている。
あまりに非現実的なことにショウの口は開いたまま閉じない。
そんなショウを見てアスカは「ボサッとするな!」と一喝した。ここにいては危険だ。そうアスカは感じていたのだった。
「逃げるってどこへだよ?」
「この《変なの》からできるだけ遠くの所にだよ!」
アスカについて行ったのは正解だった。あの巨人は次々とビルを破壊している。上空には重力圏仕様の二百メートルもの大きさの駆逐艦『ハルバート級』がミサイルを巨人に撃ち込んでいる。ショウには分からなかった。
何故、中枢帝国の船がこちらに来ているのかが。
しかし、それよりも巨人のことの方が気になるのだが……。どちらにしても、ただごとではない。ショウに分かることはこれだけだ。
「もう少し遠くに行くぞ!」
「ああ……」
ショウたちはできるだけ遠くの方に逃げたはずだった。しかし、その巨人は駆逐艦の攻撃を受けて徐々に後退していく。その度にショウと巨人の距離は縮まってゆく。
巨人はとうとうショウに追いついた。巨人の肘がビルにあたりビルは倒れてゆく。ショウの目の前だ。しかし間一髪、アスカが助けてくれたおかげでショウは無傷で済んだ。
「兄貴、大丈夫かよ!」
「ああ……これぐらいどってこと無いさ」
アスカの足からは鮮血の液体が大量に流れ出していた。
血だ・・・・・・。
「くそっ、立てない」
アスカは必死に自分の体を立たせようとするが、足の痛みが邪魔をしなかなか立てない。それを見たショウはアスカに駆け寄り肩を担ぎゆっくりとアスカの体を立たせた。意外とアスカの体は重かった。
「無理すんなよ」
「ごめんな。弟に助けられるだなんて」
「俺は兄貴に助けられなかったら死んでたからな……今頃」
ショウは少し顔をそらした。そして、大きくため息をした。
「消えたようだな……あ、痛みも少しマシになったからひとりで歩けるよ」
「無理すんなよ」
「大丈夫だ」
目の前にいた巨人は消えた、突然。上空にはまだ駆逐艦が三隻残っている。しかし、そんなこと二人にはどうでもよかった。ただ、生き残ったという達成感に近い安心感。遊園地で迷子になった子供が親と再会した時の子供の気持ち、それに近かった。
二人は横に倒れている瓦礫に座り込んだ。ボーっとした二人。知らず知らずの間に二人の手は重なっていた。兄弟が隣同士に座ったのは何年ぶりだろうか? 三年ぶりぐらいだ。重なった手は暖かかった。
そんな時、ショウがふと見た先には少女が倒れていた。長い黒髪の少女が。
「兄貴!」
「助けよう。確か近くに仮設テントがあったはずだ」
焦っているショウとは対照的にアスカは至って冷静だ。
「気を失っている……仮設テントまで運ぶぞ!」
「うん」
「目標はポイント・チャーリーで消失。どうしますか?」
若い新米兵士はクラウド艦長に聞いた。クラウドはなにも言わずただ、眼下に広がる瓦礫の山を見詰めている。
クラウドは中枢帝国第三十七艦隊隊長だ。軍学校を卒業した後は多大な戦果を上げ艦隊の隊長にまで出世した。彼が戦った中で黒星は一つもない。すべて、完封勝利だった。しかし、今回は違う。敵は彼が戦ってきた中でも不可解で未知なものであった。
《人型の兵器の破壊》それがクラウドに伝えられた作戦の内容だ。
しかし、その中には《目標が消失した場合の対処》という項目は無かった。司令部も知らない未知の兵器というワケだ。
逃げられたのだろうか?
しかし、それならば何故最初から逃げなかったのか? そのような能力があるのならば何故あのタイミングで消えたのか?
答えは分からない。ただ、分かることは一つだけだ。まだ目標はポイント・チャーリーにいる。意図的に消失したのではない、力を無くして消失したのだ。それなら答えは一つ。この都市を攻撃する。
もし、この都市を攻撃したとしても海王星は中枢帝国の敵国だ。しかも、平和ボケをしているとくる。
司令部からもなにも言われないであろう。そのうちまた、目標は姿を現す。その時に全艦の一斉攻撃で仕留める。それがクラウドの作戦だ。
「ハルバート、戦闘用意! 目標が潜伏中の都市に空爆をする!」
ただ、クラウドは自分の軍服に黒星をつけたくなかった。