【Chapter/8 命散って】その2
ソウスケは目の前に現れた巨人に目を疑った。戦艦が巨人に変形するなど、どこのヘタなファンタジーだろうか?
しかし、そのファンタジーが確かに目の前にあった。水色のボディーに緑色のライン。その巨大さにサヴァイヴ級の乗組員全員が口を開けて驚いているであろう。
その時、その巨人から多数のレーザーが体中から放たれた。ホーミングレーザーだ。
「ミサイルを放て! 一つ残らず相殺せよ!」
ここでソウスケの艦が沈んでしまったなら、アスナの帰る場所が無くなる。そう自分に言い聞かせソウスケは叫んだ。
アスナは死なせない! この戦いが終わるまで!
ソウスケの瞳の中には堅い決意があった。
「三番艦、撃沈! 四番艦、航行不能! 七番艦、撃沈!」
オペレーターは必死にそう叫んだ。
「繰り返す! こちら四番艦、右舷をやられた! エンジンもやられ航行不能の状態になっている! 救援を求め……ぐっ! 我々はこれより名誉の戦死を遂げることになるであろう! しかし、我らのこの名前は永遠にかた…………り継がれ…………」
その声は爆発音とともに止まった。次々と同胞の散る声がモニターから聞こえてくる。もちろん、誰もがこの新型艦に助けを求めてくる。しかし、ソウスケに味方を助ける事はできない。
今の状況では自分の命を守るだけで精一杯だ。
自分勝手かも知れない。だけど……。
「このまま等艦は後退! イフリートのいるポイントチャーリーに向かう! 反論は……聞かない!」
こうするしかないのだ。大切なものを守るためには。あの可愛い瞳を守るためには。
「敵は逃げていきます! 我々は助かりました!」
オペレーターの一言に艦橋は安堵と開放感で包まれた。ソウスケも胸を撫で下ろす。イフリートも下半身に損傷を受けながらも健在らしい。
「クラウド艦長……」
ソウスケはクラウドのいる艦に回線を開いた。声もさっきよりは大分、和らいでいる。
「ああ、しかし我々は三隻のグリムゾン級と……三十二人の同胞を失った。まぁ、なにはともあれ君の《不純異性交遊》について話ができる」
「は、はぁ……」
胃薬飲まなきゃ……。
「これから要救助者の救助にあたる! 君はゆっくり休みたまえ」
「はい!」
しかし、あんなことを言われてはゆっくり休めない。クラウドの誤解を解くには相当時間が掛るだろう。
ソウスケは回線を切ると艦橋にいる全ての者に言った。
「皆さんご苦労様でした! こんな半人前の僕が生き残れたのは皆さんのおかげです!」
そう言うとソウスケは敬礼をした。
ダブリス級内の廊下で蹲っていった。あの後、ショウはオリンストに乗りダブリス級に回収されたのだ。
ショウの心の中には恐怖がうごめいていた。あの時、聞いた少女の断末魔、人が死ぬときの声。徐々に壊れていく自分。抑えられない感情。
それは戦いたいという気持ちに他ならない。
だが、ショウはそれを必死に抑えている。気づいていた、そのような感情を前々から持っていたことを……。人を殺したくないという感情に反して、自分の中にある三つの感情が。
一つ目はいつもの自分。
二つ目はなんの感情も抱かず人を殺し、敵を殲滅することのみを考えている《冷酷な自分》
三つ目は戦うことに快楽を覚え、人の肉さえ喰らいそうに狂っている《狂気な自分》
どれも武器を発動させたときにしかその性格は現れないが、その性格は徐々に自分の内側の心に入り込んで染めようとしている。それが今の自分=ショウだ。
時には冷酷、時には狂気の気持ちに駆られる。今だって通りすがるダブリス級のクルーを殺したくなってしまう。刃物を持ちそれを腹に突きたてる。鮮血に染まった手に構わず《中身》を抉り出す。
そして、それを見て何も言わず、ただの無に帰り平然と自分の部屋の戻る。
そんな自分が想像できる。
しかし、今は自らの倫理がそれを邪魔していた。
ショウは立ち上がると部屋に帰ることにした。その背中に《冷酷狂気な欲求》を背負いながら……。
「被害は左舷にいた整備班三名が死亡……十七人が負傷か」
ヘーデは書類を見ながら深くため息をついた。戦闘の被害では小さいほうだ。死者が三名というのは。だが、その三名の命を《小さいほう》で片付けていいのかどうか。
艦橋にはヘーデとサユリだけだ。他の者は部屋でゆっくり疲れを取っている。だが、何名かは眠れないらしく医者に睡眠薬を処方された者もいる。
「お父さん、今日はごめんね……」
サユリはそっと呟いた。
「なんで謝る?」
「だって、私があんな無茶な作戦を言ったばかりに、こんな事になってしまって」
「お前が言おうと言うまいと、結果は同じだった。それにお前の立てた作戦……悪くはなかった」
「え……」
「ただ、相手が悪かったようだ。あの新型艦の艦長は中々頭がキレる者だったようだな。あの作戦を一瞬で看破したのだから」
「だとしても私は負けた」
「戦争に勝ち負けなんて無い。あるとすれば自分の艦で犠牲が一つも出てこなかった時、それが勝ちだ。今回は両方とも負けのようだな」
「……」
ヘーデがそう言うとサユリは黙り込んだ。そしてしばらくすると作業に戻った。
ショウは部屋のベットの中で布団を被り寝ていた。この部屋は五畳ほどの広さしかないがテレビや冷蔵庫など設備は良い。電気は消してある。
ショウは目が覚めるとぼんやり天井を見上げる。そこには無機質で真っ白な天井があった。そこからは生きている感覚よりも、ただそこにいるという感覚の方が勝っている。それ故に無機質……なのかもしれない。
「教えてくれよ、兄貴……」
ショウの呟きも無機質で真っ白な天井にぶつかり無抵抗に消えていく。
「先輩、朝ごはん持ってきました。先輩も昨日の騒ぎで疲れていると思ったんで持ってきました」
ドアを開けて入ってきたのはナギサだった。両手には朝飯用のプレートを持っている。そこには一枚の食パンと目玉焼き、三本のウインナーが乗せてあった。
ショウはナギサから貰ったプレートを机の上に置くとベットに座り込み頭を抱えた。そして重い吐息を漏らす。
「自分が怖いんだ……ナギサも知っているんだろ。俺があの時おかしくなったのを。狂っていた、狂っていた」
「気持ちは分かります。だから、元気を出して」
ナギサはショウの隣に座った。
「なにが分かるんだよ」
「それは……」
「分かりもしないクセに偽善者ぶって他人に干渉しようとすんなよ!」
ショウはナギサを勢いよくベットに押し倒した。ナギサは目線を横に背け虚ろな目で言う。
「私、最低ですね。偽善者ぶったりして……それでいて人殺しだなんて」
その言葉を聞いたショウもナギサから目を背ける。
「分かっているんです。私だって怖いんです、人を殺すのが。私、オリンストで敵を倒すときに聞こえるんです、人が死んでゆく時の声を……。でも、そんなこと言ったらショウ先輩が戦うことが、いっそう嫌になるんではないだろうかと思っていたんです。だから……」
「俺にはそれが聞こえていなかった。だから今まで戦えた。だけど自分の父親を殺し、あの少女の泣き叫ぶ声を聞いた途端、やっと自分が人殺しだったことに気がついたんだ。そして、自分の中に《冷酷な自分》と《狂気な自分》がいるということにも。俺はサイテーだよ!」
そう言うとショウはナギサの顔を自分の方に向けそして……
唇を重ねあった。深く……深く……。
勿論、どちらも好きな異性ではなかった。ナギサに至ってはむしろ嫌悪しているぐらいだ。 だが、今は寂しかったのだ。怖かったのだ。自分自身の事が。ただ温もりを求めていた。同じ人間を求めていたのだ。
自分たちのように最低な人間を。
ショウは怖かったのだ。自分が。だから同じ存在を見つけようとしていた。
ナギサは怖かったのだ。自分が。だから同じ存在を見つけようとしていた。
ナギサは服のボタンを外そうとするショウに硬く呟いた。
「私、そういうの嫌いですから……」
そう言うとナギサはショウの手を振りほどき、そそくさとショウの部屋から出ていく。その時のナギサの瞳は自分が汚されるのが嫌だと言っていた。
最悪なもの同士、傷を舐めあったところでその傷は癒えやしない。後に残ったのは、なにも無い真っ白な虚無感のみだったのだろう。
多分……。