【Chapter/1 白銀のオリンスト】その1
宇宙暦1375年。人類は三回目の繁栄を遂げていた。太陽を中心とする太陽系の星々には人類が移住しそれぞれが個々の政治をおこなっっていた。
しかし、星々の争いは止まらない。
七回の大規模な戦争の後、宇宙暦1727年に太陽系は土星圏の中枢帝国が統一し他の太陽系の星々は諸国連合となり『平和の時代』となったのであった。あの日までは……。
宇宙暦1758年。諸国連合の代表国の首脳七人が土星でおこなわれた定例会議中に暗殺された。俗に言う『サターン・ショック』だ。暗殺の主犯格とされた男は捕らえられた。拷問に耐えかねた主犯格の男はこのような事を言った。
「俺は中枢帝国の奴らに雇われたんだ」と。
元々、諸国連合は中枢帝国の行き過ぎた独裁政治を防ぐ為、作られた連合国だ。勿論、諸国連合の権力は大きい。諸国連合は中枢帝国の作り出した政策に反論し、政権を監視するのが役割だ。しかし、いつしか中枢帝国の地位を奪おうとしている厄介な存在になっていた。
政権奪取に力を入れていたのは殺された首脳七人だ。彼らはいずれも国民から絶大な支持を受けており政権奪取は時間の問題であった。 「彼らを殺せば国民の政権奪取の声は止む」と議会では囁かれることになってくる。そして、中枢帝国の最高議会『元老院』は彼らの暗殺を計画した。
しかし、元老院の企みは男の一言で光を浴びることとなる。
世界は混乱に陥る。太陽系は現政権の中枢帝国派と政権奪取を狙う諸国連合派の二つに分かれるようになった。そして戦争が始まった。
争いは激化し、百年間以上続いた。しかし、明確な決着は着かずここ数年は戦争も沈静化の一途をたどっていた。
そして宇宙暦1877年。一人の少年と一人の少女が世界の歪みの中、聖なる剣を持ち立ち上がる。その剣の名は・・・・・・。
―――白銀のオリンスト―――
時は宇宙暦1877年。
「え〜では、教科書127ページ開いて……太陽系文明の成立の所だな」
トウオウ高校の二年七組の教室では『世界史』の授業がおこなわれていた。しかし、八時間目ということもあり皆、瞳に疲れを映し出している。
ショウ・テンナはふと窓の外を見詰めた。ショウのパソコンには「諸国連合設立の時期は?」や「何年から何年まで第七次星間戦争は起こったの?」という、二通の質問のメールが届いている。無論、無視するわけにもいかないので丁寧にショウは返信している。
ショウが窓の外を見詰めたのはその返信に一段落が着いたからだ。
ショウの住んでいる所は海王星と呼ばれる緑の綺麗な星だ。大気のやりくりはすべて、『スペンダー』と呼ばれる七本の柱でまかなわれている。ショウが見詰めた窓の外からはその一つが見えた。
元々、宇宙には微量の酸素がありそのままでも生きられないことは無いが……空気が薄いため酸欠になりやすし、かなり寒いらしい。もっともショウは宇宙空間になど行った事は無いが。
遥か昔は空気自体がない死の世界だったとか。
いくら頭の良いショウでも何故、宇宙に空気があるのかまでは分からなかった。摩擦熱の影響は? 数えだすときりが無い。
ショウは決して天才などではない。トウオウ高校は海王星でも五本の指に入るような名門校だ。しかし、ショウが通っているのは普通科の文系。エリート官僚の登竜門とされている特進科の理系には到底かなわない。ショウもかなり勉強してこの学校に入った。しかし、特進科にはいけなかった。凡人には手の届かない場所なのだ。
「はい、じゃあ昨日やった《第二始人類の繁栄》の所のレポートを提出な。期限は明日まで……以上」
そう先生は言うと教室から早足で去っていった。
「ショウ、帰ろうぜ」
声をかけてきたのはシュウスケ・ササムラだ。シュウスケはこのクラスでも一、二を争うほどの《落第候補》である。容姿は金髪をワックスで立たせ、派手な柄シャツをカッターシャツの下に着ている、相当な《やんちゃ》だ。
「うん、じゃあバーガーショップにでも寄って帰る?」
対するショウの容姿はというと、髪の毛は茶髪のままで、白いカッターシャツにブレザーという《真面目》な格好。
ちなみにハンバーガーショップはショウの《第二の勉強部屋》だ。あそこはなにより落ち着く。しかも、兄貴はいない。
「イイね!」
「ねぇ、私もいい?」
ショウたちに話しかけてきた少女はサユリ・グラムス。肌色の髪のショートカット。胸こそ小さいもののかなり良いスタイルだ。ショウの目から見ると。まぁ、要するにごく普通の女の子。
今のショウはただ、疲れていた。まぁいつも授業が終わった後は皆、こんな感じだ。いつもは……。
都内のハンバーガーショップ。ここは海王星でも人気のあるチェーン店でショウ達もよくここに来る。そこにはあんまり機械的なイメージはない。
「やぁ〜授業の後のハンバーガーは格別だなぁ」
「だね!」
「……うん」
シュウスケとサユリが《放課後のハンバーガー》を堪能している中、ショウだけはパソコンの単語帳を左手に持ちながら淡々とそれを食べ続けていた。
「で、レポートのことなんだけど……」
シュウスケは急にまぁるい瞳でサユリを見詰めた。
「わかった、わかった。手伝えばいいんでしょ」
「ありがとうございます、サン・キュウ・ベリ・マッ・チ!」
「ショウはどうする?」
「あ、ああ……いいよ。別に」
現で答えたショウにサユリはしらけたが、すぐにシュウスケの方を向きノートパソコンを開いた。
「確か戦闘機なんかがあったんだよな」
「ご名答。で、世界大戦が終わった後……」
「つーか、よくこんな昔のことがわかるよなぁ」
「でも、すべて遺跡からの発掘によるものだから正確ではないわ」
「詳しいな」
「どう致しまして……」
二人はノートパソコンに向かい話し合っている。勿論、ショウも宿題は必ずやるタイプだが、今は一週間後の技術の確認テストの方が大切であった。
「じゃあ、レポート頑張ってね」
「オッケー、サユリ。さんきゅ、じゃあ俺はここで」
ハンバーガーショップを出たシュウスケは家の方向へと走っていった。シュウスケの家は二人とは逆方向だ。二人は都内を歩く。近代的で五百メートルは軽く超えるビルもあれば背の低くお世辞にも近代的とは言い難い建物まで様々だ。
最近の話だとそれほど第二始文明の頃より技術は発展していないらしい。ただ単に宇宙に空気があったから人々は他の惑星に住んでいる。ここまで人類は発展してきたと人々が錯覚しているだけ。実際はタイムマシーンやらは到底無理な話だ。
「ねぇ、ショウ?」
「何?」
「なんでそんなに必死に勉強するの? 勿論、勉強することはいいことだと思うけど、ショウはいつもしている。電車の中でも、昼休みでも、食べてる時も。定期テスト前でもないのに……。もっと遊ぼうよ」
ショウはサユリが言ったことに少し眉をピクリと動かし反応した。
「兄貴は特進科でしょ? だったら俺も勉強して兄貴と同じ特進科の編入試験に合格して入らないといけないんだ」
「それは何の為?」
「兄貴に追いつく……いや、勝つために」
ショウの兄はアスカ・テンナ。特進科でもトップクラスの学力を持つ生徒だ。普段は宿題だけ片付けて遊んでいる。なにも勉強しなくても成績が良い。いわゆる天才だ。それに比べてショウは勉強をしてもそこそこの点数しか取れない凡人だ。「アスカは頭がいいなぁ。それに比べてショウは……もう少し勉強しなさい」などという屈辱的な言葉をよく親から言われる。
ただ、ショウにとって何もしなくても頭の良い兄が目障りなのだ。ウザい……いや、それ以上のものだ。《憎しみ》が適当であろうか?
「まだ、お兄さんのこと気にしているの?」
「悪い? 兄貴は特進科の癖に女連れて遊びほうけているんだ!」
「それは言いすぎよ。お兄さんにだって彼女はいるし……」
「ごめん……じゃあ」
ショウは自宅のマンションのエントランスの方を向き歩いていった。それをしばらくサユリは目を細めて寂しそうに見ていた。
「兄貴! なんだよ、また遊びに行くのかよ」
エントランスには制服のままのアスカがいた。小顔で細い目、背も高くスタイルも良い。好みにも寄るがアスカの方がカッコいい。
「違うよ。今から、コンビニに夕食を買いに行こうと思ってさ。お前はなにがいい? やっぱりおでんか?」
「結構」
そう言うとショウは何も言わず歩き出した。かすかに当たったアスカの肩は硬い。勉強のせいではなく遊びのせいだ。ショウはそう悟った。
その時、外の方で爆音がした。かなり近い。
アスカは気になって外に出た。それにショウも付いて行った。少しアスカと距離を置いて……。
「なんだよ……これ?」
ショウの瞳には《灰色の巨人》が映し出されていた。