【Chapter/7 デブリ帯の死闘】その1
「ぐっ……ここは?」
ショウが目を開けたのは気を失ってから小一時間経った頃だ。目の前には医務室の天井。
「先輩、よかった」
ナギサが微笑んでいる。
死んでない……よかった。
体のどこにも痛いところがない。
ショウはゆっくりとベットから降り医務室を出ようとした。そしてナギサもそれについていく。
現在は諸国連合の本部のある地球に向かっている。そして現在、ダブリス級は天王星のすぐ近くのデブリ帯を航行中だ。デブリ帯とはいわゆる戦争の副産物だ。宇宙で沈んだ戦艦の残骸が放置されている所……宇宙空間のジャンクヤードと呼んでいいのだろう。
それだけに違法ジャンク屋の船(海賊船とも言う)がここに来ては中枢帝国の船に落とされる。といった事件が多発している。
まぁ、こちらも似たような存在なのだが……。
「なぁ、ナギサ?」
「なんですか?」
「このダブリス級は無傷だろ?」
「はい……でもレウス級、一隻が航行不能になりこちらに収容されています」
どうやら、まだ一隻も沈んでないらしい。ショウはほっと胸を撫で下ろす。
その時、ナギサの携帯電話が鳴った。
メロディはG線上のアリアだ。地球圏の遺跡で発見された曲を復元したものらしい。
その優雅なメロディーは今でも人々を魅了し続けている。
「はい……はい、分かりました」
ナギサは携帯電話を切るとショウの方を見て言った。
「先輩のお母さんが先輩に会いたいと言っているらしいです」
「え、母さんが?」
ショウの母親は前にも言ったとおり普通の人だ。普通に人の役に立っていて、頭も良くて。
名前はカリダ・テンナ。
しかしショウはここ五年間、カリダに一度も会っていない。いつも仕事で忙しいと言っていた。まさにそのとおりで父親と違い忙しい。
最近は新型艦の開発をしているらしい。
父親とも離婚しているような仲で、単に離婚届を出す暇が無いという理由で成り立っているほど冷めきった仲らしい。
「行ってくるよ。母さんには事情、話してないからね」
そう言うとショウはカリダのいる艦橋に向かった。
「はぁ……疲れたぁ」
シュウスケは汗だくの首筋にひんやり冷たい濡れたタオルを首に巻き、大きく背伸びをした。今は父親にみっちりと整備のテクニックを叩き込まれたところだ。
「お疲れっ!」
サユリがシュウスケの好きな炭酸飲料の缶をシュウスケに渡した。
「さんきゅっ!」
「大変そうだね……」
「まぁ、俺も整備に関しては素人だからな。で、サユリはなにやってんの?」
「私は艦橋で作業をやってたわ。結構、目が疲れるのよね〜」
二人ともこの艦にいる限りはなにかやらないと周りに迷惑をかけてしまうのだ。もっとも、シュウスケにはそれ以外にも理由はあるのだが……。
「そういや、サユリのお父さん。この艦の艦長だってな」
「うん……昔から戦艦の話か興味を示さなくって。まるで子供みたい」
「へぇ〜」
「私もお父さんと話が合うように戦艦の事、勉強したんだ。そしたら、お父さんが褒めてくれて……戦術なんかも教えてくれたわ!」
サユリはシュウスケに微笑みかけた。
はぁ……みんな役に立ってるんだなぁ。それに比べて俺はまだ研修生。
シュウスケに《研修生》という重い現実がのしかかってくる。
ショウは艦橋のドアを開けた。そこには……実の母親、カリダがいた。
「母さん!」
「ショウ……事情は聞いてるわ」
「へ?」
五年ぶりに再会した息子にかけた言葉が「ショウ……事情は聞いてるわ」なのか? もっと言うべき言葉があるのではないだろうか?
「母さん……なんだよ!」
「分かってます。あなたがあの巨人に乗っていることも……。戦いなさい!」
「戦うことだけかよ!」
「ええ、それだけです……それ以外にあなたに言うことはありません。行きなさい」
どうしたんだよ……昔はこんなんじゃなかったのに!
「早くしなさい!」
ショウはカリダを睨みつけると早足で艦橋から出ていった。
おかしくなっている! 俺の両親は!
艦橋を出たすぐそこにヘーデがいた、。少し眠そうな顔で。
「ええ、もう大丈夫です」
カリダはショウが出ていってすぐに泣き崩れた。ヘーデの渡したハンカチが妙に柔らかく感じられる。
「これでショウは私の事を嫌いになりました……。いつ私が死んでも悲しまないでしょう」
「これで良かったのか?」
「こんな事ぐらいしか私はショウにできません。でも、私が死んだことでショウの傷ついた心を更に傷つけてしまうのが心配なんです」
カリダは胸が痛くなった。
病のせいだ……。
もう長くない。カリダはずっと前からそれを確信していた。
もともと、カリダは体が弱く持病もあった。それが最近になって急に悪化した。
後、一ヶ月の命だと聞く。
短い命。息子になにかできないか?
それ故の行為であった。
「では、私は用事があるのでこれで……」
カリダの足つきは重たかった。