【Chapter/END 宇宙を継ぐもの】その2
「父さんはもう駄目……」
サユリはヘーデが眠っているベットの前で泣き崩れた。生命維持装置が先程の爆発で故障し、動かなくなったのだ。もう、蘇生も不可能な状態だった。
冷たい空気。剥きだしになった医務室から出ることの出来ない二人。外には星星が輝いている。しかし、世界樹の影響なのだろうか。徐々に空気が薄くなってきている。一刻も早く、ここから脱出することが大事だ。
「……サユリ、私はヘーデに言われた……本当のことを話せって。だから、言ってもいい?」
「うん……」
サユリは首を縦に振った。
「……私はサユリの姉よ。私はヘーデの娘だったの」
「…………薄々、気づいていたはずだったけど……本当にそうだったんだ。でも、あんまり実感が沸かないよ」
「……何で?」
「だって、私は何も出来ない、ただの女子高生。だけど、あなたはアテナっていう巨大兵器を操って、自身が傷つきながらも必死に戦っていた……。全然違うのよ、私とあなたは……だから」
「……サユリは頑張っている。私が見てきた、それを」
「おかしいわよね、私。お父さんにサヨナラも言えずに……何も娘らしいこと、一つも出来なくて」
「……違う」
その時、爆発音とともに、衝撃波が襲ってきた。サユリは衝撃波に流されて、外に放りだされそうになった。ミナトはサユリの右手をがっしりと掴んだ。ベットの上からで力も出そうにないが、必死に掴んだ。
「ミナトは怪我してるし、無理よ! 離して!」
「……だめ」
「何で? 私は……私はッ!」
「……サユリは私の妹だもの……それ以外に理由はないわ」
だが、ミナトの体も宇宙空間に吸い込まれていく。だが、その時ミナトの体を掴んだ者がいた。それはソウスケだった。
「……ソウスケ?」
「待たせたな……大丈夫か、二人とも!」
そう言うとソウスケはミナトの手を握り締めて、自分の方へと手繰り寄せた。
「ぐッ!」
ショウは激しい痛みを感じた。腹部、腕部、脚部……すべてに。張り裂けるような痛み。体が引きちぎられそうになる感覚。これは……。
「ショウ!」
「大丈夫だ……どうやら、侵食現象が始まったようだな、俺の」
オリンストが二人で分担して動いているとはいえ、完全に侵食現象が無くなっているとはいえなかった。オリンストは密かにショウの体を蝕んでいたのだ。ショウは痛みを堪えて操縦桿を握り直した。
「こちらの勝ちのようだな! ショウ・テンナ!」
「まだだッ! これぐらいの侵食現象で倒れてたまるかぁぁぁッ!」
オリンストに無数のハザマのビットが襲い掛かる。時間差で粒子砲を放ってくるビットを、縦に三十度回転し回避。しかし、残りの三基のビットの攻撃を受けてしまう。オリンストの装甲が赤く爛れる。
「不知火ッ!」
ショウが叫ぶとオリンストの前方にマスティマの不知火がマナ粒子の緑色の光に包まれて現れた。それをオリンストは両手で掴み、ハザマに向けて構える。オリンストからあふれ出したマナ粒子が噴出す。
「無双刀……不知火、使わせてもらうよ、キョウジさん!」
「こんなものでッ!」
ハザマはオリンストに向かって、右腕の圧縮粒子ブレードで切りかかる。しかし、それをオリンストは不知火で受け止めて、ハザマを機体ごと吹き飛ばす。
「だが、もう止められはしないさッ! こんな醜い世界は消え行く存在なんだよ、ショウ・テンナッ!」
「消えるべきはお前だ! お前には大切なものがないのかよ!」
「大切なのは自分さ! 僕は嘘なんかつかない!」
背中のビットを展開したハザマ。オリンストの機体に突っ込む。オリンストの各部に突撃したビットは近距離で粒子砲を発射。オリンストはその反動で吹き飛ばされる。さらにハザマは追撃。オリンストに向かって右腕の圧縮粒子ブレードで切りつける。それをオリンストは不知火で受け止める。
「もう終わるんだ! 僕の苦しみが! ずべて!」
「神名くん! もうやめて! こんな事をしても何にもならないよ!」
「渚……君は僕の事を分かってくれなかったんだ。理解してくれなかったんだ、僕の気持ちを! 少しも!」
「分かろうとしてた! 頑張って!」
「分かってくれなきゃダメなんだよ! 僕のことを理解してくれる人なんかいないんだ! もう、どこにもッ!」
ハザマは背中のビットを展開する。そして、オリンストに向かって一斉射。オリンストはマナ粒子化。回避し、ハザマの後方へ回り込む。
「俺はッ!」
オリンストは不知火をハザマに向かって振りかざす。ハザマの右肩は不知火によって吹き飛ばされる。宙を舞うハザマの右手をオリンストは掴み取り、ハザマに向かって投げつける。ハザマの右手は爆発。胸部を焼かれたハザマ。
黒煙の中、ハザマのビットがオリンストの右足を吹き飛ばす。そして、怯んだオリンストに向かって、粒子砲が牙を剥く。粒子砲はオリンストの胸部装甲を吹き飛ばした。
「こんな醜い世界なんか! なくて良いんだよ! 無いほうが良いんだ!」
「確かにそうかもしれない……」
両手を吹き飛ばされたハザマ。オリンストは右手と右足を失っている。
「だけどッ!」
オリンストは不知火を構えなおして、ハザマに突貫した。ハザマは失った両手をマナで再生せずに、残りのビットから圧縮粒子ブレードを発生させて、オリンストに向かって構えた。
「殺す! 僕を傷つけるものをすべてッ!」
ハザマとオリンストはマナ粒子を撒き散らせて激突。そして、離脱。その繰り返しを螺旋状に展開する。激突してはマナ粒子化する二機。付近に飛び散ったマナ粒子が世界樹の中枢コアに吸い込まれてゆく。
「俺には……俺には!」
「醜いよ、ショウ・テンナ! 君はこの世界を象徴する存在だ!」
「何をッ!」
オリンストとハザマは激突。二機とも粒子化して互いの背後を取る。そして、互いに切り付けあうが受け止められる。そして、再び離脱。
「君は嘘をついている! 渚を守りたいと言っているのは戦いへの動機づけであり、君の本心ではないってことさ!」
「お前に何が分かる! 俺はナギサを守るって決めたんだ! だから……」
「ならば、何故僕を倒そうとする!? 僕のことが理解できないから排除しようとしているんだろう、どうせッ! ああ、そうさ! この世界はそんなにも醜いのさ! 自分たちの価値観に合わない小数派は切り捨てられるんだ! 僕みたいなッ!」
「確かにそうだよ! この世界は醜いよ! だけどさ……ッ!」
「お前の言う戦う理由は曖昧だ! 何が守りたいのだ! 自分が死にたくないから戦うのだろう!?」
―――死ぬのが怖いから戦う。今はこれでいいのかもしれない―――
確かに初めて戦うときの理由はそれだったはずだ。だが、違う、今は! 俺には守りたいものがあるんだ! それが嘘だなんて俺は認めない。それが俺の本当の気持ちなんだからッ!
突然、ショウの目の前が真っ暗になった。見えない、何もかも。侵食現象の進行が早かったのだ。ショウは各部の痛みを堪えるのに必死だった。機体のマナ粒子化を頻繁に使いすぎたのが原因だろう。
しかし、ハザマの攻撃は止まない。ビットがオリンストの各部を引裂く。ショウは痛む体を放り出して、操縦桿を握り締めた。
「ショウ……私は……」
「目が見えなくなった! ナギサ、お前の目が頼りだ。俺に敵の位置を教えて欲しい……」
「でも、それじゃあ!」
「言葉じゃない……オリンストを通してだよ。大丈夫、やれる。俺はナギサを信じている。だから、やれるはずだ……。見せてやるんだよ、神名翔に!」
「私はショウを守りたい! 守るために戦っている!」
「俺はナギサを守りたい! 守るために戦っている!」
「だから……」
「俺たちの気持ちは本当だってことを教えてやるんだ!」
ナギサはオリンストとリンクを開始する。敵の位置情報、状態……すべてをショウに送り込むために。
「分かるよ……ナギサの鼓動が……分かる! 見える! 敵がッ!」
「ゴタクはぁァァァッ!」
ハザマはオリンストに向かってビット粒子砲を放つ。オリンストはそれを不知火で払いのける。そして、ハザマに向かって羽を展開。ハザマの両足を貫く。
「ぐッ! こんなもので僕がやられるとでも……」
ハザマは背中のビットを最大出力で展開する。
「思ったかァァァァァァッ!」
「俺には!」
その砲撃をオリンストは回避し、ハザマに向かって突撃する。
「これが……俺たちだッ!」
確かに前は見えない。ただ、ナギサの鼓動は聞こえる。左……右……六時の方向! ナギサの鼓動は暖かい。そう感じられる。
「こんな醜い世界にある大切なものなどォォォォォッ!」
「だけどッ! 俺には……」
オリンストはハザマの両手の代わりとなっているビットを不知火で切り裂く。ビットは轟音と共に爆発。吹き上がる黒煙。
「何故、僕を殺そうとする! 醜い世界を……」
「ぐッ!」
ハザマはオリンストの左足に向かってビット粒子砲を放つ。オリンストの右足は爆発。しかし、オリンストの勢いは止まらない。
「お前は大切なものがなかったわけじゃないんだ! それを自ら、壊してしまった! それだけだよ! お前は!」
オ・ヤ・ス・ミ・ナ・ギ・サ・ア・イ・シ・テ・ル
私も懐中電灯の光をつけて、返答した。
ワ・タ・シ・モ・オ・ナ・ジ・ア・イ・シ・テ・ル
それは儚く浅い夢だったのだろうか。だが、しかし、ここにいるのも神名翔だった。ハザマのコックピットの中には確かに神名翔がいたのだ。
「オヤスミアイシテル……神名くんは忘れてしまったの!?」
「やめろォォォォォォォォォォォォォォォッ! お前になにが分かる! 理解してくれたのか! 理解してくれたのか! 理解してくれたのか! 理解してくれたのか! 理解してくれたのか! ははははははははははははははははははははは…………僕は世界をッ!」
ハザマはビットを一斉射。オリンストの頭部は溶解し、内部メカニックが見え隠れする。胸部のフィルターも破損し、内部の熱制御ができなくなっていた。それによってオリンストの全身が強制冷却を始める。その姿は白銀に輝く女神。女神は翼を羽ばたかせる。その瞬間、世界樹からマナが機体全身に集まってゆき、オリンストの各部は完全な姿に復元される。
「俺はァァァァァァァッ!」
ショウはナギサの鼓動を胸に咆哮。
「オリンストは新たな世界樹の鍵となりました! もう、神名くん……あなたの望んだ世界にはなりません……」
世界樹は徐々に復元されてゆく。世界樹を統べる存在はオリンストとなったのだ。ユイリスの意思によって……。したがって、オリンストは世界樹を調律しているのだ。すでにハザマは鍵ではなくなった。
「ちくしょォォォォォォォォォォォォッ!」
ハザマは残ったビットをオリンストに向ける。ビットはオリンストの各部にて消滅。オリンストの纏っている白銀のオーラが強力なAフィールドを構成しているのだ。オリンストはハザマに向かって疾走する。
「こんな醜い世界を何故……守ろうとする!」
オリンストは不知火を構えて、白銀の翼を展開する。
「そこに……ナギサがいるからだ!」
その姿……まさに世界を統べる白銀の天使。
「うぉぉぉぉぉぉぉッ!」
オリンストはハザマに前方にてマナ粒子化。そして、ハザマの後方へすり抜ける。振り向こうとするハザマの頭部を蹴り飛ばす。ハザマは怯んで動きを止める。
その瞬間、オリンストはハザマに向かって突貫。不知火の白銀の刃がハザマのコックピットを貫いた。オリンストの翼が世界樹から噴出したマナ粒子を吸収して、巨大な白銀の翼と化した。
オリンストは真の世界樹の鍵となりて、ハザマを討ち破った。
「僕は……本当は……ああ、渚……」
ハザマは金色のマナ粒子を四散させて爆発。黒煙がハザマの残骸を包み込む。オリンストは白銀の翼を展開して世界樹の調律を開始する。
それは深く暖かいメロディ……。