【Chapter/53 終焉の赤い林檎】その2
「世界樹が再起動? くそッ!」
クロノは舌打ちをした。世界樹の周りからはマナ粒子砲が乱射されている。中々、世界樹に近づけない。
「この砲撃を司っている砲撃中枢部……つまり、世界樹の根元にある部分を破壊すれば何とかなると思います。しかし……」
アリューンの声につまる。
「その付近は砲撃が激しく……機動性が高いクシャトリアでも突破するのは不可能化と……」
「無理ってことはないんだろ?」
「一応、理論上は……でも、やめてください! こんなことをしても無駄死にするだけです! まだ時間は……」
「このままだとダブリス級は撃墜される!」
「ですが……」
その時、世界樹の宙域共通チャンネルでダブリス級から回線が繋がった。
「世界樹宙域にいるアテナは世界樹の根元にある砲撃中枢の破壊を行って欲しい! 今、何もしなければ最悪の結果に終わるでしょう! 我々の目的は違えど、世界を良くしょうとする考えは同じだったはず!
ですが、今その世界が存亡の危機に陥ってます! あなたたちの守ろうとした世界……私たちの守ろうとした世界……それは一つです! 同じです! ですから力を貸してください! 共に戦いましょう! わたしたちの仲間になってくださるパイロットの方は、友軍信号を打ち上げてください。繰り返します……」
その声は自信に満ち溢れたものだった。
「……ということだ。ダブリス級は引っ込んでろ。図体のでかい奴は砲撃に当たりやすいからな」
「クロノさん……」
「ほら見ろ。この宇宙を」
世界樹宙域は打ち上げられた友軍信号の緑色の光で満ちていた。皆、ソウスケの提案に賛同した者たちだった。考え方は違えど、世界を大切に思う気持ちは同じだったようだ。
残った五十八機のアヌヴィスと一機のクシャトリアは世界樹の砲撃中枢へと向かう。
「大丈夫……帰ってくるさ。必ず、お前の笑顔を見に帰ってくる。勿論、幽霊になって……なんかじゃないからな!」
「信じても良いですか? 私はクロノさんを信じても良いですか?」
「ああ、生きて帰ってくる。俺は不可能を可能にするアテナ乗り……クロノ・アージュだからな!」
「ソウスケ艦長の話だと……サヴァイヴ級の種馬……じゃ、ありませんか?」
「あれは風評被害って奴だよ……」
「ふふふ……クロノさん。その異名、信じますね!」
「いくらでも……クロノ・アージュ、目標の破壊を開始する!」
クロノは操縦桿を前に倒して、右ステップを踏みつける。クシャトリアはスラスターを展開。砲撃の中を駆けていった。
「オリンストッ!」
ショウが叫んだ瞬間、オリンストの機体は粒子化してハザマの機体をすり抜けた。空振りに終わったハザマの攻撃。オリンストはその隙に、ハザマに近距離で口部から超圧縮粒子砲を放ち、ハザマの背中を焼いた。
「そうでなくちゃ……オリンストは」
「こっちも粒子化できんだよ! ナギサ、行くよ」
「はい!」
オリンストは一旦、ハザマと距離を置いて体勢を立て直した。
「だが、世界の行く末を決める権利は、この僕にある! 死んでもらうよ、ショウ・テンナ!」
「なんだってんだろうがッ!」
オリンストはハザマのビットを受け止める。しかし次の瞬間、ハザマから直接放たれたホーミングレーザーによって、オリンストの左足は吹き飛ばされた。そして、ハザマはオリンストに突撃。オリンストのエクセリオンブレードとハザマの圧縮粒子ブレードがぶつかり合う。
「俺には大切な人がいる……だから、こんなこところで死んで溜まるかって言える! だから、ここにいる!」
「こんな醜い世界に何がある! こんな醜い世界にいる大切なものなど……矛盾だらけの醜いパラドックスな物質の塊だと何故気づかない! 何故気づこうとしない! 何故……気づけよ!」
「それはこっちの台詞だ! 大切なものが何もないくせに、偉そうなことを言うなよ、神名翔! 醜い世界だと感じてしまうのは長い間お前が一人ぼっちだったせいだ、それ以外何の疑問もない! 分かりきっている! だけど、お前もこの世界の人間と接したらきっと……」
「いつの時代も人間は醜いものだよ、ショウ・テンナくん! 相手のことを考えていると見せかけて、実際は他人を助けて自分が気持ちよくなるから良いことをする! そんな裏表のある集団が僕は嫌いだ! 大嫌いだ! 大嫌いだ! 大嫌いだ! そうだろ? そうだろ? そうだろッ!」
「お前だって大切なものがあったはずだ! ナギサという存在が!」
「そんなもの……僕の理想を分かってくれない女だ! 僕のことを一つも分かってくれない! 体を差し出したら、僕が満足すると思っている!」
「違う!」
「どう違う? 何故違う! 僕の言っていることは正し……」
「だけど、あの時の神名くんは私のことを大切にしてくれた! 私は神名くんを慰めようとして愛していたんじゃない! 少しでも神名くんのことを理解してあげようと思っていた!」
「だまれぇぇぇぇぇぇッ!」
ハザマはオリンストを弾き飛ばして二十機のビットを展開。オリンストの周りにビットが飛び交い、粒子砲を放つ。
「でぇぇぇぇいッ!」
オリンストはエクセリオンブレードの衝撃波ですべて撃墜させる。ハザマのビットは残り三十機。しかし、破壊したビットから黒煙が噴出して、オリンストの視界が漆黒に包まれる。
その漆黒を脱いでハザマの圧縮粒子砲がオリンストの肩の一部を溶解させる。そして、黒煙を吹き飛ばして、ハザマの機体が現れた。
「死ねよやぁぁぁぁぁぁぁッ!」
「ちぃッ!」
オリンストはエクセリオンブレードを振り向きざまにハザマに向けて構える。ハザマも右手の圧縮粒子ブレードでエクセリオンブレードを受け止める。
「俺はナギサのことが好きだから戦っている! 彼女の笑顔を守るのが俺の戦いだ! お前みたいに自分の理由だけで戦っているんじゃない! 俺は俺自身の意思とナギサを守りたいという気持ちで戦っている!」
「そんな渚の為に戦うお前など、この僕が殺す!」
「お前には何もない! 寂しいやつ! お前だって、もう少しナギサのことを理解しろ!」
「そうだ、理解するべきなんだ僕は! だけど、理解できないんだ! いや、この世界の人間、すべてが理解不能なんだ僕には! 他人のためと言って自分の事ばかり考えている世界が! 醜いと思わないか、ショウ・テンナ」
「俺は……ァァァァッ!」
「君は僕と同じだ! いつも周りの人間が要らなかった! 排除したかった! 両親も……友達も……教師も……恋人も……兄弟も! すべて、自分を阻害するものだと考える! 障害物だと考える! そうだろ? そうだろ? そうだろッ! 君は僕と同じなんだ!」
「てめぇと一緒にするなぁぁぁぁッ!」
オリンストはエクセリオンブレードでハザマの左腕を切断する。ハザマは振り返りざまにオリンストの肩を掴み圧縮粒子砲を零距離で放った。オリンストの肩アーマーがえぐれて、素体部分が見えてマナ粒子が噴出す。
そして、激しい爆発と共に切断されたハザマの左腕が爆発、黒煙に包まれて二機は反動で互いに引裂かれる。
「ショウ! 世界樹が……崩れてゆく!」
「く……ッ!」
オリンストが振り向くと世界樹の外壁の蔦は黒く変色して崩れていった。そして、中心部にある世界樹の中枢コアが剥きだしになった。
「始まる……人間がマナに還元されるときがッ!」
中枢部のコアを中心に巨大な結界が形成される。それはオリンストとハザマを覆いこむほどの大きさだった。外部からの攻撃は一切通らない。遠くにダブリス級などの艦隊も見えた。しかし、結界の外だ。
「こ……これは!」
「きゃーッ!」
その瞬間、ショウとナギサの目の前は光に包まれた。