【Chapter/52 紅蓮の業火を纏う君へ】その4
ソウスケがサヴァイヴ級の艦長になって間もない頃のことだった。アスナはソウスケの部屋に入ってきて、いつものようにソウスケにおせっかいをかけていた。それは日常。だけど今から考えると、それは数で表せないほど尊い日常だったのかもしれない。
「ソーウスケっ! イフリートとのマッチングテストも終わったし、将棋で私と勝負しなさい!」
将棋盤を担いでアスナはソウスケに近づいた。
「なんで命令形なんだよ……ったく」
「今日のソウスケ……少し尖がっている! 何か嫌なことでもあったの?」
「これを見れば分かるさ」
ソウスケは机の上にある書類をアスナ見せた。そこには書類でできた三本の塔が建っている。
「これ全部、中枢帝国司令部が提出を求めた書類だよ……」
「ふーん、肩揉んであげる!」
「いいって!」
「うるさい! 私の命令は絶対よ!」
「お前、司令部の奴らみたいなことを言うなぁ……じゃあ、頼むよ」
「りょーかい!」
アスナはソウスケの肩を揉み始めた。
「うーむ、疲れが見えますな……」
「当たり前だろ……こんなに書類がありゃさ。ま、礼は言っておくよ。ありがとう、アスナ」
「……それって本当に感謝しているってことなの?」
「なんだよ、人を疑うだなんてアスナらしくないぞ? ん?」
「…………なんでもない」
「そうかい。でも、僕は本当に感謝しているよ。それじゃなきゃ、こんな暴れ馬を部屋に入れなかったからな」
「暴れ馬って誰よ?」
「秘密だよ。だけど、すっごく可愛いやつのことだ!」
「うがぁぁぁぁぁぁっ!」
アスナは手を止めて、獣化しソウスケに襲い掛かってきた。
「いてて、降参降参!」
「参ったかぁっ!」
「ホント、アスナって子供っぽいよなぁ……」
「それって褒めてるの?」
「成長してたくましくなった馬と、まだ幼い子供の馬……どっちが可愛いと思う?」
「後者よ」
「じゃあ、そういうことだ」
「ますます恥ずかしくなってきたじゃないのっ! うがぁッ!」
ソウスケはアスナに押されて、机の上の書類の塔を崩してしまった。
「わぁっ!」
「あっちゃぁ……ごめんね」
「まぁいいよ」
ソウスケは落ちた書類をかき集めて、正そうとする。
「あたしも手伝う!」
アスナがソウスケに駆け寄ろうとした瞬間、アスナの肘が机に当たり書類の塔の残りが崩れ落ちてしまった。それはアスナの体に覆い被さる。
「ははははは!」
「なに笑ってんのよ!」
「いやぁ、こんな喜劇見ちゃ笑わない方がおかしいって!」
「それもそうね……」
「ありがとう、本当に」
「え?」
「仕事漬けだった僕の疲れを癒してくれてさ」
「…………」
アスナはうつむきソウスケに飛びつく。子供のように……。
「なんだよ急に泣き出したりして……」
「だってぇ! だてっぇ!」
後になって知ったことだ。彼女には家族がいなかったのだ。いや、家族に裏切られたと言うほうが妥当だろうか。アスナがイフリートの適格者と分かった時点で多額の現金と引き換えに、彼女を中枢帝国に売ったのだと。
そのせいで誰にも心を開かずに、大人を見下すようになってしまったとも……。だから、僕は決めたんだ。アスナを守るって……。唯一、心を開いてくれた僕が彼女を守らなきゃと思った。
だけど、無理だった……彼女は死んだ。
ここにいるのはアスナだ。しかし、いずれ消えてなくなってしまう。それでもいい。さよならを言えなかったのが心残りだった。だから、これが終わったら言ってやろう。僕に幸せな日常をくれてありがとう、って。
「これで……ラストォォォォォォォォッ!」
イフリートの蒼い劫火は残りのリヴェンストをすべて焼き尽くした。そこには何も残らなかった……。あるのは漆黒の宇宙のみだ。
「アスナ……僕は……」
イフリートは全エネルギーを使い果たしてしまったのだろうか、下半身から徐々に蒼い焔となりて消えていく。
「新しいガールフレンド……大切にしなさいよねっ!」
「……アスナ」
「なに泣いてんのよ! あたしみたいな暴れ馬から解放されたのよ?」
「それでもさぁ……その暴れ馬が好きだったんだよ!」
「……あんたなんか大っ嫌い! 消えろっ!」
「さよなら……アスナ」
「でも、ちょっとだけ好きだったよ……」
「ちょっとだけか……そりゃ振られるよな、僕は」
「振ってやったんだから、新しい相手見つけなさいよね!」
「…………」
「あたしのことが忘れられないんだったら言ってあげる! あんたなんか好きでもなんでもないわよ! さっさと消えなさい! 時空の狭間にでも失せろ、ゲット・バック・ヒアーっ!」
「ありがとう、アスナ」
「……そうでもしなきゃ、あたしが忘れられなくなってしまうだろうがっ!」
「でも、アスナのことは忘れない、絶対に」
「そうしてくれると……嬉しいよ」
一瞬、アスナの笑顔が見えた気がした。いや、見えたのだろう。しばらくして、イフリートは蒼い炎となって消え去っていった。
アスナ……ありがとう。
【次回予告】
それは終焉。
それは何処へ行くのだろうか?
そして、世界は滅んでゆく。
それが必然なのだろうか?
次回【Chapter/53 終焉の赤い林檎】