【Chapter/50 未来への咆哮】その3
「ナギサ……一つになったんだな、やっと。俺さ……嬉しいよ!」
「はい。もう、この世界に私は一人しかいません……わっ!」
ショウはナギサを抱きしめた。守るべきものがここにある。ショウはしばらく離そうとしなかった。
「むぎゅう……苦しいですっ!」
「ご、ごめん……でも、本当に嬉しいんだ!」
「…………ありがとうございます」
ナギサは赤くなった頬を背ける。ナギサの後ろにいた白銀の巨人の姿は消えていた。おそらく、ナギサの中に戻ったのだろう。抱きしめたナギサの体は確かに暖かかった。それが一番の証拠だ。
もう、離さない! 絶対に……ッ!
「神名翔のこと……思い出しました。あの時の神名くんはもういないんですよね。分かっています……だけど、悲しくなってくるの」
「大きな力を持ってしまった人間は狂うものさ……いや、それは俺のような人間はな」
「あんなことしても何にもならないのに!」
「…………いそごう。もう、神名翔は行動を開始しているだろう」
ショウはそう言うとキョウジの方に視線を向けた。
「勿論、私もついてゆく。だが、どうする……ここの空洞を抜け出すだけでかなり時間がかかるぞ?」
「三時間はかかりそうですね……」
ショウはモノリスがあった空間の上部を覗く。そこからは光は漏れていなかった。薄暗い明かりは、周辺の小モノリスが発光しているからだろう。
「大丈夫です。私の中にあるオリンストの力を使えば、月の遺跡の範囲なら、どこにでも瞬間移動できるはず」
「そんなことができるのか、ナギサ?」
「私の中にはこの遺跡のモノリス……つまり、中枢部が入っているの。この遺跡のデーターはインプットされている。マナの力を使えば、記憶されているデーターの範囲であれば、どこへでも行けるはずです。勿論、キョウジさんのマスティマも移動できると思います」
「さすが……第一始人類の残した遺産だな」
キョウジは突き出した小モノリスに触れる。何千万年も昔に造られたであろう、この物体。今でも新鮮な肌触りだ。
「負の遺産、じゃないでしょうか?」
「確かにな、ショウ。これほどの技術を手にした種族が滅びるなど……やはり、彼らは強欲になりすぎたといわざるを得ないか」
上部の空洞から冷たい風が吹いてきた。ここには昔、もっとたくさんの風があったのかもしれない。ここで生活をして……発展してきたのだろう。
「行きましょう! 未来の為に……」
「ああ、行こう、ナギサ!」
「未来の為に……か。私もついてゆこう」
「次元転換装置……作動! жгμΦΦΨ‡‡‡п仝…………」
目の前に古代文字の彫られたレリーフが現れる。ナギサがそれを詠唱した瞬間、三人は月面に瞬間移動した。目の前には撃墜されたアヌヴィスが一機……金属の屍となっていた。
「私は先に行く。ショウたちはどうする?」
キョウジはマスティマのコックピットに入り込み、ショウとナギサに問うた。ショウは一瞬、黙り込むが返答した。
「多分……ここの近くにあったはずです……ヴァルキリー級が。もし、動けない状態なら、オリンストで助けないといけません」
「ヴァルキリー級が? でも……」
「大切な人たちだ……無事なのかどうかだけ確認したい。アリューンさんやエミルのことをさ、いいかな?」
「はい。私にとってもそうですから……」
ナギサは頭を縦に振った。それを見るとキョウジは無言でマスティマに乗り込み、マスティマのシステムを起動させた。そして、マスティマは二人に向かって敬礼。二人もそれを返した。
「行こう……重力がなくなってきてる……」
「はい」
ショウはヴァルキリー級のあった格納庫へ戻っていった。徐々に重力がなくなってゆく。奥に行くほど……だ。その異様な感覚に違和感を感じるショウだが、体を前に倒してワイヤーで降りてゆく。
ヴァルキリー級が見えてきた。しかし、そこには誰もいなかった。既に制圧されたのだろうか? ショウはいつでもオリンストを呼び出せるように、ナギサの右手を握り直した。
「ミウさんはどうしたのですか?」
「死んだよ……俺を庇って……最後まで笑ってた、あの人は」
「そんな……」
ナギサは顔を両手で覆う。ショウはナギサの右手を握って、呟いた。
「別にナギサが悪いってことじゃないさ。ただ、こういう悲しい世界に殺されたんだよ、ミウさんは」
「…………」
「こんな戦争じゃあ、小さい子供も、将来のある若者も、老い先短い老人も、平等に殺されるんだ。それがある意味で公平で、ある意味で不公平なんだ」
「終わらせましょう、こんな戦争」
「ああ、そのつもりだ」
ショウとナギサはヴァルキリー級の艦橋に入った。艦橋のガラスは何らかの衝撃で割れており、辺りには屍しかなかった。鮮血は紅の雫となって浮いている。臓器が露出している損傷度の高い死体から、銃弾の跡のみの死体まで……。ナギサは顔を背けたくなるが、生存者を探すために前を向くことにした。
「ナギサ、こういうのダメなんだろ?」
「いいえ、こういうのから目を背けたらダメだと思ったんです」
「これが現実……か。酷い現実……」
ショウが視線を向けた先には下半身だけの死体があった。この体系からして……エミルだ。ショウはその死体のポケットの中を探る。そこには、諸国連合軍人証が確かに入っていた。そこにエミルの顔写真が……。
「ナギサ……行こう。もう、みんな死んでいる。エミルも……多分、アリューンさんも死んでいるよ」
「そんな……そんなことって!」
「可愛い娘天国……なんてほざいてよ……本当に天国に逝ってしまってよ……なんでだ! なんでこんな!」
ショウはエミルの死体のポケットに書庫連合軍証を戻して、敬礼。その陽気な笑顔はもう、見れない。あんなに無邪気にはしゃぎまわっていた少女が、こんなにも簡単に死んでしまう。
これが現実なのだろう。これが現実なのだろう。これが現実なんだろうけどッ!
ショウはやり場の無い怒りを堪えて、前を向いた。そこには守るべきものがある。彼女は黒髪を靡かして、ショウを見つめている。
「俺はもう立ち止まらない! 行こう……これが最後の戦いだ」
「はい……私もショウとなら、一緒に歩ける気がする」
「勝って……一緒に暮らそうな。静かな街で」
「この子も一緒に……ね」
ナギサは自分の腹部に両手をあてた。そこには命の鼓動があった……。
「ああ、三人で……そのためにも今は! さぁナギサ、手を!」
「はい!」
ナギサは左手を前に出した。その手の平には模様の半分がある。
それにショウも右手を重ねた。いつものように優しく。
そして叫ぶ。
「こい! 新生の……オリンストォォォォォォォォォォォォォォォォッ!」
それは未来への咆哮。
【次回予告】
舞い降りる白銀の翼。
動き出す黄金の剣。
そして、世界は終焉を迎える……。
其処に現れた光は白銀か黄金か?
次回【Chapter/51 リバース・オリンスト】