【Chapter/49 サード・ララバイ】その3
「さっきの光は……くそっ!」
クロノはガイアから放たれた閃光に驚愕していた。しかし、今は戦闘中。すぐに操縦桿を握り直して、トリガーを引く。クシャトリアは前方にいる紅のエルフェリードに向かって、ミサイルポッドを展開、射出。美しい弾道を描いたミサイルは紅の機体に特攻。爆発とともに黒煙が立ち上る。
「今だッ!」
クシャトリアは紅のエルフェリードとの距離を一気に狭めて、アンカーの先端部分を至近距離で展開。そして、粒子砲を零距離射撃。
「やったか……」
紅のエルフェリードの機体は胸部を中心にして、熱暴走を起こし膨張。そして、爆発。紅の熱を佩びた煙が辺りに広がり、クシャトリアを覆う。
しかし、蒼のエルフェリードの動きは止まっていなかった。どうやら、コアはあちらにあるようだ。クロノは舌を打つ。
そんな中、ダブリス級は世界樹の防衛線を突破して、世界樹のコアを目指しているところだった。ダブリス級に付近にいる戦艦はエターナリア級とインフィニティッド級、そしてグリムゾン級が三隻とアヤナミ級が一隻のみだった。先行した二隻のグリムゾン級はガイアに撃墜された。
「あれが……あの閃光の主……これを通り抜けない限りは……」
ソウスケは頭を抱えて悩んだ。Aフィールドの展開時間は約二分。それまでにガイアを撃墜できるか、という問題だ。
現在の位置は、ダブリス級を中心とする中央突破艦隊の前方にガイアがいる。そして、その下方に世界樹のコアが剥き出しになっている。あそこを集中砲火し、破壊すればフェイズ3は終了だ。
しかし、これだけの戦力であのガイアを討ち取れるとは誰も思っていない。百隻、千隻の戦艦を特攻させても墜ちるとは思えない。まさに鉄壁の盾。イージスの盾。だが、それならダブリス級にもある。
展開時間がたったの二分。仮にガイアの射程圏内に入ったとしても、ギリギリでガイアの懐には入れない。それに砲撃による反動も加えれば、三分の二も距離を狭められない。
フルスロットルでスラスターを展開し高速航行モードに移行して敵に迫る……つまり、特攻だ。それができるのはダブリス級しかない。ソウスケ一人なら特攻しても構わない。これがアスナを守れなかった自分への報い、と考えれば自分一人の命など軽く捨てることもできる。
しかし、この艦の乗組員がいる。サユリ、シュウスケ、リョウ、アリューン……皆、特攻などして命の華を散らすすべき人間ではないはずだ。そう考えると……成す術なしだ。まさに手も足も出ないとはこのことだ。元々、戦艦には手足がないのだが……。
「ソウスケさん……私たちなら、あなたのわがままについていけますよ?」
「サユリ……だけど」
「知ってるんです。この艦が特攻したら、あいつを倒せるかもしれないって……私たちが生き残れる可能性は、ほとんど無い。だけど、私ならソウスケさんについていきますよ、いつまでも!」
「俺もだぜ、モテ男の艦長さん!」とシュウスケ。
「同じく、彼とは同意見です。ここで負けて生き残っても、いずれは死にますからね……」とリョウ。
「クロノさんも一生懸命、無茶して頑張っています……だから、私も無茶しないとクロノさんに悪いと思うんです! 少しだけなら、命賭けられますって!」とアリューン。
「…………」
ソウスケはしばらく黙っていた。そして、立ち上がり号令をかけた。
「ダブリス級はこれより、敵巨大殺戮兵器に対して特攻を行う。エターナリア級、インフィニティッド級……およびアヤナミ級とグリムゾン級はコアの破壊に向かえ! ダブリス級が巨大殺戮兵器の眼を惹きつける。その間に……コアを破壊しろ!」
生き残る可能性は0なのだろうか? そうだ、絶対に。ソウスケは両手を顔に当てて、涙を隠す。悔しかったのだ、何一つ守れやしない自分に対して。
―――何、泣いてるのよ、馬鹿ソウスケ! あんた、こんなことぐらいで諦めてるの?―――
「アスナ……?」
気づくとソウスケはサヴァイヴ級の艦長室にいた。懐かしい匂い。目の前には山積みの書類。今から思えば、かなりの重労働だったに違いない。
目の前には髪を下ろしたアスナがソウスケを睨んでいた。ソウスケは気づけば、イスに座ってうつむいていた。
「やっぱり、馬鹿だよ……こんな自分が艦長だなんて無理だったんだ」
「だーからーらッ! どういうふうに育ったら、こんな糞ネガティブ思考になっちゃうのかな? いい?
あんたは認められているのよ? ダブリス級のみんなに!」
「そうだよな……だけど、ほれ見ろ、僕はこんなに醜い人間だ。そんなの表しか見ていないだけで信頼しているクルーなんかを、危険に晒してしまっているんだ、僕は!」
「…………」
「みんな、僕なんかを信頼して、死んでいってしまうんだ! 僕はアスナ一人守りきれなかった男だ! そんな人間が、何十人といる戦艦のクルーを守りきれるはず無いんだ! どうしょうもないさ……どちらにしても、守りきれないんだ……」
「いいかげんにぃぃぃぃぃッ! しろッ!」
アスナはソウスケを蹴り飛ばす、机の上の書類が舞い上がり、ソウスケの体の上に軟着陸する。アスナは机の上に残った書類を握り、ぐしゃぐしゃに丸めてソウスケに投げつけた。
「あんた……ここで終わって良いとでも思ってんの? あたしはこんなソウスケなんか大嫌い!」
「アスナが死んでしまってから、僕はダメな人間になってしまったのかもしれないよ……。守るべきものがはっきりしてなくて……」
「みんな、ソウスケを信頼しているの……だったら、守りきれなくても良いから、守りきれるように努力しなさいよ! 何回蹴り落とされても、また這い上がってきて……爪を血に染めて……何度も落ちるけれど、また立ち上がって……」
「…………」
「それでダメだったら、こっちに来なさい! 膝枕でも何でもしてあげるから! だけど、ここで何もしなかったらあたし……あたしはあんたを許さないから! 絶対に許さないからッ!」
「あ……すな?」
「死ぬだなんて、直前になってみないと分からないものよ……。だから、あんたはこう考えなさい! 俺たちは生き残るんだ! って……。前まではカッコよかったくせに何、へしゃげてんのよ! 馬鹿みたい! そんあ惨めな姿……見たくなんかないよッ!」
アスナの瞳から雫が零れ落ちる。
「僕は……はは、そうだよな。このままで終わってちゃいけないんだよな。こんなところで諦めてちゃいけないよな。アスナ……ありがと。僕、もう少し頑張ってみることにしたよ。そうじゃなきゃアスナ、怒るだろ?」
「あったり前よ!」
「這い上がってやる! 爪が血の染まっても……何度でもさ」
「……それでこそ、ソウスケよ……。そういうところ……好きになったんだから!」
「ありがとう……アスナ」
「べ、別に感謝してもらわなくても結構よ!」
「アスナ、いつもどおりのようで良かったよ……」
―――あたしもソウスケがいつもどおりのようで良かったって、思っているんだから……―――
ソウスケは制服の袖を握り締めて再び立ち上がる。そこに迷いはなかった。確かにいた、アスナは。その想いを胸に、ソウスケは咆哮する。
「ダブリス級、エンジンフルスロットル! 敵の砲撃が来るまでAフィールドは展開させるな! 一分一秒一コンマ……無駄にするなッ! 俺たちは生きて帰る! そこに、それぞれの大切なものが待っているから!」
右手を前に出して、手を開く。そして……。
「行くぞ……未来のためにッ! ……前進!」
【次回予告】
命を捨ててでも守りたいものがある。
だって、あなたは私を変えてくれた人だから……。
少年は返した。
俺もだと……優しく。
次回【Chapter/50 未来への咆哮】