【Chapter/47 セカンド・ブレイク】その2
「大丈夫ですか? 疲れているようですけど……」
サユリはソウスケを気遣って、そう言った。ソウスケは艦長席で淡々と時間経過を見ていた。モニターにはリアルタイムで数百隻もの戦艦の、状態や位置が表示されている。
ソウスケは軽く息を吐いて「大丈夫、まだ大丈夫さ」と返す。
「それだったら良いんです……ただ、ちょっと心配になって……」
「心配してくれるのは嬉しいことだよ。だけど、人間タフなもんだよ。特に僕みたいな軍人はね」
「それって、どういう軍人ですか?」
「よく上司に嫌な仕事を押し付けられる、ような軍人のことだよ」
「ふーん……」
サユリはソウスケの顔色を伺うと、近くにあったコーヒーメーカーを取って、ソウスケにコップ一杯のブラックコーヒーを渡した。とはいっても合成コーヒーで本物ではない。
合成食品の方が便や尿の量が減って良いのだが、どうも薄味なのがいただけない、というのが現場からの声だ。しかも、冷めているとくる。お世辞にもいい味とは言えないであろう。
「ありがとう」
「どう致しまして……」
「…………やっぱり薄味だな……まぁ、仕方がないか」
「こういうの、アメリカンコーヒーって第二始人類では言ってたそうですよ? まぁ、薄味の理由が違うからそう言わないのかも……」
「これは悪い意味での薄口だな」
「戦争が終わったら、濃い口のコーヒー……作ってあげます!」
「それは嬉しいな」
ソウスケはサユリに微笑みかけた。サユリもそれを優しく返す。フェイズ2開始まであと三分。皆、持ち場に就く。
「あと三分か……」
「……もうすぐ……戦いが始まる……私はどうすればいいの?」
しかし、その問いには誰も答えようとはしなかった。隣で眠っているヘーデも無言。ヘーデは心臓だけが動いているただの屍と化している。いっそ、殺したら良いのに……とミナトは思ってしまう。
その方がお父さんにとっては、良いのかも……しれない、な。
無機質な天井。誰もいない病室。時々、軍医が書類を取りに来るだけ。下半身の意識も無くなっているため、歩けない。こんな体で……生きていても無駄な気がしてきた。
「……何が私にできるの?」
やっぱり、返事は返ってこなかった。そして、沈黙。
「砲撃開始ッ! 左舷、弾幕が薄いぞ! ミサイル……てぇぇぇッ!」
ダブリス級とその艦隊は世界樹防衛ライン上にて交戦中。そして、両軍の旗艦隊でもある、エターナリア級艦隊とインフィニティッド艦隊もダブリス級のすぐ近くで、アヌヴィス部隊と交戦中だ。
ダブリス級の側面に設置されたミサイルポッドから大量のミサイルが発射された。ミサイルは煙の糸を複雑に交じらせながら、敵艦隊に突っ込んだ。二隻が撃沈。三隻に被弾。そのうち一隻が航行不能に陥る。
しかし、味方艦も次々と撃墜されていく。既にダブリス級を中心とした艦隊のうち、五分の二の戦艦が撃墜されている。敵のアテナになす術もなく。
「グリムゾン級十八番艦、撃墜されました! 敵艦隊、陣形を整えつつあります」とリョウ。
「弾幕をもっと張れッ! オリストン艦隊の援護を行う! 現在オリストン艦隊の被害はどのぐらいだ?」
「レウス級、残り三隻。アヤナミ級が孤立しています」
「クシャトリアの位置は?」
「X―002エリアAチャーリー。エターナリア級の護衛です」
「ここで粒子砲を撃つか……いや、冷却時間がある。ならば……」
「高速で移動する物体が三つ……これは、アテナ?」
「どうした、サユリ?」
「新型です! 例の量産型ではありません!」
モニターには高速で移動する物体が三つ、捉えられていた。そのうちの二機はダブリス級に接近中だ。残りの一機は中枢帝国軍第五艦隊の殲滅に向かったようだ。
「迎撃用意! ミサイル装填! Aフィールド展開用意ッ!」
その頃、クシャトリアはエターナリア級に取り付いていたアヌヴィスを全機、撃破したところだった。クロノもダブリス級に高速で接近する一機のアテナを捉えていた。クシャトリアはスラスターを再度展開。
「新型か……隠し玉もいいところだ!」
バーニアを吹かして、フルスロットルで三千メートル先のダブリス級に向かった。ダブリス級の艦橋の前にてスラスターを閉口し、砲撃を開始しようとしたその時、クシャトリアに向かってホーミング青いレーザーが放たれた。前方二時の方向!
光の雨となって降り注ぐホーミングレーザー。クシャトリアはAフィールドを展開し、それを防ぐ。クシャトリアのAフィールドエネルギーは0に等しくなった。これで耐え切れたのは奇跡としか言い様がない。
「ラッキ……なのかよ? ッ!」
前方九時の方向から、焔を纏った大剣が振りかざされてきた。クシャトリアは、姿勢を後方に倒して回避。そして、右翼のアンカーを放ち、近くのアテナを吹き飛ばす。
体勢を立て直した二機のアテナはこちらを向いて、紅と蒼の眼光を光らせた。
―――双璧のエルフェリード―――
二機とも同じ姿。胸部の造型は鋭くなっており、肩のデザイン、腰スラスターのデザイン共にシンプルな曲線で形作られていた。頭部は、蒼が射撃用のスナイパースコープ型、紅が強化装甲が重ねられた重装接近戦型。紅の両手には焔を纏った大剣、肩には高速移動用の巨大バーニアが二基ずつ装備されている。それに対して、蒼は胸部が強化装甲に覆われており、肩にレールガンを二基、脚部ホーミングレーザー発射口、右手に機体と同じぐらいの大きさのスナイパーライフルを装備していた。
「こいつら……双子? やってやるよ……守るべき大切な人がいるからなッ!」
クロノは呆れながら、そう言った。そして叫ぶ。次の瞬間、シャトリアは二機に向かって突貫した。
「……ここは?」
「ここは私たちの心の中」
「あなたは?」
「私……私はナギサよ。渚」
「な……渚? 私が渚ね」
モノリスの中。二人は見知らぬ花畑に立っていた。向かい合って……。
【次回予告】
そこに私がいるから。
もう、一人ぼっちじゃない。
私には翼がある。
飛べなくてもいい……ただ、あればいいの。
次回【Chapter/48 それでもこの世界が好き】