【Chapter/46 ファースト・アタック】その1
現在、エルヴィスの艦隊と諸国連合軍の先行部隊とが交戦中。エルヴィス側が若干の劣勢。そんな中、エターナリア級では各艦隊長を招集して、緊急作戦会議が行われていた。
円形で灰色の金属質なテーブル。その前にイス。ソウスケはヘーデの代理として、出席した。臨時の諸国連合の艦団長として、エターナリア級の副艦長のノヴァが議長席に座っている。
まず、ノヴァが一言。
「皆も知っているように第四艦隊と第五艦隊はエルヴィスと交戦中だ。だが、事態は一刻を争う。よって、臨時軍議を開催する。異議はないな?」
それに異議を唱える者は皆無。
「まず、この映像を見てくれ。これは地球の北極点から大気圏外にまでそびえている世界樹の映像だ」
モニターに映し出された世界樹の姿。それは地球の至る場所に根を張っている、巨大な樹木。北半球は世界樹の影響により、太陽の光を浴びていないだろう。生い茂った緑。その近くには数十隻ものベリクス級、それの中央部に旗艦のフィンクス級。そして、数百機のアヌヴィス。
世界樹の葉は徐々に光を発してきている。近くのマナの量は通常の三分の一にまで、減っていると聞く。
「見たとおり、鉄壁の布陣だ。そして、世界樹は徐々にマナを吸収し始めている。計算ではあと二日で地球の周りにマナ……つまり酸素は尽きる。その時点で、真空状態に対応していない我々の艦は進入不可能。我々は世界樹を破壊する手段を失うこととなる」
「つまり、この作戦が失敗すれば……死ぬのを待て、ということか」
ソウスケは呟く。
「よって、この六時間後、リューレン氏の提案した作戦を行うこととする。作戦開始時間、午後六時十七分。それまで、最終決戦に向けて、作戦内容を把握し、体を十分に休めておくこと! 解散!」
ソウスケは眠れなかった。まだ、イフリートはダブリス級の中にあったようだ。それをただ、見つめていた。ここにアスナがいると「ちゃんと眠りなさいよっ!」と言ってくるだろう。
それならば、素直に従うよ。
だが、もうここにはいない。アスナは死んでいるのだ。もう、あの笑顔を見ることはできない。そう思うと悲しくなってきた、ソウスケ。
「アスナ……僕、ここまできたよ。もう逃げられない」
ソウスケはイフリートに語りかけた。沈黙のイフリート。
「そうだよな、もういないんだよな」
そんな時、サユリがハンガーに入ってきた。
「やっぱり……ここにいたんですか。寝ないといけないでしょう? 艦長なんですしーっ!」
「どうにも寝られなくてな。サユリも眠れよ」
「私も……そうなんです」
サユリはそう言うとソウスケの隣に、膝を下ろして座った。
「ショウ……必ず帰ってきますよね?」
「まだ、あまり喋ったことがない人だけど……帰ってくると思うよ。なんだかんだ言って、アテナに乗っているやつって、結構タフだからね」
「そうですよね! いつも、あんな調子で帰ってくるんですもん!」
「ショウって子……強いよな、僕と違って」
「そんなことありませんって。ショウだって、いっつも勉強ばかりしてて、友達少なくて、結構傷つきやすくて……弱いんです。だけど、こうやってシュウスケと私とショウの三人でいつも一緒にいて……楽しかったなぁ、高校に通ってたときは」
「僕なんて、軍学校を出てるから、これといって楽しい出来事も無かったし、友達も戦死している奴が多くて」
「もうすぐ、最後の戦いですね。勝てるんでしょうか?」
「勝つんだよ、勝てる……んじゃなくて、勝つんだ」
ソウスケは上を向いて一息ついた。
「ソウスケ艦長、まだアスナさんのことが好きなんですか?」
「そう……なのかな? 分からない。もう死んでいる奴に恋してる、っていうのも変だし。好きだった。過去形なんだろう」
「じゃあ、一つだけ、お願いしても良いですか?」
「ああ、良いよ」
「…………キスして」
サユリは返事を聞かずに、ソウスケにキスした。
「ごめんなさい……でも」
「いいんだ。そういうの、減るもんじゃないしね」
「……もう、ソウスケ艦長と話すの……最後……になるかもしれないって思ったら、せめて……思いを告げたくて」
「この戦いが終わったら、答えることにする」
「へ?」
「だって、これで終わり、っていうの寂しいことだろ?」
「そうですね。私、間違ってたのかも」
サユリはソウスケの肩にもたれた。
「もう一つ、お願いしても良いですか?」
「うん、聞いてあげる」
「もう少し、こうやっていても良いですか……?」
「ああ、そうしてくれても構わないよ」
「私、これならぐっすり眠れそう……です」
「アリューン・、まだエミルやミウのこと考えているのか?」
アリューンは黙って、首を縦に振った。クロノはそれを見ると、アリューンの肩を持った。展望デッキには二人しかいなかった。
「エミルは優しくて……明るくて……」
「何も言わない、俺からは何とも慰められるもんじゃないしな。だけど、君の悲しみを、分かってあげることはできる。そして、そっと涙を拭いてやる」
「何で私じゃないの? 何で私が死ななかったの!」
「世の中っていうのはよ、不思議なもんでな。俺たちの思い通りにはいかないんだよな、悲しいことに。命なんて軽いもんさ。重いよ重い、って強く言っている奴に限って、極上の偽善者さ。だって、こんな戦争じゃあ、戦艦一つ落としただけで、何十人が死んじまう。それでも、重いって言えるか? そうだ、人一人死んだだけで、戦局に大きな変化は無い。それを経験してきたんだ。だからって、戦争が悪いっていうわけでもない。人はすれ違うものさ。永遠の平和なんて、どこにもありゃしない」
「だから……だから、エミルは死んだって、そう言いたいんですか! あなたの理屈じゃ、命は……そんなに軽いんですか!?」
「でもさぁ、不思議なことによ、俺たちって馬鹿な生物なんだ。だからさ、軽いっていう命をさ、大切なものだと言って守る。それが俺たちだ。アリューン、エミルだって分かっていたはずだ、もう死ぬんだって。だから、君を見て思ったんだろう「アリューンだけは生きていて!」ってさ」
「それは……」
「君も同じことを思っていたんだろ? エミルの想い、分かってやれよ」
「クロノさん!」
アリューンはクロノの胸に飛び込んだ。そして、泣き出す。
「あぁ……うぅ……」
「守ってやるよ、アリューン。俺もさ、馬鹿な生物なんだよ」
「うぁぁぁぁぁ!」
「泣けよ…………泣きたいときに泣いとかなきゃ、生きていけねぇよ」
「クロノさん……私、私!」
「俺は君だけのために戦う。諸国連合や中枢帝国、宇宙に住む人々の命。そんなの俺には関係ない。ただ、君を失わないために、俺はクシャトリアの操縦桿を握る」
「私ね……私、クロノさんのことが!」
その時、クロノはアリューンに優しく口付けをした。
「それは帰ってきてから言ってくれよ。だから、今はキスで栓をしてる」
「そういうの……苦手なんですけどね」
アリューンはクロノに優しく微笑んだ。クロノはそっとアリューンを抱きしめた。作戦開始まであと三時間。