【Chapter/45 過去との調律】その1
「神名くん! 勉強教えてくれない?」
「またかよ……ま、僕が教えてあげるよ。一時間で数学の宿題を……三十分で英語の構文を覚えさせてあげる」
「ありがとう……神名くん」
ここは―――学校の教室? あ、そうだったんだ。私、学生だったもんね。前にいるのは神名翔。そうだ……私は彼と恋してたんだ。優しい笑顔に、頭も良くて……運動神経バツグンで……そんな彼が私と付き合うようになったのは奇跡のほかに無い。
放課後、自習室には私と神名くんとの二人。放課後の夕日が窓からさしている。いつでも私に勉強を教えてくれて……こんなに頭の悪い私に。進学校の授業についていけるのも、神名くんのおかげだった気がする。
気がつくと、辺りは漆黒に包まれていた。
「嬉しいな……渚がこうやって隣に座ってくれるなんて」
「神名くん、私も同じだよ」
そう言って、私に優しいキスをしてくれた。覚えている、この感覚。ゆっくりと唇を私から離すと、背中に手を伸ばして抱きしめてくれた。
「ずっとこうしていたい……だけど、もうすぐ門限だ」
「そうだね……帰ろ」
神名くんと私の学校は全寮制。男女別れて、住んでいる。窓からは男子寮が見える。私たちは就寝時間の十二時に懐中電灯の光を使って、モールス信号で「おやすみ」と窓から合図する。特に意味は無かった。だけど、互いがすぐそこにいる、という安心感を得たかったのかもしれない。
今日も十二時のモールス信号が来た。
オ・ヤ・ス・ミ・ナ・ギ・サ・ア・イ・シ・テ・ル
私も懐中電灯の光をつけて、返答した。
ワ・タ・シ・モ・オ・ナ・ジ・ア・イ・シ・テ・ル
ささやかな喜びを感じていたのだろう、その時の私は。どうしてこんなになってしまったのだろう? 神名くんが……。私は知りたくなった。そして、空間は歪み、私の意識は三ヵ月後に移った。
「この怪我、どうしたの!?」
「あいつらだよ……僕は何もしていないのに。頭が良いから、って理由で教科書を燃やしたり、リンチしたりする奴ら」
神名くんはトイレの中で泣き崩れていた。何も声をかけられない私。濡れた制服のブレザー。黒髪から滴る雫。瞳から滴る涙。
「そうだ、僕の、僕の才能に嫉妬しているんだよ! なぁ、渚! 僕は正しいんだ! 僕は……」
「神名くん……」
ただ、泣きつづける神名くん。私は服を脱いで一紙纏わぬ姿になる。これが……彼を慰める唯一の方法だったのかもしれない。いや、言葉ではなんともできなかったのよね。不器用な私。
「いいよ……神名くんが悲しんでいるとき、こんなことでしか慰められないけれど……」
「渚ぁ……渚ァァァァァッ!」
神名くんが私を押し倒して、獣のように私を舐め回す。これで良いの……これでいいのよね? なんて、思っていたのかな?
「神名くん……気づかれるよ? ここ、男子トイレだよ?」
「だけど……僕は……もう……やめられないんだよ!」
「……私も……んッ!」
私が日本軍の開発した新型兵器、ハザマのパイロットに決定したのは、この出来事の二週間後だった。