【Chapter/44 この醜くも美しい世界で】その3
「そうだ……これが僕の使命なんだ。だから、君はもう僕の障害としかならない。だけど、一度銃を撃った時、気持ちに迷いがあることに気がついた……。
僕は彼女を殺した時、必ず後悔するって……。運良く身代わりになってくれた奴がいたけれど、もしそうでなければ―――僕は君を殺していた。そして、後悔しただろう。僕は君を殺せないってことに気がついたんだ。
見栄っ張りでも、やせ我慢でも、言い訳でもない。それが僕の本心なんだ。だったら、受け入れなければならないだろう? そうだ、受け入れるべきなんだ。それが僕の使命でもある。
だけど、僕の使命はそれだけではない。宇宙のハザマを鍵として、真なる世界樹を目覚めさせる。即ち、世界樹の奥に眠る少女を目覚めさせ、マナを消滅させる。即ち、世界を殺す。古今東西、いつの時代でも達成させたことのない偉業だ。
世界を殺す。こんな醜い世界を。互いに傷つけあって、なおものうのうと生きている人類に対して。醜いだけの世界は消えるべきなんだ。
そうだ、消えろ。
それが僕の唯一無二の快楽となる。僕は初めて感じられるんだ、世界を殺した時に。どういう感覚なんだろうか? その刹那に興味があるんだよ。人は興味を無視せずにはいられない。
そして、醜き世界を殺さずにはいられない。醜い世界を殺す、それは自殺することが一番手っ取り早い方法なのかもしれないけれど、僕は違う。
本当に殺すんだ、醜い世界を。そこには好奇心もあれば愛憎もある。不思議な感覚だ……。楽しみで仕方がないよ……渚」
―――宇宙のハザマ―――
翔は一人、宇宙のハザマの中で呟いていた。宇宙のハザマ……それは全てのアテナを統べる者。オリンストとマキナヴの祖となる者。そして、世界樹の覚醒の鍵となる者。
全身、黄金に輝いており、頭部にある二本の角の間に隠れるように眼がある。胸部はオリンストと似ているものの、脚部には一切バーニアがなく、レッグもない。浮遊している……と言ったほうが妥当であろう。背中についているユニット。大きな輪となり、その周りに無数の楕円形のオールレンジ攻撃用のビットがついている。
月面まであと十分ほどだ。翔は呟くのをやめて、ゆっくりと目を閉じた。
「僕が世界を殺すんだ。その資格がある、僕には」
ナギサは渚の手を握り、優しく語りかけた。
「あなたと……私が一つに? それって……」
「簡単だよ。私とあなたは同じ存在。だから、一つになれる……オリンストが教えてくれるんです。昔の記憶のあなたと、今の存在である私。二つが一つになって、初めて私という存在が確立されると思うんです」
「怖く……ないの?」
「私も不完全な存在。あなたも不完全な存在。いずれ、消えてしまう。だったら、一つになろうって。過去の私を取り戻して、本当の私でいようって。決めたんです、過去とも向き合わないといけないって。そして、神名翔とも決着をつける。私がたどりついた道なんです、それが」
「勿論、あなたの言ってることも分からないではない。でも、怖いの。私が私でなくなるような気がして……。もう、私の意志は残らないと思うと怖いの!」
「無くなるんじゃないよ、渚。欠けていた二つの心が補い合って、一つになるんだよ……お互い拒み続けてきたことなのかもしれないけれど、私は逃げてばっかりじゃいけないって思った。だから、受け入れようって」
「私も、そう思ってる。もう、捨てるものなんて何もない。神名くんもイリヤも。だから、私は私を受け入れる。もう、怖くなんか……ないよ」
「うん! これで私は私になれるんだね!」
ナギサと渚は手を取り合って、立ち上がった。彼女らの目の前にはひたすら大きいモノリスが立ちそびえていた。ここはかつて、一つの魂が二つに分割された場所。過去と現在に。
ショウはその様子をじっと見つめていた。キョウジも眼を覚まして、その様子を見守っていた。
「行こう……怯えることはないよ」
「うん、大丈夫。あなたがいるもん」
「私がいるから……じゃないの?」
「今は、違う。けれど、今度からは私で良いよね」
「私は私だもの。それで良いよ」
「嬉しいな……私が求めていたものは神名くんじゃなくて、もう一人の私だったかに思えてしまう」
「……神名翔のこと、思い出せるかな?」
「きっと……そう」
二人は見つめあった。そして、モノリスが光りだすと同時に、モノリスの中に入っていった。眩い光とともに……。
【次回予告】
放課後の教室、あなたは掃除当番の私を待っていてくれた。
一緒に帰っているとき、公園前で立ち止まって、優しくキスをして。
私に言ってくれたんだ。
いつまでも持ってあげる、って……。
次回【Chapter/45 過去との調律】