【Chapter/43 再会ハ慟哭ノ涙ニ濡レテ】その3
「敵? これは……オリンスト?」
「キョウジさん、オリンストにマキナヴが……それも複数」
轟音とともにマスティマの目の前に現れたのはオリンストとマキナヴだった。それぞれ三機ずつ。どちらも灰色で、眼光は青色だ。人が乗っている気配はない。無人なのだろうか。
「ショウは降りろ! この奥にナギサがいるはずだ!」
「え? キョウジさんは? どうするんですか!」
「大丈夫だ。心のない機械に武士道は曲げられん! それに約束があるからな、師匠との」
「…………生きていてくださいね」
「御意」
マスティマは腰を下ろし、ショウはマスティマから降りて奥の部屋に向かった。そして、六機と対峙するマスティマ。双剣を構える。漆黒の装甲は薄暗い部屋に溶け込んでいる。
それを走りながら見ていたショウ。次第に隠れていく、その様子。そして、走り続ける。その時、狭い通路に銃声が響いた。
「銃声? くそっ!」
奥の部屋に着いた。球状の広大な場所。巨大な空間が徐々に動き始めている。モノリスが分解されて浮いている。しかし、それを無視してショウは倒れているナギサに駆け寄った。も一人倒れていたようだが、目には入らなかった。
「ナギサ! ナギサ!」
―――ショウ?―――
不思議とナギサは意識を取り戻した。彼の手に触れた瞬間に……。暖かい手。いつものように。目を開ける。そこにはショウの顔があった。優しい顔。もう、会えないと思っていた、ナギサは。
「ショウ……ショウ! 会いたかった!」
「大丈夫だ。大丈夫だから!」
ショウはナギサを力いっぱい抱きしめた。そして、ショウは後ろを振り向く。そこにはもう一人のナギサ……後姿でよく分からないが、同じ背の高さで、髪の長さ。黒さまで同じだった。
彼女は一人のイリヤを抱えて泣きじゃくっていた。イリヤの腹部からは大量の出血。
「あなた……もしかして」
ナギサが呟くと、少女は振り向き涙で溢れた顔で言った。
「そう……私が渚。渚よ? あなたと同じ」
私と同じ存在……でも、なんだろ。同じ存在だって言うのが受け入れられるような―――そんな感じがする。これが私で……私も私。
「彼女は?」とショウは問う。
「イリヤ・ナカシマ。私の友達。アグラヴァイのパイロット……」
「アグラヴァイの……」
あのパイロットが、こんな。ショウは自分自身と彼女の姿を重ね合わせる。どちらも、戦争に振り回された存在。そう、ショウは感じていた。確証はないにしろ、感じられずにはいられなかったのだ。
「俺は……オリンストのパイロット、ショウ・テンナ。怪我、しているのか?」
「見りゃ分かるでしょ! 血が……血が止まらないのよ! 私なんかを庇って!」
「渚……私」
「イリヤ! しっかりして! イリヤ!」
イリヤの瞳の眼孔は小さくなっている。気のせいか? そうなのか? 渚は焦り、そして泣くしかなかった。もう、助からないと確信しているのだ。すでに致死量の出血をしている。
「私、あなたのことが好き。すっごく好き。だから、あなたのために死んでもいいって……」
「そんな……私が……私がもっと、神名くんのことを疑っていれば!」
「でも、好きだったんでしょ? それだったら良いじゃない。結局、男ってそんなもんよ。腐った夢をかなえるための踏み台としか、考えていないわ」
「そうね、だから、もう一度、イリヤと……もっと一緒に居ようよ!」
「だけど、私はあなたのこと、そんなように思っていない。ただ純粋に好きだってこと。だから、最後に一つだけ、願いを聞いてくれる?」
「うん! 聞いてあげる! どんなものでも!」
イリヤはそっと渚の耳元で擦れた声で囁いた。
「……キス、して」
「うん……」
純粋なキス……重なる唇。決して芽生えないであろう恋だった。だけど、好きな人とキスできなくて死ぬのは嫌だった。思いを告げずに死ぬのは嫌だった。それが、イリヤの願い。
人を信用してなかった私。だけど、彼女だけは信用できた。誰よりも純粋で、誰よりも一途だった。嬉しい。こんな人生、幸せに死ねるなんて思っていなかったのに……。本当に私が求めていたのは、戦争がない世界じゃなくて、渚と平和に―――一緒に暮らせる世界だったのかもしれない。
最後のキスは甘かった。そして、その感覚を残して、イリヤは静かに目を閉じた。
「イリヤ……ねぇ、そんなの嫌だよ!」
握った手は離さない。
「もっと……一緒にいたかった!」
目を離さない。
「親友だった……あなたが死んだら……信じている人がいなくなちゃうよ!」
もう、閉じた目は開かない。
「嫌だよ……こんなの嫌!」
静かに、幸せに死んだのか?
慟哭に濡れた。
声が乾くほどに。
痛くなる。
でも、やめなかった。
【次回予告】
臭い世界。
汚い世界。
醜い世界。
だけど、そこに私は生きている。
次回【Chapter/44 この醜くも美しい世界で】