【Chapter/42 命は流れる】その3
「E区画、完全に掌握されました! C区画、B区画にも侵入を確認!」
ヴァルキリー級ではアリューンの声と電子音が鳴り響いている。
「艦橋に来るのも時間の問題だよぅ……どうするの?」
「こうなったら……ヴァルキリー級を捨てましょう!」
「で、でも!」
「それしか方法はないです! クロノさんに連絡とって! 脱出ルートを確認の上、逃げましょう!」
「逃げるってどこに……だよぅ。外は完全に……」
「クロノさんがこっちに向かってるって! 大丈夫よ、それまでここで粘りましょ!」
「う、うん! お姉ちゃん!」
しかし、敵は艦橋に迫ってくる。焦りを感じられずにはいられないが、ここは冷静にいかなければな
らない。そう、アリューンは自分に言い聞かせていた。
「B区画、C区画、完全に掌握……早い」
「D区画にも侵入してきたよ!」
「……クシャトリアの反応を確認! クロノさん!」
「え……クロノちんがっ!?」
「クロノさん! 内部に敵が侵入してきて……」
アリューンはクロノに回線を開く。
「外の奴らは全部殺った! あとはヴァルキリー級の中の奴らだな……クシャトリアでヴァルキリー級の本隊をぶっ潰す! いいな?」
「ええ、わ、分かりました! みんな! 衝撃に備えて!」
そして、艦橋は揺れた。
クシャトリアはヴァルキリー級の船体に向かって突っ込んだ。クロノはクシャトリアから降りて、艦橋へ向かった。右手にはマシンガンを構えている。途中、何人かの兵士を射殺する。ここはB区画だ。あと、五分もしたら艦橋だ。
「間に合えよ……ッ!」
クロノはそう呟き、艦橋へ走る。
ヴァルキリー級の警報音が強くなってくる気が、アリューンにはした。
「て、敵が艦橋にくるよーっ!」
「エミルは隠れてて! 戦える人は銃を構えてください!」
イスの陰に隠れながら、アリューンは銃を構える。そして、艦橋のドアは爆風によって吹き飛び、そこから敵兵士が侵入してきた。
銃撃戦が始まった。しかし、実戦経験の無いオペレーターたちは次々と、無慈悲な銃弾に殺されていく。たった三人の兵士にもう四人も殺されている。
「目的はヴァルキリー級のメインコンピューターの破壊だ。手榴弾を使う」
兵士はそう言うと、手榴弾を取り出して投げた。手榴弾はアリューンの右側に転がり、爆発。
「これ……何……なのーっ?」
「エミルッ!」
「あっ……」
爆発とともに、エミルを含む三人のオペレーターが肉片に変わる。エミルの左隣だったアリューンの目の前には、エミルの右手が転がってきた。
そして、肉の焼き焦げた臭いがする。すぐそこに人間の臓物がぶちまけられている……その現実にアリューンは恐怖した。
エミル……嘘……いや……ッ!
ふと見ると、エミルの下半身がイスの陰から見つかった。しかし、腰から先は無い。あるのは濃い赤色の血液……。
「いやぁぁぁぁぁぁッ!」
アリューンはイスの陰から飛び出して、一人の兵士に突撃。放った銃弾は兵士の顔面から後頭部を貫く。噴き出る鮮血。しかし、次の瞬間、兵士の一人がアリューンの鳩尾を拳殴る。倒れるアリューン。
「すまんな……お前の血が、新たなる世界の礎となる。だから、殺しても仕方がないんだよ……」
仕方がない? 《仕方がない》でエミルは殺されたんですよ? それなのに……。私には……力がない……弱い……死にたい……もう、死ぬか。
そして、銃弾が首元を貫く……兵士の。
「こ、こいつ! なにも……のッ!」
残った兵士がそう言おうとするが、言い終わる前に顔面を何者かに拳で殴られて、地面に倒れる。そして、両足をマシンガンで撃たれる。そして、武器を全て剥ぎ取る。
「く……くろ……のさん?」
「…………助けに来た」
クロノはエミルのいた方を見た。そこには肉片と、エミルの下半身しかない。あの陽気な笑顔はもう無いのだ。
「帰ってきたよーっ―――エミル……そうだよな。これでいいんだよな」
「クロノ……さん。エミルが……エミルがぁッ!」
「…………」
クロノは無言で、両足を撃たれた若い兵士の方に冷たい眼を向ける。そして、頭部にマシンガンを突きつける。
「やめろ……俺は……俺はまだ死にたくない! 俺を殺したって、何も変わりやしない! 無駄な血は流さないんだろッ!」
「お前は命乞いをしている兵士を殺さずに見逃すか? こうやって、まだ生きたいと願っている少女を、平然な顔をして……殺せるのか?」
「そうだ……家族だ! 家族がいるんだ、故郷に! だから……」
「俺にも家族がいた……ついさっき、お前に殺された奴だよ!」
「や、やめろぉぉぉぉッ!」
マシンガンの銃弾は兵士の右肩の肉をえぐる。
「はぁはぁはぁはぁ……やめろ……殺すなぁぁぁ!」
そして、クロノはマシンガンを兵士の腹部に撃ち込む。これでもかというほど……兵士は腹部から鮮血を噴出させながら、奇妙なダンスを踊る。そして、一つの死体に変貌する。
「憎しみでさぁ……憎しみからは何も生まれないってぇ! でもさ……それでも。俺はぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
「クロノさん……エミルが……」
そっと、クロノはエミルの死体の近くに座り、彼女の腹部の肉片を握り締める。まだ十四歳の柔らかな肌。真っ白な肌……。
「こんなになってよぉ……アイツさぁ、俺がよく抱っこしていたよなぁ……ナギサとかに抱きついていたよなぁ……そんな」
「エミル……何で私より早く死んじゃったの?」
「畜生……畜生畜生畜生ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!」
クロノは咆哮する。しかし、喉が渇いていて、声があまり出ない。掠れた声で、精一杯……。
「私……何もできなか……」
「行くぞ……早く!」
「は……い」
艦橋ではアリューンとクロノ以外、誰も生きていない。他は血か肉片か。それとも悲しみか。
クシャトリアの方へ向かい、アリューンを乗せて発進する。壊れるほど強く握ったクロノの拳。そこに大粒の涙が落ちる。アリューンはそっと、クロノの拳に手を重ねて、寄り添って泣いた。
憎しみからは……何が生まれるんだろうか?
【次回予告】
目覚めた神の力。
それを司るのは一人の少年。
少女は再会を喜ぶ……しかし
少年の瞳は既に少女の知っているものではなかった。
次回【Chapter/43 再会ハ慟哭ノ涙ニ濡レテ】