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【Chapter/42 命は流れる】その2

 ミウとショウはヴァルキリー級の出口までもう少しという、E区画にいた。すでに電気は切れており、暗黒に包まれていた。暗視スコープが無ければ、目には漆黒以外、何も映りやしないだろう。ミウが背負っているリュックサックが重たそうに、ショウには見えた。そして、角に差し掛かったところで、足音が耳に入る。


「これを持って!」

「これって……銃……ですか?」

「そうよ、МX―パイソンというやつでね……素人でも扱えるシノモノよ」

「でも……」

「ここを引いてーーー撃つだけ」

「はい……」


 ミウは飛び出して、向こう側にいる兵士に銃を構える。発砲。反応はミウの方が0・1秒早かった。頭を狙撃された兵士は、傷口から鮮血を噴出させて地面に倒れこむ。

 そこに銃声を聞いた兵士が来て、ミウに向かって後方から狙いを定める。


「危ない!」


 ショウは右手に持った銃を兵士に構えて、発砲。足を撃たれた兵士はバランスを崩して、狙いを外す。銃弾がミウの頭部をかすった。ミウはすかさず反応し、銃を構えて兵士の頭部を狙撃。兵士は壁に力なくもたれる。そして、崩れ落ちる。壁には兵士の鮮血が滴っている。


「ありがと、助かったわ……」

「俺は……そうだよな……こんなぐらいで悩んでちゃ、ナギサに合わす顔がないよな……でもさ」

「殺したのは私。あなたは殺していないわ。見るのは初めてなの、血を」

「いいえ、たくさん見てきました……身内のばかり」


 ショウの脳裏に、死んでいったアスカの姿が映る。鉄骨が胸部を貫いていた。あの時の血の匂い、まだショウは鮮明に覚えていた。


「行くわよ、時間が無いわ」

「はい……」


 二人は銃を構えながら走り出す。そして、ヴァルキリー級を出ると、近くにいる見張りの兵士を、ミウは狙撃して殺す。ショウも撃とうとするが、引き金を引けないでいた。何人かの見張りを巻くと、採掘所へ向かうエレベーターの前に立った。

 鈍い金属音とともに、エレベーターは再起動する。まだ、生きているようだ。安心する。


「なんで、こんなところに……」

「ここは昔から軍がチタンの採掘場として使っていたの。軍の直営……ってわけね。でも、チタンの数が減ってきたから、閉山したの。二、三年前だったわ」

「そうなんですか……あとどのぐらいですか?」

「結構、深いわよ。採掘場は表面から二千メートル以上の距離があるから」

「そんなに……? 銃声?」


 その時、マシンガンの鳴り響く音がした。追ってきたのだ。かなり近い。


「まだかよ」


 ここは三十五階。エレベーターは現在、二十一階だ。ショウは苛立ちを覚える。しかし、声には出さなかった。ミウは銃を前方に構える。

 二十三階……二十七階……二十九階……三十一階……三十二階……三十三階…………三十四階。焦りを感じ始める。

 また、銃声が鳴り響く。ミウは角から現れた兵士を一人を射殺。次に現れた二人も、素早い対応で射殺。しかし、その後ろから兵士がマシンガンをショウに向かって構えた。

 …………………三十五階。古臭い電子音とともに、扉が開いた。

 それと同時に、ショウは発砲。マシンガンを構えていた兵士の腹部に銃弾は命中。マシンガンは放たれるも、痛みに耐えられずに狙いが定まらない。味方まで巻き込んでいる始末だ。


「ミウさん!」

「ええ……わ、分かったわ!」


 ショウはミウを引張って、エレベーターに乗せた。ショウはミウが入ったのを確認すると、《閉じる》のボタンを連打した。そして、扉は閉まる。


「ふぅ……逃げ切れましたね……ッ!?」


 ふと、ショウはミウの方へ目を向ける。ミウは腹部から大量の出血をしていたのだ。程なくして、ミウは吐血し腰を下ろす。狭いエレベーターの中に鉄分の臭いが充満する。


「大丈夫よ……死なないわ……これぐらい……ね」

「そ、そんな……」

「意外と浅いのよ……私の背負っているリュックの中を見て……応急処置キットがあるから」

「は、はい! 出しました!」

「じゃあ、この手袋を両手につけて、消毒液を念入りにーーー」


 エレベーターはまだ二十九階だった。


「次にこのナイフで私のおなかを切って……大丈夫よ……手順を踏まえればできる仕様になっているから」


 ミウは腹部を出して、銃弾が炸裂した場所を指した。傷口はかなり開いていたが、それも指が一本入る程度であった。ショウは慎重に切開する。銃弾は皮膚から浮き出ている。場所は分かっていた。手を入れた。生暖かい肉の感触。血の臭い。


「取れ……ました」

「ありがと……じゃあ、閉じて」


 ショウは針と治療用の糸を取り出して、縫う。何針縫ったかは覚えていないようだが、三針は越えていた記憶がある。


「できました。大丈夫ですか?」

「ええ、こんなんで痛みが和らぐとは思わないんだけど……心なしか、楽になった気がするわ」


 ミウは笑みを浮かべる。それを見て、ショウはホッとする。


「家庭科は苦手なんですけどね」

「……これが終わったら軍医に縫いなおしてもらうわ」

「無理しないでくださいね、本当に」


 よく考えれば、麻酔無しだった。それなのに、これに耐えていたのか? 軍人としては当たり前かもしれないが、ショウは感心する。それと同時に不安も抱く。


 自分のやったことは正しいのか? 手順を間違ってはいなかっただろうか? ミウさんなりの空元気なのだろうな。


「麻酔無しで……大丈夫なんですか?」

「そんなの気にしてちゃ、軍人失格よ」

「俺だったら、悲鳴の一つや二つ、叫んでいますよ」

「それぐらい、ヘタレなのがちょうどいいのよ。この世の中、根性だけじゃ生きてられないんだもの」

「そんなことありませんよ……」

「ショウくんみたいな人に好かれて……ナギサちゃんは幸せだなぁ」

「ありがとうございます……」

「照れてる? 照れてる!」

「そんなこと言われちゃ、誰だって照れますよッ!」

「でもね、私……そんなショウくんが羨ましいな。私、そんなに女らしくないもん。恋だって一度もしたことがない。学生時代は勉強ばかり、軍に入っても仕事ばかり……」

「この戦いが終わったら、良い相手ぐらい見つかりますって!」

「そうね……終わったら……ね」


 そんなことを言い合っているうちに、エレベーターは最下層までたどりつき、動きを止めた。ショウはミウの肩を持って、エレベーターから出た。


「ふぅ……やっと……ね」

「ここが、採掘所ですか?」


 まだ天井の電気は生きている。辺りには朱色の鉄骨が積まれており、その奥には組み立てられた鉄骨でできた台挫があった。工事の時に足場として使うものだ。


「どこで反応が消えたのですか?」

「ちょうど、ここね……」


 ミウが指差した場所には、大地を割って大きな穴が開いていた。


「ここからどうやって降りるか……だけど……」

「大丈夫です……誘導してくれます。ほら、浮けますし」


 ショウはその穴の上に立った。いや、立てた。自分の意思で降りることができるらしい。オリンストの中にいるときの感覚と似ている。


「本当ね……でも、なんで分かったの?」

「似ているんです、オリンストの中にいるときの感覚に」

「そ、じゃあ、先に行ってて……」

「へ?」


 ミウはその場に倒れこんだ。力無く……重力に従いながら。ショウはミウに駆け寄る。しかし、ミウにはもう立ち上がる力が無い。立ち上がろうとすると、胸が痛むのだ。

 もう、長くない……。そう、ミウは確信する。意識がなくなりかける。必死に目を開ける努力をするが……。


「ごめん……背中にも銃弾……当たってたようね」

「そ、そんな……ミウさん! しっかりしてください!」

「ごめんね……もう少し、私が……」

「戻りましょう! ヴァルキリー級へ行けば、医療品もたくさんあるし、軍医の人も……だから!」


 ミウはショウの頬を平手で打つ。


「あんた! ナギサちゃんが待っているんでしょ! こうやって、あなたがオリンストに乗っている理由もナギサちゃんなんでしょ? だったら……私なんかにかまってないで……私、ショウくんのことが羨ましいの……だからこそ、ショウくんとナギサちゃんを離れ離れにしておきたくないわ! あなたたちはハッピーエンドがお似合いよ……」

「ミウさん! しっかりしてください!」

「あなたこそ、しっかりしなさい……一度、守るって決めた子は……絶対に守りぬきなさい! それが男でしょ?」

「…………」

「生まれ変わったら……ショウくんみたいな人と……恋……できるかな?」

「俺だったら……いつでも」

「ありがと……ファーストキスは次まで、とっておくわ」

「俺は……俺は……俺はッ!」

「行きなさい、ショウ・テンナッ! 行って、ナギサと戻ってきて……ナギサの子供に挨拶しなさい! それが……私からの最後の命令よ。失敗は……許されないわ……」

「はい……ミウさん」

「《さん》付け禁止よ」

「…………さよなら……ミウ」

「ええ、いつか、また、いつか、また、会えたらね」


 そう、優しい笑みを浮かべた後、ミウは目を閉じた。そして、右手は地に落ちる。ショウは左手を離せないでいた。


 ここで泣いていちゃダメだ……なのに……チクショウ……俺が……。


 ショウはゆっくりと立ち上がると、ミウの両手を重ねさせて、敬礼。


「ええ、いつか、また、いつか、また、会えますよ……」


 そう言うとショウは、再び歩き始めた。

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