【Chapter/5 冷酷な眼光】その1
中枢帝国の新型艦『サヴァイヴ級』の艦長、ソウスケ・クサカは出航一日前から徹夜で資料を読んでいた。
狭いながらも快適な艦長室。ソウスケにとっては夢のような場所だ。
ソウスケは軍事学校宇宙航空科をナンバーワンの成績で卒業した。彼が特に得意にしていることは対艦戦だ。模擬戦では負け知らずだった。
十八歳で卒業した後はすぐに司令部に腕を買われ、サヴァイヴ級の艦長に就任。そして明日、クラウド中佐が隊長の艦隊と合流することとなっている。
正直、ソウスケは不安であった。まだ、戦場の空気もロクに吸えていない青二才が一隻の艦長を勤めて良いのかと。しかも、新型艦とくる。
「はぁ……艦長ってこんなに仕事が大変だなんて……」
ソウスケは深くため息をした。
ここは一番海王星に近い天王星圏の軍事コロニーだ。天王星からも近い。
一応、天王星は中枢帝国の味方だ。唯一、諸国連合に属していない星。まぁ一応だが……。ソウスケは天王星が嫌いだ。あそこには《ワケのわからナイ宗教団体》がウジャウジャいるからだ。正直、腐っている。
「で、新型兵器のパイロットに……女性? しかも、十六歳の?」
ソウスケは目を疑った。
「ちゃーッス! ここですかー艦長室って?」
「誰ッ!」
突然、ドアを開けて入ってきたのは金髪のツインテールの少女。十六歳ぐらいだ。制服は着ているものの、下はミニスカートだ。かなり短い。
瞳は丸くパッチリしている。背も高い。
「あ〜始めまして! 今日から紅蓮のイフリートの専属パイロットとなりました、アスナ・マリです!」
「……とりあえず出てってくれないかい? 邪魔なんだけど」
「なに? このあたしが邪魔者?」
「今はね」
「うぐぅ……」
「とりあえず子供のお遊びには付き合ってられないんだ。と、いうかなんの用? 早く済ませてね。忙しいし……」
まぁ、アスナが新型兵器のパイロットなのは資料を読めば分かる。だが、ソウスケにとっては目の前の山済みになった資料の方が大切だった。
というか、新型兵器がなんなのかソウスケは知らない。
「そんなんじゃなくてソウスケの挨拶に来ただけよ!」
「ソウスケか・ん・ちょ・う、でしょ?」
「うぐぅ……奴隷の分際でッ!」
「だから……なんで僕が君の奴隷なんだ? 理由を説明してくれ……さもなくば宇宙空間に放り出すよ?」
「あ〜なに言ってんの……今決まったんでしょ!」
ああ、面倒くさいのが来た。
ソウスケは頭を抱えた。
頭痛がする。
胃が痛む。
めまいがする。
ダブリス級は今、海王星圏で一番遠いコロニー『イリア3』だ。ここの軍事基地には中枢帝国の『レウス級』が二隻配備されている。整備班の数も多いらしくダブリス級の補修も半日で終わると聞く。
勿論、艦内は久々の休暇で騒がしい。特に整備班の方々が。
「あの〜ナギサ? よかったら一緒に買い物に行かない?」
ショウは少しうつむき加減に言った。
「丁重にお断りします……」
ナギサはペコリと頭を下げると去っていった。フラれてもいないのにショウはがっくりとくる。
あの時からナギサにはなにもしてやれていない。あんなことをしてしまったのだから嫌われていても当然だ。だが、なにかできないかと考えてしまう。
「ショウ! 男同士で買い物にも行こうぜッ!」
シュウスケは後ろからショウに抱き着いてきた。
「ああ、いいよ……てか暑苦しい!」
まぁ、シュウスケでもいいか。ショウは自分の中で納得してしまった。
なにかに……。
「ここどこだよ……」
「え、普通に洋服店だけど?」
「分かってるけど……派手じゃない?」
シュウスケとショウが来たのはコロニー内の若者の行きかう場所、『イリア広場』だ。周りにはファッショナブルな若者たちがたくさんいる。
私服の地味な(上は赤チェックの模様のカッターシャツに下が深緑の普通のズボン)為、かなり浮いている。浮き浮きだ!
「ほら、こんなのどうだ?」
「派手だなぁ……」
シュウスケがショウに渡したのは『we can fly!』と書かれた紫色のティーシャツだ。この店の中では地味な部類に入る。
しかし、ショウにとっては派手な部類に入る。
「はぁ……」
基本、ショウは人混みが苦手だ。
一方ナギサとサユリとミナトはショッピングモールに行っていた。ここはイリア3の中では一番大きいらしい。
「えーとぉ……もうこれだけでよかったよね。買出しは」
サユリはメモ帳を見て言った。
「じゃあ、お楽しみのアレいっちゃいますか、先輩!」
ナギサはにやりと笑う。サユリも笑い返す。
「「ミナトちゃん、これ持ってて!」」
二人はそう叫ぶとバーゲンセールという戦渦に向かっていった。ミナトは無表情にその戦場を眺める。
「……暇」
「食うもん食ったしサイコーだな!」
「うん……まぁ」
ショウの出費は缶コーヒー一本分だ。他はなにも使っていない。
基地の格納庫の中では母はかなり上の……いわゆるエリートだ。
特に父親はこのコロニーの基地の二番目ぐらいのお偉いさんとくる。。
「あ〜やべぇ! ちょっと親父に呼ばれたんだった! 今日から本格的に研修を始めるって言ってたしっ! 遅刻だ!」
シュウスケはそう言うと廊下を走り去っていった。
父親に会おうか? ショウにそのような感情が生まれたのは約三年ぶりだろうか。
ショウの父親、アマズ・テンナは確かにエリートで頭も良く《人に尊敬される立場》でもあった。表向きは……。
しかし、裏では法律のグレーゾーンを歩いてきている。それ故の成功だ。ある意味、勝ち組なのかもしれない。
そんな親を尊敬するのか?
答えはノーだ。ベリー・ノー。マッチ・ノー。
しかし、今回は違う。ちゃんと言いたいのだ、軍人になったことを。
勿論、ショウは父親が嫌いだ。だから、ちゃんと決着を着けたかったのだ。父親との関係を。
自分はエリート官僚にはならない、と。
「行こう……俺は決着を着ける。今日」
ショウはそう呟き、アマズのところに向かった。確か第一官僚寮にいるはずだ。あそこは設備も整っている。プライベートも守られている。いうなれば《腐れきった官僚の巣》だ。
「父さん……」
そこには父親の姿があった。腹の出たスーツ。
「ショウか。アスカの事は聞いた。お前がここの官僚を継げ。そうすれば……」
「会ってすぐに跡継ぎの話か!」
「アスカが死んだ以上、お前が……」
「あんたにはうんざりだよ! 俺は軍人になった。もう、あんたの人形なんかじゃないんだ! 俺はあんたのものじゃない……」
ショウはそう言うと部屋から出て行こうとした。これで決着は着いた。もう、こいつは自分の父親なんかではない。そう考えると、背中の重みが消えた気がした。いや、消えた。
「待ってくれ!」
ショウはそれを無視した。
これであんたともお別れだ!
あんたとは違うんだ!