【Chapter/42 命は流れる】その1
目が覚めた。隣には誰もいなかった。俺の責任なのか? 俺があんな戦い方をしていたからか? 考えている暇は無いはずだ。でも、考えてしまう。
ショウは起き上がると、通信機を取り出してダブリス級との交信を試みる。上空ではまだ、ミサイルや粒子砲が飛び交っていた。諸国連合側の劣勢は目に見えている。
「ちッ! ヴァルキリー級はどうだろうか?」
通信機からはノイズしか聞こえない。ヴァルキリー級でも、試してみる。繋がった。
「ミウさんですか? ショウ・テンナです!」
「ショウくん……生きてた」
「でも、ナギサは……敵に捕まってしまいました、多分」
「……とりあえず、その話はあと。今はこっちに帰ってきなさい。位置はW―S213にあるハンガーよ。ここに今、私達はいる。私もナギサさんの位置を確認しておくわ」
すぐ近くだ。ショウは安心すると、同時に一抹の不安を覚える。
「分かりました、すぐに向かいます!」
そう言うとショウは交信を切り、歩き始めた。月面の地面は柔らかく、しかし、心地好いとは言えないものであった。沼のようにドロドロとしている……ような気がショウにはしたが、そんな感触ではないはずだった。
右側を見る。撃墜されたラングレー級、レウス級があった。第十七艦隊だ。もう全滅したのであろうか? 第十七艦隊に限らず、ダブリス級や、旗艦であるエターナリア級。そんなことを考えながら、ショウは歩く。
しばらくするとハンガーの出入り口らしき場所に着いた。円状の空洞になっていて、足場は斜め四十五度とも感じ取れるほど、急であった。ショウは腰を低くしながら、ゆっくりと降りる。滑るような感じだ。途中、瓦礫の山が道を塞いでいたが、隙間から中に入れた。しかし、後ろを振り向くたびに、崩れ落ちないのだろうか、と不安にショウはなってしまう。
そして、傾斜が緩やかになり、前方にヴァルキリー級が見えた。船体はボロボロになっている。整備班らしき人々が突貫作業に徹している。ショウは整備班長の人に、軍属証明書を見せるとヴァルキリー級の中に入った。所々、装甲がえぐれており、展望デッキのガラスは全て割れていた。ガラスの破片が光を乱反射している。
ショウは早足で艦橋に向かった。途中、三人ほどの負傷兵がタンカーで運ばれていた。医務室付近では、中に入りきらなかったのだろうか、外で処置を受けている者もいた。ショウは艦橋に入る。中ではエミルが珍しく、熱心に作業をしていた。長時間しているので皆、疲労困憊の様子だが、エミルだけは疲労を顔に出そうとはしていなかった。ミウは本隊との交信を試みている。
「ミウさん、戻ってきました……」
「ショウくん……とりあえず、ナギサさんの位置は把握できたわよ」
「え……本当ですか?」
「ナギサさんの通信機の反応はF―N15エリアで途絶えているの。ここは昔、チタンの採掘所だったところよ。だけど、ここから先でナギサさんの反応は消えた。つまり、何らかの妨害電波が発生しているかーーーそれとも、通信機でもキャッチできないほど、深い所にいるか……おそらくは後者ね」
「そんな深い所、月にあるんですか?」
「アリューンの計算だと、通信が途絶えるような場所は月の表面部より、中心部のほうが近い場所だって言ってたわ……。だけど、こんな深い場所に人が行けることは、現代の技術では到底ムリな話。でも、そうとしか考えられないのよ。妨害電波だと、ノイズが出てくるけど、今回の場合は出てこない」
「だとしたら、ナギサは……」
「おそらく、エルヴィス、諸国連合の者ではない、第三者の陰謀のために連れて行かれたのかもしれない……」
その時、警報音が鳴った。敵襲だ。ただ、今回の敵はアテナではない。人間が侵入してきたのだ。内部からヴァルキリー級を乗っ取ろうという魂胆のようだ。
「ショウくん、逃げるわよ! ついてきて!」
「で、でも、ヴァルキリー級の指揮は?」
「私は戦闘訓練は軍学校で一番だったのよ? あなたは大切な人、ここで死んではいけないのよ。大丈夫、戻ってくるわ。アリューン、臨時の艦長を頼むわ!」
「はい! 脱出ルートのデータを渡します!」
アリューンはそう言うと、ミウにデータチップを投げた。それをミウはしっかりとキャッチする。
「これ以外のルートで行くと隔壁があるので、注意してください!」
「ありがと」
「脱出できたら通信を送ってくださいね」
「りょーかい!」
「行きましょう! ナギサが待っています!」
「ええ、分かったわ!」
そう言うと、ショウとミウは艦橋を後にした。
「流麗のダブリスを起動させろ! 一気に道を開く!」
「……流麗のダブリス、起動」
ソウスケの号令とともに、ミナトはダブリスとシンクロ。それと同時にダブリス級は変形を開始。一隻の戦艦は巨大な単眼の巨人へと姿を変える。前方には無数のアヌヴィスが。しかし、ダブリスの大きさは、それの何倍もある。このような巨体は敵の精神状態にも影響するであろう。
敵の動きが一瞬と止まる。その瞬間、ダブリスは両腕からミサイルを射出。ミサイルは青色の弾道を描き、互いに交わりながら次々と敵に突貫。爆発。そして、敵を殲滅する。
「……まだよ、ソヒスティケイティッド・クラッシャー」
ダブリスの両腕が光に包まれる。そして、それは巨大な光の塊……いや、太陽へと姿を変え、放たれる。それはダブリスの前方に位置する敵を全て焼き払う。戦艦も、アヌヴィスも、全て。
そして、道ができた。ダブリスはフルスロットルでその道を通り抜ける。両サイドから来るミサイルも、胸部からのホーミングレーザーで迎撃する。
「……もう、敵は来ないわね……」
ミナトがそう言うと、ダブリスは戦艦の姿に戻った。それと同時にミナトは倒れた。静かに。音はあまり立たなかった。それに一番早く気がついたのはサユリだった。サユリはシートベルトを外して、ミナトの方へ駆け寄る。
吐血。意識もない。辺りに鮮血の湖ができるほどの量を、吐いていた。ソウスケはミナトを抱えて、医務室まで運ぼうした。
「ミナトちゃんは大丈夫なんですか!」
「おそらくは、浸食現象の影響だろう。彼女は症状は出ていたけれど、ずっと我慢し続けていたんだ。だから、こんなに……」
「そ、そんな……」
「大丈夫かどうかは分からない! だけど、処置の仕方は分かっているはずだ。まずは医務室に運んでからだ! 足を持ってくれるか? この場合だと、体を平行に持っていったほうが良いんだ」
「はい!」
サユリはミナトの足を持って、医務室へと運んでいった。