【Chapter/38 おかえりなさい】その3
二人は展望デッキで隣り合って星を眺めていた。窓ガラスも掃除されたらしく、景色はショウが今まで見た中で一番綺麗だ。展望デッキには二人以外、誰もいなかった。灰色の冷たい壁と、枯れた観葉植物だけしかない。
「帰ってきたんだな……ナギサ」
ナギサはその言葉を返さなかった。ただ、うつむいたままだった。真実をまた一つ知ってしまった彼女にとって、今はただ自分の存在を不完全な自分自身の精神の中で問い続けることしかできなかったのだ。いや、それ以外、頭になかったのだろう。
「ああ、分かってるさ。俺はナギサを守る。それだけだ。だが、自分自身の問題は最終的に自分自身が解決しなければならない問題だ。俺はいくら頑張ったって、ナギサのアドバイスするだけしかできない」
「…………」
「ただ、《だけしかできない》のだったら俺はいくらでもやってやる。それが俺の責任だ。オリンストに乗る者として……」
ショウの言う通り。私は自分自身の問題をショウに任していたような気がする。いいえ、そうなんだろう、多分。どんなに辛いことでも私は向き合っていくって決めたんだよね、私? 私がどのような存在であっても……私は私。もう一人の私なんていない! そう考えているのに……。
「そ、そうですよね! 私はこんなことで悩んでいる暇は無いんですよね! 頑張らなくちゃッ! 私……もうショウには頼らない……うんん、自分で決着をつけてやる」
「無理すんなよな。ま、俺が言えることはそんぐらいだ」
「もう一人の私って、言っている奴に言ってやりますよ! 「私は私、あなたはあなた」って」
近々、私ともう一人の私は出会うだろう。その時に、ちゃんと言えるかな? 仲良くなれるかな? うんん、違う。私が言いたいのは、もう一人の私は私のことを受け入れてくれるかなってこと。
確かに自分と同じ顔で、同じ声で、同じ髪型で、同じ記憶を持った人間がいるのは怖い。でも、双子かも知れないし……そうよ、ポジティブに考えないと……でも、流石に双子は無いか。
ナギサは「私、頑張ります!」と言うと、去っていった。彼女の元気は空元気なのだが、それを表情には出さなかった。いつもの笑顔をショウに見せていたのだ。
しばらくショウは星空を見つめることにした。まだ、クルーにはまともに再会の挨拶をしていない。「帰ってきたこと」ぐらいしか知らないというのが現状だ。もう少ししたら行こうと、ショウは思った。しかし、足が動かない。
今の自分は一人で居たいようだと、ショウは悟った。ショウの今の気持ちは、迷子の子がやっと家に戻ってこられた時の気持ちにも似ている。一種の安心感だ。自分自身のホームグラウンドに戻ってこられたことへの、安堵……いや、そこまではいかないが、不安は無くなったようだ。
星空のことを考え始めた。あそこの星には誰か住んでいるのだろうか? 宇宙人か? 頭でったちで触手を足にした。真っ赤なタコみたいな奴だったら、ショウは思いっきり殴ってやろうと考えた。見るからに弱そうだからだ。でなければ、オリンストで踏み潰してやるとも考えた。
そうこう、関係のないことを考えていると、ショウは次第に自分自身が可笑しくなってくる。笑ってしまいそうになるが、止めた。
「君が……ショウ・テンナか?」
「あなたは?」
ショウに話しかけてきた青年は二十歳ぐらいの見慣れない軍人だった。
「僕はソウスケ・クサカ。中枢帝国ではサヴァイヴ級の艦長をやっていたよ」
「ソウスケ……ってアンタ! 確か、アスナの……」
「そうだよ……」
「あ、すみません! そういう意味で言ったわけではないんです。ただ、いつか会えたなら謝りたくて……」
「い、いや。怒ってないよ。ただ、思い出してしまっただけだよ」
二人はしばらく、たわいも無い話をしていた。
「今でも、アスナがどこからか現れて僕を後ろから蹴り飛ばしそうな気がしているんだ。でも、振り返っても誰もいない」
「俺もそうです。この戦争で死んでしまった兄貴がいます。自分が悩んでいるときに、そっと頭の中に兄貴との思い出が浮かびます」
「同じ……なんだろうかな? 僕達って」
「そうだと思いますよ。会って間もないのに、こうして話を交えられるんですから。不思議ですよね、戦場じゃあ何発ミサイル撃っても分かり合えないのに、こうやって面を合わせて話していると、分かり合えている気がする」
「そんなもんだよ。顔が見えないから平気に殺し合いをできる。直接ナイフを持って殺しあえる奴なんか、あまりいないよ。現に僕は無理だ」
「俺もオリンストに乗っている時は、話し合いもせずに敵を倒しています。でも、話し合いでどうこうして、戦争が終わるってもんじゃないです」
「そんなことをな、希望的観測って言うんだ。所謂、ポジティブってことだよ」
ソウスケがそう言うと、ショウは笑ってしまう。こんなにも早く、敵と親しくなれるだなんて……と考えてしまうと可笑しくてたまらなくなったのだ。
「いつか、そんな日が来るといいですね、ソウスケさん」
「そうだね。僕もこうやってアスナの目指した世界をかなえるために戦っている」
ショウは星空を再び眺めた。
「ねぇ、宇宙人ていると思います?」
「僕はいると思うよ。タコみたいな野郎がいるってね」
「それってなんですか?」
「希望的観測だよ」
ソウスケは自信ありげにそう答えた。また、ショウは笑ってしまった。
【次回予告】
人類は今、何処にいるのだろう?
まだ、人間でしかないのか?
それとも、神の近づいているのか?
いや、エゴのある時点で神にはなれない存在なのだろうか?
次回【Chapter/39 月にて】