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弟たちと名前の話

※本編後、第二子出産後のお話。

 それは、わたくしことノワレ・ホワイトが2回目の出産を終えてすぐのこと——我が娘グレイが、生まれたばかりの弟を見てこう言い出した。


「わたくしが名前をつけたいですわ!」


 キラキラとしたその笑顔に、出産後まだ体調の戻らないわたくしも、それを心配する夫ブランや侍女のマロンも、揃って固まってしまった。グレイが一度言い出したらきかないということを、身をもって知っているからだ。


「え、えーと、グレイ? その、名前っていうのは……」

「もちろん、弟たちの名前ですわ!」

「や、やっぱり……っ!」


 邪気のない笑顔に、思わずがっくりと頭を抱える。そんな母の様子など気にすることもなく、グレイは生まれたばかりの弟たちをニコニコ見つめていた。その光景だけならとても尊く美しいのだけれど……。


 冒頭でも述べたように、わたくしはこのたび第二子の出産を終えた。

 グレイのときが嘘のような安産で、生まれたのは玉のような男児——が、ふたり。双子だったのだ。

 それぞれ白と黒の髪を持つ、髪色以外はうりふたつのふたりの赤ちゃん。顔立ち自体はブランに似ていて、白髪の子の方は将来ブランと見わけもつかなくなるのではと感じるほどだ。


 「名前は顔を見てから決めよう」と考えていたわたくしたちは、ふたりの赤子を抱いて、それでは名前をどうしようかと相談をしていた。使用人たちまで交えてああでもないこうでもないと話し合っているときに、飛び込んできた場違いなほどの明るい声が——これである。


「わたくしが名前をつけたいですわ!」


 にこにこ。きらきら。この世のすべての光り輝くものだけで作ったような笑顔で、我が家の姫ことグレイ・ホワイトはそう宣った。


「わたくし、ききましたの。名前は、人生ではじめてもらうプレゼントなんだって。わたくしはこの子たちのお姉さまですもの、わたくしだって、弟たちにおくりものがしたいですわ!」


 またいつものわがままが始まったか……と思ったら、意外にも殊勝な理由だったため、わたくしたちは揃って考え込んでしまった。

 グレイはもうすぐ7歳になる年だ。親であるわたくしが言うのもなんだが、とてつもなく聡明な子である。だが、子どもは子ども。実の姉とはいえ7歳の子どもに名づけなんてさせて大丈夫だろうか?

 そう考え込むなか、言葉を発したのはブランだった。


「いいんじゃないか?」

「ちょ、ちょっとブラン!? そんな簡単に了承しちゃっていいの!?」

「もちろん最後に決めるのは俺だ、おかしな名前は却下するぞ? このホワイト家の跡取りになる者の名前だしな。——ただ、グレイが言い出したことを頭ごなしに否定したくもないんだ。ただのわがままならまだしも、弟たちのことを思ってのことならなおさら、な」

「それは……そうですけれど……」


 ……ブランの言うことも一理ある。子どもがやりたいと言ったことを大人の事情で止めるのは気が引ける。

だけど、やっぱり7歳の子どもに大事な名づけを任せるのもいかがなものか……。


「——よし、じゃあこうしましょう! ねえグレイ、お母様やお父様も、あなたと同じように贈り物をしたいの。だから、あなたも、わたくしも、みんなそれぞれいいと思う名前を考えましょう? そして、最後にお父様に一番いいと思う名前を決めてもらうの。どうかしら?」


 わたくしがそう言うと、グレイは目に見えて喜んだ。周りにポンポン花を咲かせながら、「やったぁ! グレイ、いっしょうけんめい考えるね!」と笑うのだった。





「えーと……シロとクロ!」

「そんな、犬猫じゃないんだから」

「それじゃあ……わたあめとチョコレート?」

「それはあなたが今食べたいものでしょう?」

「うーん……パンダ、シマウマ、チェス、ピアノ、オレオ……」

「……いったん白黒のものから離れたらどうかしら?」

「うう……」


 わたくしがそう言うと、グレイは落ち込んだようにがっくりとうなだれた。

 あの日からグレイは、時間が空くと弟たちの名前を考えるようになった。だが、やはり7歳児の語彙力では人への名づけは難しいらしく、こうやってしょっちゅう頭を抱えてうなっている。


「名前をかんがえるって、むずかしいのね……」


 はあ、とため息をつき、グレイはマロンに淹れてもらった紅茶に口をつける。文句のつけようがない美しい所作だ。


「そうね。でも、難しいからこそ『贈り物』としての価値があるんじゃないかしら? この子はどんな子になるのか、どんな子になってほしいのか。この子は人生をどんな風に歩むのか、どんな風に歩んでいってほしいのか……。そうやって、その子のためだけに悩んで悩んで、考え抜いた名前だから、その子にとってとても大切な『名前』になるのだと思うわ」


 わたくしがそう言うと、グレイはハッとしたように目を見開いた。


「むずかしいからこそ……そっか、そうですわね!」


 そうして笑顔で頷いて、グレイはお茶菓子を頬張った。リスのようにほっぺを膨らませたまま、「それならわたくし、弟たちのためにぞんぶんになやみますわ!」なんて話す。

 そんなグレイを見て、わたくしもまたマロンが淹れてくれたホットミルクに口をつけた。そうそう、それでいいのだ。そうやって弟たちのためにあれこれ頭を悩ませてくれるのが、わたくしやブランにはうれしいのだ。


(——たとえグレイの考えた名前が選ばれなかったとしても、この話はいつか弟たちが大きくなったら聞かせてあげよう。あなたたちのお姉ちゃんは、あなたたちにまだ名前がつく前から、こんなにあなたたちのことを考えていてくれたのよって)


 そんなことを考えていると、グレイはふと思いついたようにわたくしに尋ねてきた。


「そういえばお母さま。わたくしの名前は、どんな意味をこめてつけてくださったの?」


 …………へ?





「……グレイの、名前の、由来……?」

「そうなんです。弟たちへの名づけの参考にしたいから、教えてほしいと言われて……」


 その夜——研究室から帰ったブランに、昼間にしたグレイとのやりとりを話した。そうして尋ねてみた。グレイの名前の由来を。


 グレイの名づけをしたのは夫であるブランだ。

 グレイが生まれたとき、わたくしは難産のため長い間寝込んでしまい、目が覚めたらすでに『グレイ』という名前をつけられていた。そのあとも前世の記憶を思い出したりここが乙女ゲームの世界だと気づいたりとバタバタしてしまって、その名前の由来など気にしたことがなかったのだ。

 当たり前だが、ゲームの中でもグレイは『グレイ』だったし……何か意味があってつけたのなら、わたくしだってその由来を知りたい。そう思って尋ねたのだが——


「…………」


 ……思い切り、目を逸らされた。


(そうよね! あなたそのころ、わたくしにも娘にも興味の欠片もなかったものね! どうせ適当につけたんでしょう!? もしくは、つけた理由なんてもうとっくに忘れちゃったんでしょう!?)


 実の娘の名前の意味すら忘れるなんて——呆れる思いがしたが、過去のブランを責めたってしょうがない。今まで気にしていなかったわたくしも悪いし。

でも、明日グレイになんて話そうかしら? ちゃんとお父様に聞いてくるって約束しちゃったのに……。

 そう考えていると、


「——正直言うと、その当時のことはあまりよく覚えていないんだが……」


 ブランがぽつりぽつりと話し始めた。


「【白黒髪】は、初めて見た髪色だった。聞いたことすらない。この俺ですらだ。だから、髪色に関することにしようと思った——んだと思う。この子は、否が応でもこの髪色に振り回され生きていくことになるだろうと思ったから」


 当時を思い出そうとしているのか、ブランは額に右手を当て目を閉じたまま語る。

 わたくしはそれを、不思議な気持ちで聞いていた。思えば、このときブランが何を考えていたか聞いたのははじめてだったかもしれない。このときはお互いに、お互いの感情になんて興味がなかった。興味を持とうとすらしていなかった。


「……どちらでもいいと、思ったんだと思う。俺のように全属性を扱う魔術師になるのか、ノワレのように魔力なしのまま生きるのか……この子の進む道が白だろうが黒だろうが、どっちだっていいと。……俺は魔術師だが、魔術師以外の生き方があることも知っている。だから、どちらにでもなればいい、髪色なんかに振り回されなくていいと——そう思ってその名をつけたんだ」

「……だから、『灰色(グレイ)』と名付けたんですね。白でも黒でもない色の名を」

「ああ。……まあ、本音を言うなら俺の跡を継ぐ魔術師になってほしいとは思っていたがな」


 ブランはそう言って、少し照れたように微笑んだ。


(ブラン、そんなことを考えていたんだ……)


 そしてわたくしは、そんなブランの考えに触れ、素直に感動していた。

 あの当時のブランは、わたくしにも生まれたばかりのグレイにも、まったく興味がないのだと思っていた。だから名前だってきっと適当に考えたんじゃないかって、今の今まで思っていた。


 だけど違ったんだ。あの時だってちゃんと、グレイのことを考えてくれていた。名前を考えるその瞬間だけでも、グレイの未来について思いを馳せてくれていたんだ。


(……ゲームの中の『ブラン』も、そう考えて『グレイ』の名前をつけていたらいいな)


 まだ少し照れの残るブランの横顔を眺めながら、そう思った。





 翌日、グレイにその名前の由来を教えてみると、屋敷中に花を咲かせるほど喜んだ。大好きな父親がくれた最初の「贈り物」に、そんな意味があったらたしかにうれしいものだろう。


「名前は一生を共に歩むものだから、わたくしたちも一生懸命考えなくっちゃね」


 わたくしがそう言うと、グレイは元気よく「うん!」と返事をして、それからは今まで以上に真剣に双子たちの名前を考えはじめた。

 屋敷にある辞書を広げてみたり、偉人たちの名前を調べてみたり、使用人たちやその家族の名前とその由来を聞いてまわったり——


 そうしてしばらく書斎にこもったあと——グレイには重そうな辞書を抱えて、晴れ晴れとした笑顔で彼女は飛び出してきた。


「お父さま、お母さま! わたくし、やっと決めましたわ!」


 あたりがぱあっと明るくなるようなかわいらしい笑顔と声色に、わたくしは「なぁに?」と先を促す。


「弟たちの名前よ! この子たちの未来があかるくありますように、おたがいにおたがいを照らせますように——そういうねがいをこめて……『ソーレ』と『ルーナ』って、どうかしら……!」


 グレイは笑顔のまま、だけど少しだけ緊張した様子でそう言った。

 わたくしとブランはお互い目を合わせ、こくりとひとつ頷く。


「太陽と月か……いいんじゃないか?」

「素敵な名前を考えてくれたのね。ありがとう、グレイ」

「そ、それじゃあ……!」

「ああ。この子たちの名前は、今日から『ソーレ』と『ルーナ』だ」

「……っ!」


 ブランがそう言うと、グレイは顔いっぱいに喜びの表情をつくった。


「よろしくね、ソーレ、ルーナ! わたくしが、あなたたちふたりのお姉さまよ!」


 仲良く眠る双子の弟たちに、グレイはそう挨拶をする。

 ソーレの「ふみゃあ」という寝言が、まるでその返事のように響いた。




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