五話 シュミッド・メルセデス
「オレは行く気はないが、もしルナ嬢が行きたいのであれば、護衛をつけるが?」
「……行かないって選択肢もあるんですか?」
手紙には王家の紋が刻まれている。
故に選択の余地はなく、強制であるとばかり思っていたのに、どうにもルークさんに参加する気は無いらしい。
だから、ちょっと意外だった。
「これはあくまで招待状だからな。命令であれば不味いが、招待状であればどうとでも言い訳がきく。嫌味を言う連中は出てくるだろうが、魔物が蔓延るランドブルグにわざわざ足を運ぶ貴族がいるとは思えん。だから、オレからすれば痛くも痒くもない……それに、この状態で領地を離れられるものか」
そう口にするルークさんの視線の先には、幼児程度の大きさの〝卵〟が置かれていた。
それは、数週間ほど前。
魔物討伐に私も参加する中で見つけた代物であった。
当初は、得体が知れないからとその場で砕き割るなり、処分する予定だったのだが、大勢の魔物がその〝卵〟を何故か守っていた事もあり、最近異常に増えつつある魔物の量。
その原因を探る為に役立つのではないかと言う事で回収されたものであった。
薄紅色の模様が所々に入った〝卵〟で、私は魔物の〝卵〟か何かではないかと思ったが、ルークさん曰く、こんな〝卵〟は一度も見た事がないと言っていた。
それもあって、少なくともランドブルグ周辺に生息している魔物のものではないという結論が出ていた。
「ひとまず、魔物に詳しい知己には手紙を送っておいたが……少なくとも、アレが何であるのかが分からない以上、そいつが来るまでオレは動けない」
まずは回収した〝卵〟の正体を解明。
それと同時進行で、最近増えつつある魔物の数の原因を突き止める。
それが終わらない事には〝聖凪祭〟に参加する気はないとルークさんは言う。
「でしたら、私もそれに付き合います。むしろそっちの方がいいです」
私がそう言うと、仕方がなさそうに笑われた。
まるでそれは私が行かないと事前に確信を持っていたかのような反応だった。
「そうか。まぁ、オレはそっちの方が助かるからいいんだけどな。正直、今ロイドやルナ嬢に抜けられると色々としんどい」
どうにも、私が〝聖凪祭〟に行きたいと言っていた場合はロイドさんを護衛につける予定だったらしい。
鮮烈な白に染まった短髪に、亜麻色の瞳の強面騎士さん。口調も結構刺々しいロイドさんではあるけれど、でもその実かなりの実力者であり、面倒見だって凄くいい。
だから、いろんな意味でロイドさんがいなくなると困るだろうし、なら尚更にって感じで、私が向かう理由はなくなった。
「……あ。そういえば、ロイドさんって今日はお休みですか?」
そして、ふと気付く。
偶に一人で突っ走ったり、無鉄砲になるルークさんが放っておけないからと大体常に彼の側にいるロイドさんの姿が見えない事に。
だから、ルークさんにその事を尋ねてみるも、彼も事情を知らなかったのか。
一度、二度と周囲に視線を向けながら首を振り、悩ましげな声で小さく唸った。
「……そういえば、一時間程前にここを出て行ったきり見かけてないな」
すぐに戻ってくるとばかり思っていたんだろう。どんな用事で出て行ったのかについては知らなさそうだった。
それから、数秒ほどの沈黙が降りる。
やがて、ロイドさんなら別に問題はないだろうと結論が出たところでドタドタと騒がしい足音が、ドア越しに執務室にまで届く。
次いで、ロイドさんの声だろうか。
ドアはゆっくり、ノックをしてからお開け下さい……!! と逼迫した様子で念を押す声が聞こえてくる。
しかし、その懇願も虚しく「えー、めんどくせぇ」と拒絶の言葉が一つ。そして続け様に、
「よう! 望み通り来てやったぞ! 久しぶりじゃねぇか! なあ、ルーク!!」
バン!
と、乱暴にドアが押し開けられ、私とルークさんの視線が一斉に声の主へと向いた。
視界に映り込んだのは、燃え盛る炎を想起させる赤髪の男。年齢は————30より少し上だろうか。無精髭を生やしており、如何にもおじさん。といった風貌であった。
「……コイツがオレがさっき話していた知己だ」
若干疲れた様子で紡がれる。
さっき、というと〝卵〟についての件だろうか。
「んあ? そっちのおチビちゃんは見かけねえ子だな」
「お、おちび……!?」
私の存在に気付いた彼の言葉に、思わず言葉を詰まらせてしまう。
確かにそんなに大きくはないけど、開口一番の初対面での挨拶でおチビちゃんと呼ばれたのは初めての経験だった。
めちゃくちゃ失礼な人である。
「……おチビちゃんじゃないです。ルナです。ルナ・メフィスト」
とはいえ、こんなふざけた態度を取られてはいるけど、ルークさんに対する態度からして恐らく彼は貴族の人間。
これからもおチビちゃん呼びでは堪ったものじゃなくて、私は名乗る事にしていた。
「……ん。メフィストっていやあ、あの?」
「あのがどのメフィストかは存じ上げませんが、伯爵家のメフィストであれば、一応それは私の生家になりますね」
忘れずに一応という部分をあえて強調。
その様子から、実家との間に色々と事情があると察してくれたのか。
彼の表情が苦笑いへと変わる。
「成る程、訳ありってやつか。……あぁ、自己紹介が遅れちまったが、俺の名前はシュミッド。シュミッド・メルセデス。でけえ家名背負っちゃいるが、一族ってだけだ。そこは気にしなくていいぜ、お嬢ちゃん」
でけえ家名。
そう口にするシュミッドさんが言ったメルセデスといえば、隣国に位置する公爵位を賜った御家の名前である。
ルークさんを前にしての、その洒脱な所作から少なくとも伯爵、もしくは侯爵と勝手に予想していた分、告げられた言葉に対する驚きも一入だった。
「……で、だ。シュミッド。今回は随分と来るのが早かったな。前回は、手紙を出してから一年近く音沙汰がなかったっていうのに」
「内容が内容だからに決まってんだろ? 今回は飛んで来てやったぜ。年がら年中、魔物討伐に勤しまなきゃならねえランドブルグじゃあ魔物が増えようが大した問題にゃならねえが、他じゃ違うのさ」
そしてシュミッドさんは辺りを見回す。
視線が件の〝卵〟を捉えたところで一瞬の硬直。やがて、〝卵〟の下へと歩み寄ってゆく。
ぺたぺたと触り、指の関節でコンコンと叩き、軽く揺らして中の重さをひと通り確認した後、
「なぁ、ルーク。最近、世界的に魔物が増えてるって噂はお前も知ってるだろ?」
世間話でもするように、〝卵〟の観察を続けたまま、シュミッドさんは言う。
その噂は初耳だった。
「……世界的に増えてたのか」
「ん、知らなかったのか。お前んとこの国は丁度最近、〝聖女〟制度を復活させてたし、魔物が増えてる事は知ってるとばかり思ってたんだが」
その一言に、内情を知る私とルークさんは目を逸らす。しかし、〝卵〟の観察を続けるシュミッドさんは私達に背を向けている為、その変化に全く気付いてる様子はなかった。
「特に、うちの隠居じーさん共は絶賛してたな。口を揃えて慧眼だなんだとうるさくてな。どうせ、王太子かどっかの気まぐれかなんかだろって言ってやったらしばかれちまったよ」
……いや、それ正解です。
一片の間違いすらない大正解ですと、あまりの的確さに危うく言ってしまうところであった。
「……もしかしなくとも、それとその〝卵〟が関係してるのか?」
「まだ予想の段階だが、多分な。魔物による被害が結構、色んなところで増えてるらしいんだが、そういった場所でこの〝卵〟が幾つか見掛けられてたんだよ」
「じゃあ、その〝卵〟って一体何なんですか?」
「さぁな? 連中、見つけた〝卵〟を魔物が守ってたからって事で真っ先に壊すなりしてたらしく、こうして実物を見るのは俺も初めての事でなあ。しっかし、こう見ると少しでけえだけのただの〝卵〟だよなあ」
禍々しさがあるわけでもなく、本当にただの〝卵〟。だから私達も処分に困ってたんだけど、どうにもシュミッドさんにもこれの正体は分からないらしい。
シュミッドさんの視線が〝卵〟から外れ、再びルークさんに向いた。
「なぁ、ルーク。〝卵〟を見つけた奴はどこにいる? ちょいとそいつを数時間ばかし借りてえんだが……」
「それなら、シュミッドの目の前にいるぞ」
程なく聞こえて来る素っ頓狂な声。
彼の中で一番あり得ない選択肢だったのか、何言ってんだお前と言わんばかりの表情が浮かぶ。
しかし、ルークさんが冗談を言っているようには思えなかったのか。
やがてシュミッドさんの焦点が、彼の目の前に立っていた私に合う事となった。
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この場にてお礼申し上げます。