十話 元々あった根底
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結局、私とルークさん。
それと連れてきていた臣下の方数名がこのまま森を抜けてメルセデス公爵領へと向かう事となり、ロイドさんは〝卵〟を持ち帰った後、留守を頼む。
という事で落ち着き、彼らとわかれる事になっていた。
道のりはそれなりに長く、伝令役の彼曰く、三時間もあれば着くとのこと。
ただ、着くまでずっと雑談と行くわけもなく、魔物に気付かれないようにする為にも殆どが無言の時間。
とはいえ、偶にシュミッドさんが話し掛けてくれるお陰でそこまで苦ではなかった。
「その魔力量だ。嬢ちゃんも、『聖女選定』の儀とやらに参加してたのか?」
「えっ、と。それは、はい。一応、参加してましたね」
「『聖女』になりたくねえのに、わざわざそんなもんに参加するってこたぁ、やっぱり家の方針かなんかかよ?」
お互い、苦労するねえ。
と、何気ない世間話が交わされる。
これまで通り、相手の言葉に同調しながら「ほんとですよねえ」って返せば良いだけだったのに、何故かその問い掛けにだけ引っ掛かった。
そして、ふと思った。
そういえば、昔の私が『聖女』を目指したきっかけって何だったっけって。
『————ルークと一緒にいたかったから』
その疑問に応じるように、昔の私の声が幻聴された。
……あぁ、そうだった。
そんな『聖女』らしくない理由だったっけって思い出す。
困ってる人たち全員を助けたいだとか、『聖女』になって世界を変えたいとか。
そんな高尚な理由なんて何一つとして持ち合わせてなかった。
ただ何となく、『聖女』になればルークの隣にいられるような気がしたから。
そんな漠然的な理由が根本にあったんだった。
「……いえ、昔はちょっとだけ、憧れてたんですよね」
「ほ、ぉ?」
若干の驚きが入り混じった声音。
そりゃそうだ。
『教会』に対しても、『聖女』に対しても、散々私の口でボロッカスに言った後なんだから、その反応が当然である。
「だってほら、『聖女』って響きだけならものすっごい万能そうじゃないですか。だから、そんなものになれれば、隣に並び立てるような気がしたんですよね」
当人には確か、適性があるならなってみるとかなんとか嘯いちゃった記憶があるけど、私が『聖女』になれば、領民を守って、豊かにして、それでもって立派な領主になりたいんだよって嬉しそうに何度も語る親友の側に立てるような気がしてたんだ。
……実際は、ものすっごいハズレ役だったんだけども。
『聖女』だからってだけで期待されて、その期待に応えられなかったら勝手に期待した人達は勿論、『教会』の人達からも怒られて。
そんな理不尽ばっかだったけど、仲間と呼べる人も出来て、それなりに感謝もされて。
まぁ、『教会』に対する恨みは積りに積もったけど、なんだかんだと悪くはなかった。
もう一度と言われると全力で拒否するけども。
「……なのに、もう目指してないのか」
それだけの魔物を倒す技量があれば、今回は選ばれはしなかったが次の機会があれば真っ先に選ばれそうに思えるんだが。
意外そうに付け足されるシュミッドさんの言葉に、私は小さく笑って返した。
「目指す理由がなくなったってとこですね。あ、あと、『教会』の利になる事をしたくないって理由もあります!」
慌てて付け加える。
今では最早、後付けした方がメインである。
マジであいつら許すまじ。
私の恨みはねちっこいんだって教えてやらないと気が済まない。
「くはっ、『教会』嫌いは筋金入りだな」
「当たり前です」
その為に、こうしてついてきてるんだから。
「でも、そうか。目指す理由が無くなっちまったんじゃあ仕方ねえわなあ」
「はい。仕方ないです」
出来る事ならば、自分の行為が、苦労が無駄であったと思いたくはない。でも、並び立つ為に『聖女』を目指した私のその行為は紛れもなく私のひとり相撲だった。だけど、不思議とそこに後悔はなかったんだ。
『聖女』として全力で生きて。奔走して。
そうして、漸く、あいつの前でも胸を張れるようになったかなって思って、色々とボロボロになりながらも再会して。
実はさって胸の内を打ち明けた時、すっごい呆れられたっけ。
そしてまた、『聖女』として全力で生きてみて。力を無くすまで頑張ってみた果てに、また呆れられて。
『……お前は、一人にさせられない奴だよ。心配で、おちおち夜も眠れない』
そう、言われて。
ずっと昔に交わしたやり取りを思い出す私の視界にふと、ルークさんの姿が映り込んだ。
〝あいつ〟じゃないけど。
あえて言葉を借りるとすれば、どこか心配そうに見詰めてくるその瞳にはよく覚えがあった。
その事実に気付いたが最後。
とてつもない安堵に見舞われた。
言葉で確かめ合ったわけじゃないけど、お互いにお互いがきっと気付いてしまってる。
その上で、ちっとも変わってないんだって。
胸の奥が無性にぽかぽかして、懐かしさのあまり笑ってしまう。
「そういえば、シュミッドさんから見てルークさんってどんな方でした?」
興味本位で尋ねてみた。
「一言で言い表すんなら、無愛想だわな」
「……おい」
「愛想がねえのよ。これはもう最っ悪なくれぇにな」
責めるような眼差しを向けながら、文句を口にするルークさんの事など知らんとばかりにシュミッドさんの言葉は続く。
「だが、愛想がねえだけで馬鹿みてえに優しい奴だ。俺が保証してやろう。ルークは、良い奴だ」
うん。知ってる。
とびきりのお人好しって、私もよく知ってる。
こうして私と同様に、理由を無理矢理作った上で一緒になって付いてきてくれている時点で、それはもう疑いようもない。
「それでもって、時たま意地悪で、変なところで頑固。ってところですかね?」
「お。よく知ってんじゃねえか。そうなんだよぉ。ルークのやつ、変なところで意地悪しやがるわ、融通がきかねえ時はとことんきかなくなるしよぉ」
「……本人を前に、よくお前らそんな話題で花咲かせられるな」
不機嫌な心境を隠そうともしない声音だったけど、それは怒りというより呆れだった。
とはいえ、怒ると手が付けられなくなるし、このくらいにしとくかってシュミッドさんと一緒になって私は閉口する。
やがて、そうこう話している間に草木だらけの景色も終わりを迎えようとしていた。
刻々と鮮明になってゆく景色。
森を抜けた先には、見たこともない街が広がっていた。
……ただ。
「……酷いですね」
元々、魔物に襲われる事を想定された街づくりであるランドブルグとは異なり、景観は王都に近く、そのため魔物の迎撃を想定していない造りだったのだろう。
彼方此方に破壊のあとが見受けられる。
更には運び込まれたであろう負傷した兵士の姿。
一言で言うならば、それは散々な光景であった。
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また、誤字脱字のご報告ありがとうございます。
この場にてお礼申し上げます。




