一話 前世の記憶ってやつ
連載版始めましたっ!
それにあたり、短編時の後半部(連載版の四話にあたる部分)を改稿して続編が書けるように弄ってます。
把握のほどよろしくお願いいたします。
それは偶然だった。
偶然にも、様々な事情が重なってしまったが為に起きてしまったアクシデント。
偶々、その日に行われていた『聖女選定』にて、私ではなく、両親の愛を一身に受けた妹が選ばれ、私が選ばれなかった事。
そして、やはりお前は不出来な姉であると両親からいつものように蔑まれ、ならばと魔物が蔓延る僻地、ランドブルグ辺境伯の当主に嫁いでこいと強引に政略結婚を押し付けられ、精神的に不安定であった事。
更に、私が通ろうとしていた道が磨いたばかりで普段よりも滑りやすくなっていた事。
それらが偶然にも重なってしまった事により、
「ふべっ」
私は前につんのめるようにバランスを崩し、盛大に頭から床にダイブした。
そして、そのまま階段からずっこけた。
転げた拍子に頭でも打ったのだろう。
鈍痛に表情を歪める羽目になった私であったけど、そんな時、何故か私は前世の記憶を思い出した。
それは、『聖女』と呼ばれていた女性の記憶。
溢れる魔物を『聖女』の力を用いて仲間の者と共に討ち倒す姿が脳裏にありありと蘇る。
次いで、かつての人格と、記憶と、今の人格。そして記憶が重なり合い、同化。
やがて、精神的に不安定でしかなかった筈の私の心境が落ち着きを取り戻し、己が置かれた現実を俯瞰。
するとつい先程までは欠片すら見えなかった筈の事実が見えてくる。その現実を前に、私は身体を苛む痛みすら忘れてつぶやいた。
「……聖女選定って、これただの茶番じゃない?」
『聖女』に選ばれた者には、国の王太子と婚約をする義務が生じる事になっている。
今回の聖女選定は、その義務を逆手に取り、人形のように綺麗な容姿であるからと散々甘やかされて育った妹と王太子が婚約したいだけのただの茶番であったのだ。
魔力値。『聖女』の適性。
そんなものはお構いなしに、これは、ただただ王太子が生家の爵位からして周囲から反対が出るやもしれない妹と是が非でも婚約したかったが為の茶番であり、そこに私の両親の思惑も入り込み、出来上がったのが今回の出来レース。
落ち込む必要が何処にあるのだと、先程までの自分を問い質してやりたかった。
「————で、私はランドブルグ辺境伯に嫁いでこい、と」
『聖女選定』の儀は一応、それなりに保有魔力が高い人間を集めた上での出来レースであった。
そして、偶然にもそこに私も入っていた為、『聖女』には選ばれなかったけど、魔力値が高いなら、魔法も使えるだろうし、魔物が溢れるランドブルグ辺境伯に嫁いでこい。
話は既にまとめてあるから。
と、言う事らしい。
『聖女選定』の儀が終わったその日に言ってくるあたり、前々から絶対にお前ら話進めてただろ。そこはせめて出来レースじゃなかったって否定する為にも数日はあけて言えよ。
などなど、言いたい事は沢山、それこそ山のようにあったが、己を散々適当に扱い、虐げてくれた家を出られるなら万々歳ではなかろうか。
そんな事を思いながら、私は階段から転げ落ちた状態のまま、プラスに考える事にした。
そしてそこには、神に愛されたとしか言いようがない美貌を持って生まれた妹と比べられ続けた事により両親から虐げられ続けていた儚い少女の姿はなかった。
一縷の望みを胸に、『聖女』に選ばれて両親からの期待に応えたい。そう願っていたにもかかわらずその祈りは届かず、茫然自失となっていた筈のルナ・メフィストは何処にもいなかった。
†
————ランドブルグ辺境伯領。
そこは私の生家であるメフィスト伯爵領より更に北に位置する場所。
寒暖差が特に大きい場所であり、多くの魔物が蔓延っている事から用がなければ向かう機会は一生ないだろう。
それが、ランドブルグ辺境伯領に対する私の以前までの感想であった。
「……オレがランドブルグ辺境伯当主、ルークだ」
邪魔者はさっさと出て行け。
そう言わんばかりに既に纏められていた荷物を持ち、家を出て馬車に乗り込んだのがつい数日前。
漸くたどり着いた先で、見るからに何処となく嫌そうな表情を浮かべながら当主であるルークさんが直々に出迎えてくれる事になった。
ただ、浮かべる表情からは、「……本当にやって来たのか」と言わんばかりの呆れの感情が見え隠れしていた。
……とはいえ、ルークさんが、私に対してそんな表情を浮かべる理由はよーく分かる。
なにせこれは、元々縁談などいらないと、それとなく突っぱねていたランドブルグ辺境伯に、無理矢理押し付けた縁談なのだから。
しかも、己が王太子と婚約をする事が既定路線であるとそれとなく口を滑らせていた妹の何気ない一言、
————お姉さまも、ご結婚なさってはいかがでしょう? たとえば……そうですね、ランドブルグ辺境伯の御当主が確か独り身だったような。
これを真に受けた両親と、王太子が強引に推し進めた縁談こそがコレである。彼の気持ちは痛いくらい分かった。彼もまた犠牲者である。
でも、私も被害者なんだ。そこのところ勘違いしないで。と、目で訴えかけてはおいたが、悲しきかな。その効果は無さそうだった。
「それで、ルナ嬢は魔法が使えるんだったか」
「はい。ひと通りは問題なく」
だからこそ、ランドブルグ辺境伯に送り出されたと言ってもいい。
出来レースとはいえ、途中までは公平を期していた聖女選定の儀。故に、私の魔力保有量の多さも確かなものであったから。
「なら、ルナ嬢には、主に魔物を相手にした兵達の治癒を頼みたい。情けない事に、ここは人手が常に足りていない状態でな」
「そういう事でしたら、問題ありません。寧ろ、その為に来たようなものですから。私でよければ是非ともお手伝いさせて頂きたく存じます」
縁談の話はさておき、折角の魔法使い。
これを腐らせるわけにはいかない。
そう思っての言葉だったのだろう。
いくら両親から半ば強制的に向かわされたとはいえ、こうしてお世話になるからには何か役に立つべきだ。そう考えていた私は、刹那の逡巡すら要さず、彼の言葉に頷いた。
その直後だった。
「そうか。それは助かる。……それと、だな。時に、ルナ嬢」
不自然な間を挟み、視線を何処かへと向けながら言い辛そうにルークさんは私の名を呼んだ。
「はい?」
「メフィスト卿から、何か伝言のようなものを預かってはいないか。もしくは、ユベル王子殿下から」
父か、妹の婚約者となったユベル王子殿下か。
その発言を耳にし、そこで漸く当主であるルークさんがわざわざ私を出迎えに来てくれた理由に合点がいく。
……だが。
「……申し訳ありませんが、父からも王子殿下からも、私は伝言を預かってはおりません」
両親は、私と顔を合わせる事すら嫌っている節がある。伝言を預けるくらいならば、その前にさっさと書簡を飛ばすなりしているだろう。
それがないという事は、つまりそういう事だ。
期待に添えず申し訳ないと言うと、あからさまにルークさんの表情が歪んだ。
「……期待はあまりしていなかったが、そうか。やはり、そうだったか」
ルークさんは、何かを求めていたのだろう。
しかし、その期待は裏切られてしまった、と。
「とはいえ、どうせこんな事だろうと薄々思っていたんだがな」
共にやって来ていた臣下らしき方達も、ルークさんに続くように疲れ切った表情を浮かべた。
ただ、私にそれを言っても意味がないと分かっているのか。はたまた、その続きをはなから紡ぐ気はなかったのか。
含蓄のある物言いを最後に、「何もないところだが、ルナ嬢の部屋は用意してある。取り敢えず、好きに寛いでいてくれ」とだけ言い残し、ルークさんは踵を返して、来た道を引き返して行った。
最後に見えたルークさんの横顔は、心なしか、怒りに歪んでいるような、そんな気がした。
短編の内容の先は3/1か2に投稿する予定にしています。
よろしくお願いいたします。