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間接的すぎる二人

作者: サキササキ

ふと思いついた内容をなんとなく書きました。

続きや細かいところはまた時間があるときに書こうと思います。

4限が終わり、幾度となく見た車窓からの風景をその日はただボーッと見ていた。

大学2年目の夏、そろそろ進路を考えないといけないと思う一方、特に何もしたいことが見つからず、ただ漠然と時間だけが過ぎていく毎日。


そうこう終着の見えない考えに耽っていると、電車が最寄駅に停車しようとしていた。

電車を降りる準備をし、いつもの同じ顔ぶれの赤の他人に紛れぞろぞろと降車した。

自宅は駅から徒歩3分、少し年季の入ったマンションの6階、エレベータから一番遠い突き当たり。

今日は4限の日なので、少しも落ち着けやしない。冷蔵庫にあった残り物をかきこみ、バイト先へ向かった。

僕は今のバイトが少し好きだった。シフトは17時から20時、主にレジ業務である。と言っても平日、客はほとんどこない、なので実質立っているだけである。僕は一番下っ端だったが、その立ち位置も好きな理由のひとつだった。


今日は雨だ。こういう日は特に人が来ない。今日なんかあと30分で閉店だというのに、まだ10人も来ていない。雨の日は決まって店長が早上がりするため、バイトはみんな一箇所に集まって談笑する。

僕はこの瞬間が好きだ。特に咲本さんがいる時は、なんというか、この瞬間の為に毎日を頑張っているといっても過言ではないと思う。彼女は明るく、またどこか不思議な人だった。僕は正直かなり惹かれていた。

一度、帰り道二人で歩いたことがある。彼女はすごくよく話す人で、別れるまで一度も会話が途切れたことはなかった。


「ねえ佐々木、今度新人入ってくんだってさ!しかも女の子!女子高生、JK!」


僕はとうとう下っ端を卒業した。しかも部下は女子高生である。次に出勤する日を楽しみに僕は家路についた。




定期テストが挟まり、僕は2週間ぶりにバイト先にいった。

レジには見慣れない小柄な女の子が立っていた。ああ、そうか、僕に部下ができたんだった。

後ろ姿は咲本さんそっくりで、目が大きくなんというか小動物みたいにみえた。


「あ、小嶋、です。よろしくお願いします。」


彼女は女子高生なのに礼儀正しかった。僕はその日から小嶋さんの教育係となった。



彼女は忙しくなると、なぜか言葉がたどたどしくなるようだった。

僕は彼女の言動に心当たりがあった。僕は小学生の頃、原因不明の言語障害に悩まされていた。

言葉を発しようとすると、何故か連発してしまうのである。ここここんにちは、あああありがとうといった具合に。そのせいで同級生にからかわれたりしたものの、性格上、細かいことは気にしないタイプなので、中学に上がる頃には自然と治っていた。


といっても彼女がそうだとは限らない、普段は饒舌といっても良いくらいだから気のせいだろうと思った。



ある日、事件が起こった。とうとう小嶋さんが無断で欠勤し、それからというもの連絡がつかなくなってしまった。僕はせっかく部下ができたのに、残念だった。それから少し経ち、小嶋さんは忘れられた。



僕はそれからというもの大変だった。なんとあの言語障害が再発したのである。

しかも今度はどこか症状が違っていた。なんというか言葉が出てこない、喉まででてる言葉が音として発せられないと

いった方が正確かもしれない。前は当たり前のようにこなせていたレジ業務も、今や重労働である。

言葉がでないのだ。昨日まで話せていた言葉が、まったくでてこない。

僕はアルバイトを辞めようかと考えるようになった。



言語障害は気にすれば気にするほど酷くなっていくように思えた。最初の頃は、バイト以外で発症することはなかったが、今では大学に行くのも億劫になっていた。人と話すことがとても怖かった。

僕はこの原因不明の病を気のせいだと思いたかった。昔のように気にしなければすぐ治る、そういう風に自分に言い聞かせた。だが、人は外面だけでなく内面も成長する生き物だ。一度嫌な方向に物事を考えだすと、成長した思考回路は一気に負の感情で満たされた。



僕は、友達と楽しく会話することがもうできなくなってしまった。

僕は、幼い子供でもできるような簡単な会話さえできなくなってしまった。

僕は、将来どうなるのだろう。

僕は....僕は....



僕はその日、完全に言葉を失ってしまった。



僕はバイトを辞めた、いや、辞めようとした。僕は今のバイトが好きで、辞めるなんてできなかった。

店長にメールで訳を伝えた。店長は何も詮索をせず、僕に長い長い休みをくれた。


「いつでも帰ってこい」


そう一文だけ書いてある文面に、僕は勇気付けられた。




ある夜、僕が大学終わりになんとなくいつもとは違うコンビニに寄ったとき、見覚えのある後ろ姿が目に入った。咲本さんだと直感した。でもその割には身長が小さい気がした。

僕は、再会を喜びたかったが今は.....話すこともできない。僕は遠回りして冷凍食品のコーナーに向かった。


僕はバイトを辞めようとした日、思い切って病院に行った。精神科医から病名が告げられた。

どうやら僕は「吃音症(きつおんしょう)」という病気らしい。精神面の病気で、治療法は現在も見つかっていない、つまり不治の病だそうだ。症状は幅広く、酷くなると僕みたいに言葉を失ってしまい、会話をすることが困難になる。僕はガンで例えるとステージ4、末期ということだ。

僕はショックだったが同じ症状の人が存在することに、少し安心した。


レジで会計を済まし、コンビニを出ると咲本さんの背中が見えた。僕はぎくっとした気持ちになったがもう遅かった。その背中はゆっくりと振り返った。


人違いだった。咲本さんではなかった。けどどこかで見たことがある顔だった。大きな目に小動物のようなフォルム.....僕は思い出した。小嶋さんだ。


目が合い少しの間、時が止まったように思えた。

僕たちはお互い何も言葉を発さずに、見つめ合っていた。

小嶋さんはふと我に返ったのか、逃げるようにして僕の帰り道の方向へ去っていった。


僕は、追いかけず停めてあった自転車の鍵を外した。そして家に向かって歩いた。

コンビニから少し離れた道路沿いの公園で小嶋さんはブランコを漕いでいた。


彼女の隣の空いているブランコがまるでこっちにこいと言っているようで、僕は自転車を停め、公園の方に歩いて行った。


小嶋さんは僕を見るとギョッとした顔つきになったが、観念したのか黙ってブランコを漕いでいた。

僕も隣に座ってブランコを漕いだ。小嶋さんは一向に話しかけてくる様子がなく、僕も話さなかった。

お互い、沈黙が続き、僕はなんだか気まずい気分になった。向こうは話しかけてくるのを待っているのだろうか。だが僕は話せない。話すことができない。彼女はなぜ話しかけてこないんだろう。


沈黙を破ったのは小嶋さんだった。彼女は携帯のメモ帳を僕に見せた。


(久しぶりですね。)


そこにはこう書いてあった。

僕は呆気にとられていた。

僕も真似をし、メモ帳に文字を打った。


(久しぶり。なんでメモ帳??)


(あなたこそ、なんで??)


(僕は、君の真似をしただけだよ)


小嶋さんはまたブランコを漕ぎ出した。

僕もまたブランコを漕いだ。ふと夜空を見ると、満月だった。

その夜は快晴で、夏の第三角形が綺麗に見えた。空を見ていると小嶋さんが僕の肩を叩いた。


(家、帰らなくてもいいんですか?)



(小嶋さんこそ、帰らなくてもいいの??)


(あたしは帰りたくないんです)


(どして?)


(どうしても!)



僕は会話を持たせる為に、気になっていたことを聞いてみた。



(バイト、なんで来なくなったの??)



(疲れちゃった、やっぱり向いてないなあ〜って思ったんです)


(実は僕も今、バイト、行ってないんだ)


(え、やめたんですか?)


(いや、やめてはないよ)


(なんで?)


(なんか向いてないなあ〜って思ったから)


(なにそれ笑)


(ほんとうだよ、向いてないんだ)


(あたしよりは向いてますよ)


(いや、なんか病気になっちゃって)


(病気?なんのですか?)


(ん〜、精神?うまく言葉が発せないんだ)



彼女は驚いた顔をし、僕をまじまじと見つめた。


(吃音ですか?)



僕は驚き、彼女の携帯と彼女を交互にじっと見つめた。

小嶋さんから吃音という言葉が出るとは思いもしなかった。返事に困っていると彼女はブランコをまた漕ぎ始めた。


僕は彼女がブランコを漕いでいるのをじっと見ていた。彼女はなんだか表情が明るくなったように見えた。

僕が見ているのに気づくと彼女はこっちを見て笑った。そして僕にメモ帳をまた見せてくれた。



(あたしと同じですね)




彼女は、どうやら僕と同じ言語障害に悩まされているようだった。彼女は中学生のときからずっと病気と向き合ってきて、一時は回復に向かったそうだ。自分に自信をつける為に、わざと苦手な接客業を選んでバイトをし、症状がほとんど目立たなくなった。そんなとき、母親が病気で亡くなった。

彼女は精神的に不安定になり、言葉を失ったのだ。



僕たちは言葉を失った者同士だった。

僕たちは会話をする為に自然と連絡先を交換した。

お互い、まるで初めて出会ったかのように色んなことを話した。久しぶりの会話がとてもとても楽しかった。


(この病気が治ったら、何したい??)


(ん〜、マクドナルドに行きたいです笑)


(もっとあるでしょ笑)





(え〜じゃあ〜、ん〜、前のように、話したいです)


小嶋さんはどこか悲しげな顔だった。病気が治らないことを知っている、全てを悟ったような表情だった。

彼女はブランコから降りると、公園の奥のベンチに座った。



僕は携帯をポケットに仕舞って、彼女の横に座った。そして彼女を抱きしめた。


小嶋さんは泣いていた。彼女は今まで独りでこの病気と前向きに闘ってきた。

不安で、寂しかった。そんな感情が言葉にしなくても、僕の肩に落ちる彼女の涙から伝わってきた。


気づけば僕も泣いていた。夜の公園には二人の泣き声だけが響いた。


僕たちは、これからどうなるのだろう。


僕たちの間接的すぎる会話は夜が更けるまで続いた。





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