天国なんて信じない
「天国なんて信じない」
それがママの口癖だった。
あたしとママと、おばあちゃん。貧乏でも、幸せに暮らしてた。いつまでも、この生活が続けばいいのにって、思ってた。
これは、そんな彼女たちのハートフルストーリー
著者:N高等学校「文芸とライトノベル作家の会」所属 Suzuki
あたしのママはちょっと変わってる。
どこが変わっているかというと、普段はすっごくケチだ。実の母親に向かって何たる暴言と思うけど、事実だから仕方ない。ご飯は基本的に家で作るか仕事先でもらってきたものだし、おしゃれもしないし。テレビはちっさいし、洗濯機もうるさいし、目が悪いのに、眼鏡もコンタクトもしないし。たまに、ほんとにごくたまに(一年に三回くらい)外で食べたときも、家で作れるとか言ってるし。守銭奴、ではないんだろうけど、すっごくケチだ。
そのくせ、あたしのことに関してはお金を湯水のように使う。水はケチってるけど。あたしにはたくさん習い事させてたし、あたしが欲しいって言ったものは頑張って買ってくれる。英会話とパソコンぐらいだけど。小学六年生にそんなにお金を使ってどうするのかな?
あたしの家が貧乏だってのは本当。あたしと、ママと、おばあちゃんの3人で暮らしている。お父さんはあたしが子どもの頃に出ていっちゃった。今も子どもだってママには言われるけど。おばあちゃんもちょっとボケが入ってきてる。ママは、お弁当屋さんで働いてて、よく余ったお惣菜をもらってくる。
一軒家、なんだけど、ローンってのがあるらしくて、あたしのお小遣いも少ない。工夫して使うからいいんだけど。でも、この前通帳を見ちゃったら、結構なお金があった。やっぱり守銭奴なのかな?
「それは、五月ちゃんのことを考えてのことなんじゃない?」
あと、名づけのセンスが絶望的にない。五月と書いてメイと読ませるなんて。近所の野良犬に猫の助とか名づけるんだもん。
ちなみにさっきのは担任の愛ちゃんのセリフ。本当は宮野先生って呼ばないといけないんだけど、みんなそう呼んでる。背もちっちゃいし。音楽の先生で、放課後にピアノを習ってる。前はちゃんとしたとこに通ってたけど愛ちゃんが教えてくれるのでやめた。やっぱり、こういうのは遺伝なのかな?
「どういうこと?」
「夢は、人を豊かにするから。メイちゃんのお母さんは、メイちゃんの夢をかなえてあげたいんだと思うな。きっとそのお金だって、メイちゃんをいい大学に通わせるためだと思う」
「おいしい物でも、食べた方がいいと思うのに」
きっと、そっちの方がいいと思うんだ。おいしいものは人を笑顔にするし、大学なら奨学金という手もあるのに。
「親の心子知らずってやつかな」
愛ちゃんはそう言っていた。でも、ママはたぶん、そんなこと考えてないと思う。料理して、あたしとご飯食べて寝て。子の心親知らずってやつだと思うな。そう言えば、あたしは親知らずって生えてるんだろうか。歯医者さんはお金かかるし、においがヤダ。
「ねえ、ママ」
「ん、なんだ、メイ?」
「どうしてさ、あたしには、そんなにお金をかけるの?」
ママの、お箸を動かす手が……、止まらなかった。そこは、もうちょっと悩んでほしかったなあ。
「それは、あれだよ。メイにはさ、夢をかなえてもらいたいからな。私にはかなえられなかったからな」
「奈保子はね、弁護士を目指してたんだよ。でも、お金がなくて、大学に行かせてあげられなくてね。だから、メイには自分のやりたいことをさせてあげたいって思うのさ」
おばあちゃん、それは何度も聞いた。ちなみに、奈保子ってのがあたしのママの名前。
「夢ってのは、お金がかかるんだ。でも、お金で夢が閉ざされるなんて、かわいそうだろ? だったら、できるだけのことはメイにしてやりたいよ」
「でも、ママとおばあちゃんはそれでもいいの? おいしいもの食べたりとか。だって、それじゃあ、ママは何もないよ?」
ママは身を乗り出してあたしの髪をくしゃくしゃっとなでた。髪、後で直さなきゃ。
「そんなことないって、ママたちは、メイが夢をかなえてくれることが、夢なんだからな」
ごめん、ママ。まだ、夢が見当たらないの。それに、
「ピアノとか、何の役に立つのかな?」
「さあ? わからん。でも、何かの役に立つかもしれない。選択肢は多い方がいいって、な?」
今、ご飯中。
「コホッ。むせたじゃない」
「悪い悪い」
全然悪そうに思ってない目じゃないか。
そんなことがあった。
あと、ママの変わったところと言えば、口癖だろうか。あたしもママもおばあちゃんも無神論者なんだけど、それにしても口癖が変わってるんだ。それが、
「天国なんて存在しない。そんなものは、この世界で夢を見るのも諦めた負け犬が作った幻想だ」
ってやつ。地獄に落ちるかもしれないよって言ったら、
「地獄で死にはしないから大丈夫だ」
って。すごく変わってると思う。しかも、ことあるごとに言うのだ。例えば、ニュースで自殺した人がいた時とか。だから、死ぬなってことなんだろうけど。
運動会で天国と地獄の練習をしてた時のことだ。
「ねえねえ、メイは天国ってあると思う?」
あたしの親友の梨花が聞いてきた。自分のことを梨花って呼ぶ、ちょっと変わった子だ。
「あたしは、ないと思う。ママは、天国は負け犬が作り出したものだって」
「じゃあ、ゆっこは?」
もう一人の親友の裕子。ゆっこは頭がいいから、一番当てになる。
「私は、あると思うかな。だって、その方がロマンチックじゃん」
「あのね、梨花はあるって思ってる。だから、いいことをするんだ」
「そうなんだ」
正直なところ、あたしはよくわかんない。ママからの受け売りだから。でも、あたしもあるといいなとは思ってる。というか、ママとあとおばあちゃんが死んだら、天国に行ってほしいから。
でも、そう言えば、うちのお葬式はどうなるんだろう。
あ、でも、ママに聞いたことがあった。意味が分からないんだけどって。そしたら、こういってた。
「とにかく生きろってことだ」
って。だから、あたしもとにかく生きようと思う。
「そう言えば、五月って書いてメイって読ませるのって珍しいよね?」
愛ちゃんに聞いてみたら、こんなことを言われた。
「それには、実は、メイちゃんの知らない意味があるんだよ」
「え、先生知ってるの?」
「メイちゃんには、実はお姉ちゃんがいたんだよ。皐月ちゃんっていう。でも、幼くして死んじゃったから、妹のメイちゃんには、その分の思いも込めたの。それに、五月って、のびのびしたイメージがあるでしょ?」
「そうなの? 知らなかった」
「私の想像なんだけどね」
大人は嘘を吐くって知った。
昔の偉い人は言った。いつまでも、あると思うな親と金、と。
愛ちゃんは言った。私たちは、いつまでも子どもではいられない、と(愛ちゃんの身長は伸びないけどね)。
ママは言った。みんないつかは死ぬんだから、生きている間に精いっぱい生きろって。
知ってるはずだったんだ。いつまでも、このままの生活が続くわけないって。でも、甘えたくなっちゃダメかな? ダメだよね。でも、そんなもんだと思う。というのも、
おばあちゃんが死んだ。
あたしが学校に行ってる間に、ママが仕事に出ている間に、散歩に行って倒れて死んだ。七四歳だった。
正直なところ、よく覚えてないのだ。あまりにも突飛で、空から女の子が降ってくるくらい予想しなかったから、混乱して、ほとんど覚えていない。お葬式も、気がついたら終わっていて、おばあちゃんは焼け焦げた骨になっちゃっていた。
実感がわかないのだ。大人のついた嘘かもしれない。ひょっとしたら、玄関のドアを開けて、「ごめん、まよっちゃったよ」なんて言いながら帰ってくるんじゃないかって思ってる。というか、そう信じたい。
空っぽになった、というのはちょっと違う。何かが抜け落ちたわけでも、心がマヒしたわけでもない。言うなれば、夢だと思ってる夢(明晰夢っていうんだっけ?)を見ているような、あるいは、眼鏡をなくしたような、そんな感じ(眼鏡使ったことないけど)。
ただ、覚えてるのは、おばあちゃんの写真がやけに笑ってたことと、ママが泣いてたこと。あと、あたしのはとこっていうあったことがない人がいたこと、くらいだったかな?
悲しいっていう感情が、よくわからないあたしは、人として何かが欠けてるのか、不安になる。そう言えば、おばあちゃんの分まで食器を出しちゃってた気がする。
「ねえ、実先生、あたしって、やっぱおかしいのかな?」
「おかしいって、何が?」
実先生は、教育実習で来てる若い先生。背が高い美人さん。よく、恋愛相談とか乗ってもらってた。
「おばあちゃんが死んだんだけど、悲しいっていうのがよくわからないの?」
「それは、そういう人もいるんじゃないかな? 一時的に感情を失っただけかもしれないし。メイちゃんが気に病むことじゃないよ」
「そうなんだ、ありがとう、実先生!」
嘘でも、うれしいって思うんだなって思った。
家に帰ったら、ママが先に帰っていた。友達と宿題やってたから、遅くなっちゃった。なんでだろう、ドアを開けたらおばあちゃんがお帰りって迎えてくれるような気がする。だから、家に帰りたくないって思っちゃった。
ママは、白い箱に祈ってた。骨壺だ。おばあちゃんが、いるって言われてる場所だ。
「ただいま」
「おう、メイ、お帰り」
ママは、泣いてなかった。
「ママ、何してたの?」
「ああ、おばあちゃんが、天国に行けますようにって、お祈りしてたんだ」
「え!?」
ちょっと驚いた。あたしは、まだ、もやっとしてるのに、ママはもう区切りをつけてたなんて。あたしより、おばあちゃんと一緒にいた時間は長いのに。
それと、天国なんて信じないって、言ってたママが簡単にそんな言葉を持ち出したのも驚いた。
「ママ、天国なんて信じないんじゃなかったの?」
「天国なんて信じない、それは変わらないって。でも、それとはちょっと違うからな。自分じゃなくて、おばあちゃんが行けるように祈ってるわけだし。それに」
「それに?」
ママは、クシャっとあたしの髪をなでた。
「それに、天国なんて信じてなくても、おばあちゃんには、幸せになって欲しいからな」
「ふーん」
意味が分からなかった。
いつか、あたしにも意味が分かるときが来るといいな。
完




