それはただのだんごですが。
「とりあえず、だんごだねえ」
おばあさんは『きびだんご』がわからなかったが、だんご、というのだからとりあえず冷蔵庫を開けた。
「……おばあさん、それ、なあに?」
「おやおや、桃太郎。冷蔵庫も忘れてしまったのかい?」
桃太郎はあっけにとられている。水のライフラインはあるが、辺りは電気の供給施設がないほどの田舎。冷蔵庫などの電化製品が動くはずがない。
おばあさんは、だんごを冷蔵庫から取りだし、桃太郎に渡す。
「こ、これって、きびだんごではないと思うんだけど?」
「よく見てごらん。これは吉備産のだんご。だからきびだんごのはずよ」
よくある木製の細い棒にピンク、白、緑の団子が2セット。
どう見ても、普通のだんごなのだが、商品表示のラベルを見てみる。するとそこには大きく『吉備産』と書かれている。
おばあさんによると、他にだんごらしきものはないらしく、これを持っていきなさい、と。
おばあさんの菩薩のような笑顔に言い返す言葉がない。これは厳密にいえばきびだんごではないのだが、仕方なく桃太郎は持っていくことにした。
二つセットで200円という値札が見えたが、もう何も言うまい。
家を出て鬼退治に向かう。実を言うと鬼の居場所などは知らない。とりあえず、桃太郎は山を下りていく。
……しばらく歩いて疲れた桃太郎は切り株の上に座った。
ビニールの包装を破いて、トレーを開ける。
おでんに入っているだんごをイメージしていた桃太郎は、予想以上に小さいだんごを見て拍子抜けする。トレーの中から、甘い匂いが鼻を満たす。
それはおでんに入っているようなだんごではなく、和菓子のだんご。こんなものでおなかが膨れるはずはなく、おにぎりと言っておけばよかったと後悔する。
だが、食わないよりマシだと思い、だんごに手をかけたその瞬間、黒い影が横切った。
キジだ。二本のうち一本のだんごを足に挟み、町の方へと飛び去って行く。
「器用だなーあいつ……。じゃねえ! だんご返せ~!!」
トレーに輪ゴムをかけてだんごをしまい、急いでキジを追いかける。
キジを追いかけるのに必死で上しか見ていなかったのがいけなかった。喧嘩をしている犬と猿にぶつかってしまった。
桃太郎と二匹は苦悶の表情で痛みのあまり転げまわる。その様子を見てキジは大笑いする。
が、キジもその光景を見ていたせいで間もなく木の幹にぶつかり、下に落ちる。
「痛いじゃないですか、あなた」
「ほんとだぜ。よそ見してるんじゃねえ」
犬は礼儀正しそうで、それとは正反対に猿は荒い口調で話す。
「それはすまなかった。ところでなんで君たちは喧嘩してたんだい?」
しばらく考え、猿は答えた。
「……忘れちまったよ。あんたがぶつかってきたおかげでな」
犬が同意だというように頷く。
「何はともあれ喧嘩を止めることができたんだな」
桃太郎は言う。走って余計な力を使ってしまったせいか、おなかが鳴る。同時に喧嘩で力を使ったらしい犬と猿のお腹も鳴る。
「それより、おなかが減ったぜ」
「ええ。僕もです」
キジがだんごを持っていたはずだ。桃太郎と犬と猿はキジがぶつかった木の幹のあたりへと向かった。
そこには案の定、気を失ったキジが倒れていた。だんごは原型をとどめてはいるが、土がついてしまっているため、桃太郎は犬と猿に譲った。
「犬と猿、そしてキジの分。一個ずつだ。それでちょうどだろ」
その言葉に反応したキジ。気を失っていたはずだが……。なんという回復力。
「ぬ、盗んでしまい本当にすいませんでした! 盗んだ私にもだんごを分けてくださるとは、なんという優しい方だ。お供します!」
その声に便乗するかのように犬と猿もお供を申し出た。
「おいおい、これから俺が行こうとしてるのは鬼退治だ。遠足に行くのとわけが違うんだぞ」
「わかっています。でも自分は食べず、私たちに分けてくださった恩を返したいのです」
そう言われて、桃太郎は仕方なく三匹を家来にすることにした。
山を下り、町へと出た桃太郎一行。コンビニに寄って、桃太郎はおにぎりを買って食べた。
店員も客も桃太郎たちの姿を見て驚いていた。あまりに見慣れない桃太郎の格好に、写真を撮る人がいるほどだ。
「さて、腹ごしらえもできたし、鬼ヶ島へ行くか……と言いたいところだが、場所がわからん」
「それなら交番に行って道を聞けばいいんですよ」
(……お巡りさんが鬼ヶ島の場所を知ってるはずないだろ)
桃太郎は思わず突っ込みたくなった。が、お巡りさんは平然と答えた。
「あの角を曲がって、真っすぐ行って港に出たら、鬼ヶ島行きの船に乗ってください」
(え?! お巡りさん、なぜ知ってるんだ!)
そのあと、お巡りさんはため息をついてこう続けた。
「とはいえ、鬼ヶ島行きなんて誰も乗らんだろう。儲からないから今月いっぱいで廃船するって聞きましたよ」
桃太郎は、はっとした。今日がその月末なのだ。
「……急ぐぞ!」
「「はい!」」
もしかしたら帰って来れないかもしれない。片道切符になるだろう。それでも桃太郎はいく。人を困らせる鬼の元へ。
鬼ヶ島行きの船は港にあった。客は誰も乗っていない。
「本当に良いのですか?」
「ええ。お願いします」
船頭と桃太郎は言葉を交わし、鬼ヶ島行きの船へと乗り込んだ。
船に乗ってしばらくして鬼ヶ島にたどり着く。桃太郎たちを待ち構えていたのは身長がゆうに2mを越えた鬼である。虎の毛皮で作ったしましまのパンツをはき、巨大な金棒を軽々と持って、こちらに向かってくる。
「久しぶりの客だな。何をしに来た?」
鬼の恐ろしい顔を見た船頭は腰を抜かしてしまい、動くことができない。
顔の迫力で普通のものならビビるのは当然だろう。だが、桃太郎はビビらず、こう言った。
「あんたを倒しにきたのさ。かかって来いよ。あんたから見て小さい俺に負ける屈辱を味わえ」
「何だと!」
桃太郎の言葉にキレた鬼。こちらに向かって走ってくる。
「あらよっと」
それに対し、桃太郎は気の抜けた声で何かを投げた。バナナの皮だ。その辺に落ちていた皮を拾い、武器にしたのだ。
「ぎゃああああ!」
悲鳴を上げて鬼はひっくり返り、頭を強く打つ。
「ひ、卑怯だぞ」
「作戦勝ち、だ。さて、悪さをした分はきっちりと返してもらわないとな」
そう言う桃太郎に対し、鬼はただただ頭を下げた。
「ゆ、許して下せえ! 悪さをしてたのはうちのじいさんなんだ。じいさんが若いころに向こうの島で悪さをして金銀財宝をかっさらってたんだ。だから俺は悪くないんだよ!」
そのほかにも、この容姿だから定職につけず、人と打ち解けないことや、毎年不作で困っていることなど延々と聞かされた。
「まあ何か金になるものがあればいいんだな」
桃太郎は剣を抜き、地面に突き刺す。すると急に地面が揺れだし、何かが噴き出した。
「な、何だ?」
「これは、石油? そんな馬鹿な」
桃太郎からしてみれば偶然の産物だった。まさか石油を掘り当ててしまうとは……。
「これを取引して、儲けたお金で橋を架けてもらえ。そして、末の代まで悪さをしないと誓うなら、協力してやってもいい」
「あ、ありがとうございます!」
これで問題はないだろう。桃太郎は鬼に手土産として、あるものを贈った。
「これをあんたにやるよ」
桃太郎は一つのトレーを差し出した。
「これは?」
「きびだんご、さ」
200円の三色だんごが、鬼ヶ島名物へと変わった瞬間だった。
おいしそうに食べる鬼を見て、本当のきびだんごを知って鬼が激怒してこないか、心配になる桃太郎であった。
めでたしめでたし。