#008「セントウ」
@スタッフルーム
真理「無い、無い、どこにもナーイ」
――よし。ひとしきり叫んだところで、冷静に荷詰めをしたときのことを振り返ろう。記憶を逆再生してっと。昨日の晩、わたしは、いそいそと今日の準備をしていた。あとは、お風呂セットだけだと思っていたところへ、桜から晩御飯が出来たという知らせを聞き、ひとまず、お夕食にした。そのあと、冷める前に入ってしまいなさいという母にせっつかれて入浴し、汗を流してサッパリしたところで、パジャマやバスタオルは明日の朝に詰め込もうと決め、グッスリ、グンナイト。翌朝、アラームを無視して寝坊したため、取るもの取りあえず猛ダッシュで出発。発車間際に駅に到着し、駆け込み乗車、滑り込みセーフ。
真理「回想終了。どう考えても、詰め忘れだわ。仕方ないから、大日さんに事情を説明しよう」
*
不動「いっそ、全裸で寝れば良いじゃないか。個室なんだから、誰も見ないし」
大日「五番を五滴ほど、ですか? 海外セレブリティーのようですね」
真理「どこのハリウッド女優ですか。わたしとは、かけ離れた存在ですよ」
不動「たしかに。セクシーやグラマラスという言葉からは、程遠いな」
大日「そうですね。どちらかといえば、銀幕入りしたてのヘップバーンに近いでしょうか? ショートカットで活動的ですし」
真理「あの、大日さん。そちらの方向ではなくて、わたしの窮状について考えてもらえませんか?」
不動「結論は出ただろう。真っ裸で寝ろ」
大日「不動くん。その発言は、セクシャルハラスメントに抵触すると思います」
真理「辛辣な物言いには、もう慣れましたけどね。いや、そうではなくて」
――大日さんの生真面目さが、変な方向で発揮されちゃったなぁ。どうやって話題を戻したら良いんだろう?
修羅「何があったんだ? アッ! マリちゃんが燕尾服を着てる」
弥勒「どこか、仕立て直しに問題でもありましたか?」
真理「ううん。この服に関することではないの」
――しまった。皺にならないうちに、着替えてくれば良かったわ。弥勒さんに余計な心配をさせちゃった。
不動「そうそう。お前たちには関係の無いことだから、野次馬は帰った、帰った。シッシッ」
修羅「手で払うなよ。オイラたちは、野良犬や野良猫じゃないんだぞ」
大日「そうですよ、不動くん。乱暴な態度をとってはいけません」
弥勒「ところで、お仕着せのことではないとすると、何に問題があるんですか?」
真理「(ナイス、アシスト!)実は、パジャマやバスタオルを持ってくるのを忘れちゃって」
修羅「何だ、そんなことか。心配しなくても、脱衣所に一式あるから問題無いよ」
不動「あれは、お客様用だ」
大日「半分、お客様のようなものですから、良いと思います」
弥勒「僕も、支配人さんに賛成」
真理「三対一ということで。そういうことにして良いですよね、不動さん?」
不動「ケッ。勝手にしろ」
修羅「ハーイ、勝手にしまーす。――それじゃあ行こうか、マリちゃん。仕舞ってある場所を教えるよ」
真理「はい。ありがとうございます」
*
@脱衣所
修羅「浴衣、帯、シャンプー、石鹸、櫛、バスタオル。他に、何か必要な物は?」
真理「いいえ。これだけ揃えば、充分です。――ホテルだけあって、アメニティーグッズが充実してますね」
修羅「常世で一番を謳うからには、満足して帰ってもらいたいし、出来ればリピーターになって欲しいからな。おもてなし精神ってところ。――なぁ、マリちゃん」
真理「何ですか、修羅さん」
修羅「今朝は、ホンマにゴメンな。オイラが迂闊なことをしてなかったら、こんな窮屈な思いをさせずに済んだのに」
真理「(へー。チャランポランに振舞っているようでも、心の中では気にしてたのね。)良いんですよ、修羅さん。気にしないでください。朝は戸惑いましたけど、もう大丈夫ですから」
修羅「そうか? それなら、その言葉を信用するよ。でも、無理なときは、ハッキリ無理って言ってくれよ、マリちゃん」
真理「えぇ。約束します」
修羅「ホントだよ? ホントに言ってくれよ、マリちゃん。――それじゃあ、オヤスミ!」
真理「おやすみ、修羅さん」