#006「レンタイ」
@キッチン
大日「手を合わせてください。恵みに感謝を込めて」
従業員五人「「「「「いただきます」」」」」
――食卓は、長方形の調理台。短辺の片方に、わたし。向かいの短辺には、シンクとコンロ。長辺は、手前から、わたしの右手に大日さん、弥勒さん。左手に修羅さん、不動さん。何だか、小学校の給食の時間を思い出す光景だわ。もっとも、一つの鍋をシェアする点は違うけど。
不動「修羅。取り皿に入れたら、鍋に戻すな」
不動、修羅の取り皿に椎茸を入れる。
修羅「ワッ。戻したものを戻さなくて良いじゃないか」
大日「好き嫌いはいけませんよ、修羅くん。――弥勒くんも」
大日、弥勒の取り皿に春菊を入れる。
弥勒「ハーイ」
真理「フフッ。食べ方や好き嫌いには、性格が出ますね」
――白身魚に、鶏団子に、お豆腐に、お野菜。メニュー名を付けるとすれば、ちゃんこ鍋かしら? ちり鍋か水炊きに似てるけど、どちらともいえないゴッタ煮になってるから。
大日「川添さんも、遠慮なく召し上がってくださいね。今日は弥勒くんが、新しく仲間になった川添さんのために、腕に縒りを掛けて作ってましたから」
弥勒「だー。それは内緒にしてって言ったのに」
真理「ありがとうございます、弥勒さん」
弥勒「もー。恥ずかしいよ」
修羅「ヘヘッ。真っ赤になってらぁ。――イッテェ。殴ることないじゃん、フーさん」
不動「お前がそうやって茶化すから、いつまで経っても弥勒の羞恥心が消えないんだ」
修羅「言い掛かりじゃないか。この世界に持って生まれたモノは、どう足掻いたって、トコシエに変わらないんだからさ。変えられるなら、オイラはもっとスレンダーでスマートになりたいよ」
真理「修羅さんは今のままでも、充分可愛いと思いますよ」
修羅「ムー。オイラはカッコ良くなりたいんだ。目標、ハンサムボーイ」
不動「そうかい、そうかい。それじゃあ、カッコつけて食え」
不動、修羅の取り皿に葱を入れる。
大日「意地悪はいけませんよ、不動くん」
――そうか。この四人は、老けることが無い代わりに、伸びることも無いんだ。良くも悪くも、ここでは時間の流れが止まってて、何も変わることなく淡々と続いていくのね。
弥勒「今日は珍しく二部屋とも泊まり客が居ないから、全員揃ってゆっくり食べられるね」
修羅「いつもは基本的に、夕方のチェックインから翌朝のチェックアウトまで、ずっとバタバタしてるもんな」
不動「誰かさんたちがトラブルを持ち込まなければ、もっとスムーズに事が運ぶんだけどな」
大日「そういう当てこすりは、あまり品がよろしいとは言えませんよ、不動くん。――いつも全員揃うのは、お昼休みだけなんです。情報共有とコミュニケーションの場として、昼食は必ず一緒に、大鍋や大皿、半切りなどを使う料理を囲むことにしているんです。余った食材を有効活用できるというメリットもありますけど、イザコザを避ける意味合いが強いですね」
真理「ヘー。ホテル業務は、チームプレーですもんね」
不動「和を乱す分子が無ければ、ツマラナイ諍いが起こることも無いんだ。――なっ、修羅」
不動、修羅の取り皿に人参を入れる。
修羅「ちょっと、フーさん。何でオイラの嫌いなものばかり入れるのさ。軽いイジメだよ、コレ。パワハラだ」
弥勒「ぱわはら?」
大日「パワーハラスメントの略で、上下関係を利用した嫌がらせのことですよ、弥勒くん。ハラスメントの例を挙げるとすれば、他にも」
不動「支配人、そこまで。鍋が冷める」
修羅「フーさん。ナイス、ディフェンス!」
――名目上の支配人は大日さんだけだけど、不動さんも実質上の手綱を握ってるわね。きっと不動さんと大日さんは、この中で一番付き合いが長いんだろうなぁ。お互いの窘めかたが板に付いてるわ。




