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#004「セッポウ」

@フロントエントランス

大日「まずは本館から、案内がてら説明していきますね」

真理「はい。よろしくお願いします」

大日「フフッ。そんなに畏まらなくて結構ですよ。このホテル、元はお寺だったんです。いわゆる、宿坊としての役割を、時代のニーズに合わせて充実させていった結果、現在の形になりました」

真理「あの仏像は、その頃の名残なんですか?」

大日「良い質問ですね、川添さん。こちらの仏像は、当ホテルの御本尊、夢違(ゆめたがい)観音像です。現世にも、同じような仏像が安置されていますよね? 柿食えば、鐘が鳴るなり」

真理「法隆寺?」

大日「そうです、そうです。そのふくよかな身体のラインと、童顔で穏やかな表情、そして、実に滑らかでシンプルな衣をまとっているでしょう?」

真理「えぇ。癒されますね。(夜中に見るのは、ちょっと怖いけど)」

大日「そうでしょう。白鳳文化を代表する仏像として、日本風の表現が垣間見える造形には、神々しさの他に、どこか親しみやすさを感じさせるものがあります……」

――ウワー。変なスイッチを押しちゃったかしら? 瞳を輝かせて、学芸員顔負けの解説モードに入っちゃったわ。奈良に遠足に行った気分になってきた。どの辺で止めたら良いのかしらねぇ。

大日「……悪夢に魘されても、この観音像に祈りを捧げれば、良い夢に取り替えてくださるということで、江戸時代以降、夢違というネーミングで呼ばれるようになりました。民間信仰が、仏像の知名度アップに貢献したわけです」

真理、手を挙げる。

真理「あの、大日さん」

大日「何でしょう? ここまでで、何か疑問点や質問がありますか?」

真理「いえ、そうではなくて。そろそろ、他の場所に案内してもらいたいなぁ、と」

大日「そうでした。案内の途中でしたね。それでは、奥へどうぞ」

  *

@桜の間

――それから、手荷物を預かるクローク、レセプションやメモリアルにも使われるロビーラウンジ、料理を作るキッチン、作った料理を提供するビュッフェなどを見て回り、大階段を上って二階へとやってきました。

大日「南側のドアの向こうにあるのは、燕の間。中はベッドが並ぶ洋室になってます。そして、こちらが桜の間」

大日、襖を開ける。

大日「ご覧の通り、和室になっています」

真理「桜の間、ですか」

大日「そうです。何か、引っ掛かる点でも?」

真理「いえ、大したことじゃないんです。ただ、妹の名前と一緒だと思っただけで」

大日「そうでしたか。妹さんが居られるのですね」

真理「はい。わたしとは三歳違いで、高校生なんです。オッチョコチョイなわたしとは対照的に、とっても大人しい文学少女で、文芸部の部長も務めてるシッカリ者なんです」

大日「そうですか。素敵な妹さんをお持ちで、羨ましい限りです。――このホテルの周囲には高い建物がありませんので、パノラマサイズの絶景を楽しめるようになっています。こちらの窓からは、極楽の蓮の池を、そちらの窓からは、地獄の血の池を眺めることが出来ます」

真理、カーテンを開く。

真理「ウワッ、本当。遥か向こうに、真っ赤な池があるわ。……でも、変ね」

大日「何が変なのですか?」

真理「たしか『蜘蛛の糸』では、蓮の池の真下が血の池だったような」

大日「フフフ。著者の記述が、その通りだとすれば、釈迦は時空を歪めて犍陀多(かんだた)を助けようとしたことになりますね。でも、それでは、アインシュタイン泣かせの四次元世界ではありませんか?」

真理「えーっと。(パッと青色耳無し猫のシルエットが浮かんできたけど、それとこれとは無関係よね?)」

大日「釈迦といえば、現世にも、法隆寺の金堂に釈迦三尊像がありますね。飛鳥時代を代表する仏像の一つで、神秘的な笑みと、アーモンド形の目が特徴です。あっ、そうそう。銅像を鋳造する方法には、蝋型鋳造法という技法がありまして……」

――アチャー。また、変なスイッチを押しちゃったわ。今度は、何分後に解放されるのかしら? ホテルマンにノーは禁句だというけれど、この無間地獄にはノーと言いたいわ。わたしは、ノーと言える日本人だもの。でも、どのタイミングで切り出したものかしらねぇ。アーア。糸を辿って逃げ出したい。


※川添桜は『組曲「生徒会」』に登場する文芸部長です。


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