#002「オシキセ」
@ドレッシングルーム
――しばらく常世でお世話になると決まったからには、早いところ名前を覚えなくちゃ。えーっと。最初に会った瓢軽な男の子が、修羅さん。話を最後まで聞かずに早合点する、うっかり屋さん。ロビーで会った二人の男性のうち、微笑みを浮かべてた優しいほうが大日さん。真面目なんだけど、ちょっとズレたところがありそう。もう一人の眉間に皺を寄せてたほうは、不動さん。怒りっぽいけど、割と常識人だと思う。二人に振り回されて、苦労してそうだけど。
不動「川添。着替えは、まだ終わらないのか?」
真理「もうちょっとです」
――ホテルとはいっても、宿泊用の客室は二部屋しかなく、常世の住民でもないあたしが、その片方に居座る訳には行かない。それにしても、不動さん。『成仏してないナラズ者に、タダで飯を食わすと思ったか。見習いとして雇ってやるから、本気を出して働け』とは言い過ぎじゃないかしら? あたしだって、元々働く気満々で来たんだからね。
真理、カーテンを開ける。
真理「お待たせしました。どうですか?」
不動「ウーン。やはり、男物では合わなかったか。ちょっと腕を肩の高さまで上げてみろ」
真理、言われた通りにする。
真理「こうですか?」
不動「(肩の芯は、抜いたほうが良いな。袖も、少し詰めよう。どちらもウエストは絞るとして、裾は折ろうか。)……よし。仮留めするから、ジッとしとけよ」
不動、待ち針で服を留めていく。
真理「ワッ」
不動「動くな。刺さったら、怪我するぞ。……よし。そのまま、さっきの服に着替えろ。針を外さないように注意しろよ」
不動、カーテンを閉める。
――何をしてたかというと、仕事で着るお仕着せの採寸をしていたの。でも、まさか女子社員を雇うことになるとは思ってなかったらしく、制服は燕尾服しか用意が無いのだとか。それで、サイズが近そうな社員さんの服を、急遽お借りすることになったの。まぁ、メイド服を着たかった訳じゃないけどね。そうよ。別に、メイド服に憧れなんていだいてないんだから。……グスン。そういえば、この制服の持ち主は、これまで会った三人のうちの誰かではないのよね。その人の名前は、えーっと。
真理、脱いだ上着の裏を見る。
――この漢字、なんて読むんだっけ? たしか、日本史の授業で習ったはずなんだけど。オカシイなぁ。受験のときは、キチンと記憶できてたのに。アーア。もっと、ちゃんと覚えておけば良かった。……まっ、いいか。ここは、不動さんに訊いてみよう。
真理、カーテンを開ける。
真理「着替えましたよ、不動さん」
不動、真理からお仕着せを受け取る。
不動「よし。それじゃあ、次は」
真理「ねぇ、不動さん。その服の持ち主と会うことは出来ないんですか?」
不動「ん? 弥勒に会いたいのか? そうだなぁ。まぁ、いずれ顔を合わせなければならないから、早いうちに済ませておくか」
真理「何か、お会いする上で問題でも?」
不動「ちょっと、面倒なことになるかもしれない。だが、心配は要らない。危ない奴ではないんだ」
真理「そうですか。それなら、良いんですけど」
――ホッと胸を撫で下ろしてるのは演技ですからね、不動さん。あと、眉間の皺を深めないでくださいよ。すっごく不安になるんですけど。