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LV92

 テオドアのぱーちぃから一夜明け、翌日から普通の授業内容に戻り、午後からも気怠いモーティスのダミ声に悩まされる始末……あ~あ、あんな憂鬱なお仕事があった次の日が、休日じゃなく平日だなんて、信じられないよ。

 あんだけ、精神力が削られる大仕事があったんだから、普通、休みでよくない?

 俺様にもテオドアに匹敵する権力があれば、半日で授業を終了して昼寝に当てるのに。なんとままならないことかしらん。


 しかし、もっと休みがないのは四六時中、テオドアに追いかけ回されてるシャナンだ。今日も今日とて「昨日のパーティは如何でしたか?」と、シャナンラブっぷりを勝手にひとり演出をしていて、大層ウザがられている。


「とても素敵なパーティでしたね。料理も懐かしい味ばかりでとても楽しめました」

「そうですか? では、次に開く時には如何しましょうかしら……」

「いえ、次の機会には、他の方々の意見を参考にされては? 僕好みのものが続いたら、飽きられてしまいますよ」


 では、と、シャナンは軽やかに断りを入れて、テオドア一派の囲いをぶち抜いてきた。……うけけっ、シャナン様の断り方にも板についてきましたね。

 前は、挙動不審にドモりつつ「あ、いえ」なんて、ヘタっぴにも程があったのに。生存本能が適応を余儀なくされたようだ。

 シャナン様に成り代わりましてはばかりながら、私からぱーちぃの感想を述べるなら、お茶を被った制服、大丈夫でしたか~? と、厭味ったらしく聞いてやりたい。

 おほほっ、とシャナンの右っ側を、ボギーとその対面を私とを固めて、教室を出でた。……まーだ目が追ってきてない? テオドアも色々と、必死だな。


「あ~、怖い怖い。少しアプローチが止んだかと思ったら、パーティの準備に忙しかっただけみたいっすね。これから、連日テオドア詣でが始まりますよこれは」

「……嫌なことをサラッと言うなよ」

「いえ、さっきみたいな切り抜け方をすれば、あんな執拗な手練にも対処できますよ」


 ボギーが、そう上機嫌な様子で元気づけた。

 ……やけに、力を入れてるけど、ボギーたんも早くロザンヌとクロエのように恋仲にならないと、マズくないか?




 軽口を叩きあいながら放課後の廊下を歩いていけば、ふと、その玄関口の前で俺たちを待ち構えるかのようにふんぞり返っている生徒がいた。

 それは、辺境伯のバカ息子のレオナールだった。

 ……なんだありゃ。ぱーちぃでは期待したほど、おもしろいことをしでかさずに静かだったくせに。その雪辱でも果たすつもりがあんのかしらん?

 俺とシャナンは一瞬顔を見合わせたが、アレと仲良くおしゃべりする間柄でもないので無視して行こうとすると、なにを血迷ったかレオナールは俺たちが行こうとした道の前に足を出して遮ってきた。

 ……向こうは用事があるっぽいな。

 へーへー、なんでござんしょ? と、へりくだるでもなく、無表情にてレオナールの仏頂面を見やると、向こうの方も、なぜか、俺とボギーとを値踏みするような視線を向けてきた……こっち、見んなし!


「オイ、そいつらはオマエの侍従だよな」

「そうだが」


 シャナンは憮然と言い放ったら、レオナールはニヤッとした。


「ふん。……見てくれは不細工でもないな。ま、我が家の体面を汚すほどでもないか。それでフレイ・シーフォはどっちだ」

「こっち」


 と、俺がボギーを示した指が、アンタでしょッ! と、本人にパシッと叩かれた。

 チッ!

 変わり身の術が、喝破されてござる。

 ……いや、こんな厄介そうなヤツに名前と顔が一致されるって。それだけでげんなりするんだが。

 俺はなるたけ小さくなりつつ「……なんでございましょうか」って、レオナールの前に出ると、呼び出した本人の眉が微妙にひそめられた。


「あ、れ? オマエ、どっかで見かけたような……」


 ……そら、なんどとなく会ってますからね。

 レオナールのキノコヘアーのド頭にはインプットされてなく、後ろの侍従に耳打ちされるまで思い出せなかったようだ。けど、こっちはそう簡単に忘れてやりますかっての。


「まさかあの時の下女か……それもちょうどいいか。ウチと縁があるのなら申し分ない。フレイ・シーフォ。オマエはテストで1位を取ったそうじゃないか」

「は?」


 テストって。一週間前に受けたアレ?

 学院のテストは筆記の方は、現世のものとあまり変わらないけど、唯一の違いは行儀作法や剣術といった実技面での成績も加点対象になることぐらいかな。

 その辺の実技も、ひと月以上も前にやったあの剣術テスト。

 それから王城から月イチでやってこられる、ミランダ女史の作法の授業も、テスト対象となってる。まぁ、どれもこれも、俺からすれば小学生レベルだから。楽勝なんだけどね。筆記テストも制限時間の半分で穴埋めを終えたら後は寝てたぐらいだし?


「あ、でも。まだわたしのとこに用紙は貰ってないですよ? 採点はいつですかね?」

「……いや、今朝、モーティス教諭が掲示板に張り出されてるって言ってたでしょ」


 え、ガチで!? そんなの初耳ですけど!


「え? で、わたしの順位は?」

「えっと……たしか、47位だったわね」

「わたしの学力低すぎーっ! って、全然下じゃないッすか!」


 うわっ恥ずかしい!

 小学生レベルっつった、俺チョー、恥ずかしいッ!!

 だれだよ1位つったやつ!

 おかげで余裕綽々ぶって、めっちゃ恥かいたわッ!?


「……いや、だから侍従はべつだって前にも言ったでしょ? 1位から46位までが貴族様たちで、あたしたちはその下から数えるの! だから従者では47位からで、そのトップにはアンタなの!? もう、わかった!?」

「な、なんだ。そういうことですか」


 貴族様のメンツを初めから潰さぬよう、必然的に47位スタートなワケね。

 ……ハ~、驚いて損したわ。

 俺はホッと胸を撫で下ろすと、ボギーはほんとになにも聞いてないんだから。と、額に手をあてた。いや、いつもはちゃんとしてるのよ? 昨日の今日で、疲れててうっかりしてたってだけだから!

 てか、ついでに貴方方の成績はどうなのよ、ってシャナンは堂々の1位か。やるな……ボギーは50位? おぉ、クォーター村勢が上位を占めるとは。田舎も捨てたもんじゃないね。


「貴様みたいな田舎者でも、他の薄らバカどもとは出来栄え違うってことだな。それだけの成績優秀者であるなら、我がローゼンバッハ家の侍女として仕えるに不足はないだろう。喜べ。貴様を雇ってやる」

「…………」


 なに、起きながら寝言言ってんだこいつ?


「あの、それは、どういうことでしょう?」

「どうも、こうも、言葉通りだ。貴様を我が家に雇ってやるというんだ。どうだ、有難い申し出だろ?」

「………… …………」


 有難い申し出、ってなにがだよ。

 つーか、その不遜なまでの上から目線からして、すでに有難迷惑なんですが、ソレは?

 俺が沈痛に頭を抑えていたら、シャナンが苛立ったような声で「なにを勝手なことばかりペラペラと。わかるように説明しろよ!」と、叫んだ。


「フン。貴様もバカだな。我が家のような立派な伯爵家に仕えるには、それ相応の優秀な人材にしか務まらんのはバカでもわかる道理だ。そういう人材が目に付いたなら、スカウトするのは当然だろ? それに、そもそもローウェル家は子爵の分際で、ふたりも従者を侍らすなどと、なまいきな……それ、そこの侍女一名を、ウチに寄越せば、相応の家格に見合ったものになるだろ? 持参金も持たせてやるから、黙ってオレの指示に従え」


 ……なるほどな~。

 こいつ真剣に阿呆なんだ。

 レオナールはわかったか? と、いったふうに胸を沿ってるが、周りの空気を感じろよ。見てみ? 沸点の低いシャナンが怒るどころか哀れみの混じった目をしてるから。


「話は決まりだな。オマエは明日から栄えあるローゼンバッハ家の家臣だ。わが家の名を穢さぬようせいぜい尽くして――」

「いえお断り致します」

「は?」


 は? じゃないから。

 さっきから黙って聞いてりゃ、俺の意志確認もなにもなく、手前勝手だけを言うて。

 こんな横柄な勧誘なら、前のいざこざがなくったってごめんだよ。


「わたしのようなものにタイヘンご名誉な有申しでではございます……が、わたしがいまここにこうしておられるのも、ローウェル家の大恩があってのこと。その御恩に報いることもなく、どうしていきなり家を変えることができ――」

「そんなこと俺が知るか」


 カチン。ときた。

 ……どうやら、こやつめは私が辛うじて浮かべてた笑顔と、最低限の礼儀をすべて無に期せたいらしい。


「オマエはハイ、と頷いていればいいんだ。後は父上が話をつけてくれるからな」

「……重ね重ね申しわけございませんが。寝言は寝て言えでございます」

「なんだとっ!」


 レオナールは激昂した。

 しかし、私が話に付き合う道理はないし、もう終わりだ。

 じゃ、失礼します。


「おいっ待て! フレイ・シーフォ! こんな話を断るって言うのか!?」


 レオナールは真っ赤に熟れたトマトのようになって俺の手をふん掴んできた。

 ……痛っ、離せっての。


「なにが不満だ! オマエにも金をやるんだぞっ!」


 ……おいおい、なにが不満って、常識で考えてよ。

 いま、私がここに居られるのはローウェル家のおかげでもあるんですよ?

 それがちょいと、良い条件を示されたって、そんな誘いに乗って恩義のある家に後ろ足で砂かけて出てくマネできるかっての。


「フレイの意志は聞いての通りです。彼女の口から止めぬと言わない限り、フレイは我が家の従者です……それで話は終わりでしょう?」


 シャナンがたまらずといったふうに俺たちの間に割って入った。レオナールは残虐そうな面をすると「チッ! 主も侍従も碌なバカ揃いだな!」と、吐き捨てて行った。


「なにアレ。感じ悪」


 と、ボギーがベーッ、とレオナールの背に向かって舌を出した。

 ホント、ソレな。



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