LV91
「さぁ昼食会がどういう様子だったか洗いざらい話してもらいましょうか」
「……そりゃ構いませんけども」
テオドアダンジョンからようやく帰還の途につけた私ですが、隠れボスのボギーたんが自室で手ぐすねを引いて待っておられた。
なんだか、相当に待ちかねていたのか部屋中を冬眠間際の熊のごとくうろついていたようで、俺が「ただいま」の、た、と言った瞬間に、顔面をクローで掴まれるという、この日一番の恐怖を味あわされた次第である。
……その~、私も話をするのはやぶさかではないんですが、その前に少し距離をとってくれない。毛穴がパッチリ覗けるぐらいに顔が近いのはいいんだけど、瞳の瞳孔が開いてるのはちょっとしたホラーですよ?
ボギー様の獰猛な肉食獣のようなボギー様に震えつつ、しっかり腹が減っていたので、食堂で貰った遅すぎる昼食をいただく。ふぅ、渋めにいれたお茶は美味しいわぁ。熱が胃のなかにじんわりと満たされていい気分。
まぁ、その間にも「早く話しなさい」と、いった視圧が凄いんだけども。
「早く教えてよ。べつに昼食会で出たような豪華ランチでもないんだから、後でだって食べれれるでしょ?」
「……そんな嫌なこと思い出させないで」
人のランチを途端に味気なくさせないで。あんな豪勢なランチとパンとチーズのランチなんて、引き比べられるだけ可哀想でしょ。
「もう、寮母さんだって。夕飯の支度に忙しいのに」
「しょーがないでしょ、お腹空いたんだし。わたしの代わりに早弁の文化を認めよ。って、学院に抗議してどーぞ」
「出来るワケないでしょ? ヘタしたら退学ものよ」
……まぁね。
この学院って、異様に行儀悪いことを毛嫌いしてるから。
でも、他の侍女たちなんて「お腹が鳴って主に恥をかかせないように」昼休み前に水をがぶ呑みしてんだぜ。そっちの方が行儀にも身体にも悪いと思うが。
あ~ん、とチーズを載せたパンに手を伸ばすと「ソレはあたしの」と、ひょいっと取り上げられた。
「ふぉれでぱーちぃはほうだったの?」
……喰ってから喋ろよ。
熱いリクエストにお応えして、食堂で起こった出来事を、事細かく伝えていった。
食堂の雰囲気から、シャナン周りに押しかけてきた女子たち、それと、エミリアやその兄のヘンリー君、その後のジョシュアと、ヘンリーとの諍い。それから、主催者テオドアの愉快な早退劇……それを思いだすと、私もとても微笑ましい気持ちになるの。
しかし、テオドアのもてなしもなかなかオツなものでした。ビュッフェにはありつけなかったけど、テラス席でのお食事には一角兎のローストにビーンズを添えた物がでてきちゃって。あれって、クォーター村での懐かしの味でしょ?
恐らく、あの巻き舌めはシャナンから聞き出したメニューを出して、胃袋に右ストレートを繰り出してきてたわ。いやはや、危ない所でした。もし、私があの場でタッパーを持っていたら、あそこの料理を根こそぎ持ちかえって、テオドア様のおわす方角に向かった感謝の舞いを……って、だいじょぶボギー?
「…………」
……テオドアのおもしろ顛末を語ったのに、ボギー様のご機嫌が前以上に斜め下を向いておられる。
あ~、全部を正直に話すのは迂闊だったかしらん? でも、シャナン周りに女子が蔓延るのはいつものことだし。あ、でもでも、今日はあんましベタつく女子は少なかったよ? ほら今日はいつも以上にパーティぽくって、会場の雰囲気が違うから。……ただ、頬を桜色に染めてた女子たちも、数人いたっぽいけどね。あいつも勇者の血筋どうこう以前に、素でモテるっていう感じだから……
ひーっ、ちょ、ボギーたん! お、落ち着いて……カップは割らないように、ね?
「べつに割りませんよーだ」
と、ボギーはヤケ酒みたいにお茶をあおって、少しくムセた。
……あ~あ、言わんこっちゃない。
シャナン周りに女子が集まって賑わいでるので、落ち着かないのかね。
テオドアに加えて、エミリア・ハミルトンっていう、三侯爵家の大物まで擦り寄ってきてたし。……いままでは、トーマスさんの妄想じゃね? で、気楽でいられたが、そうも言ってはおられないよね。ボギー的にもライバル続出ってワケだし?
「ヤキモキしてるぐらいなら、いっそのことボギーもアプローチすればいいのに」
「……なにが言いたいのよ?」
「いや、テオドアは嫌がられても執拗にねちっこく、アプローチ仕掛けてるのに、ボギーは受け身なばっかりで、なんにも行動をしないでしょ? シャナン様に意識されるような、行動をしなきゃ、卒業してもずっとシャナン様との立ち位置が変わらないじゃない?」
俺が滔々と語った言葉が、ボギーの脳内を激しく占有していった。と、思うとその栗頭がこてっ、と折れた。
……あぁ!? わ、私が述べた正論という毒が、まさかの致命傷に!?
大丈夫か! しっかりしろーっ!
と、あせあせと、呼びかけていたら、悄然と起き上がったボギーが、
「うるっさい! あたしだってやる時にはやるのッ!」と、ブチ切れた。
「や、やるってなにを?」
おうむ返しに聞いた俺に頷くと、ボギーはすくっと立ち上がった。まさか、怒りに駆られて告白!? と、ぎょっ、としてたら、近寄っていったのは書棚であり、そこから一冊の本を取り出した。
……タイトルからして恋愛小説っぽいけど。そんなのでどうするのよ?
「シャナン様との、その本番の時のための予習! この告白場面の再現をするの!」
「……をい」
……あの、ボギーたん? ヤル気になられるのはよろしいですが、告白場面の再現って、告白以前に、あの朴念仁ヤロウに意識されなければ、ならないと思うのですがね。
その、告白といったことは時期尚早というか、まずは、外堀を埋めていく作業手順から努めていった方がよろしいかと。
「そんなまどろっこしいこと、今更やりたくもないもん! いいから、こっちのヒロインの台詞を暗記してよね」
なんて、ずいっ、と押し付けられた。マジかよ。しょーがねぇなぁ……えっと月夜の晩、人目を避けて街を抜け出した、ロザンヌとクロエは……って、おいちょっと待って。こ、これキスシーンがあるじゃないかっ!? なな、なんとそんな……。
ダメよボギーたん! 私たちの関係にはまだ、早すぎるというか――
「「クロエ。君はいまなにを考えているんだい?」」
「えぇ!? ちょ、その……「きっと、いま貴方と同じことのはずよ」」
「「そう? ……なら、正解かどうか確かめてもいいかな?」」
「……「「ええ」」
…………うわっ、よくないんだけども、いつも文句ばかり言ってるボギーの唇が迫ってくるーっ! 演技なのにどきどきだが、けど、いいのかっ!? 前世から含めた、私のファーストがこんな形で、奪われて……。し、しかし、もう逃げ……は、はわわ。
…………。
ど、どうしたんだろう?いくら、待てどもキスの雨が降っててこないんだが?
「……ちょっと、目を開けて」
って、固い声で言われて従うと、微妙な顔をしたボギーが気まずそうに下がっていった。
ど、どうしたのよ。急に……
「……いや、思ったんだけど、なんであたしがリードする場面なの? 普通、逆だよね」
「いまさらソレーッ?!」
てか、ヒロイン役を割り振ったのは貴女でしょ!?
てっきり、ボギーたんが告白場面で度胸付けするために、ってやってたかと思ったのに。まさかリードされたいってか!? なんだそりゃ?
「べつに。恋愛は度胸試しじゃないでしょ……てか、なんでフレイは目を閉じてるワケ。意味わかんないんだけど?」
「はぁああ? 普通、閉じるでしょ?」
「クロエは閉じないの!」
知るかそんなこと!
「大体、キス場面で目を閉じてたら、どうやって相手とするのよ」
「……いや、こう、なんですか? お互いに自然と吸引しあっていくものでして」
と、吸引力の落ちない唯一の掃除機のCMのように、簡潔にしてわかりやすーく説明をしたが、ボギーをそれを鼻で笑った。
「自然にってなるワケないでしょ? ふーんだ、さんざん日頃から人のこと、乙女チックだなんだって、バカにしてたけど、フレイが一番乙女チックじゃない」
なんですって!?
人がどぎまぎと、キス待ちしてたのを土壇場でお預けした挙句、人のキス顔をあげつらうわ、乙女により乙女と言われるだなんて……こんな乙女の純真を――あ、いや、紳士の純情を弄んで……気まずさと照れ隠しからきたる暴言にしても、非道すぎるわ!
返して、私のときめき返してよ!
「あーもう、ウザい! フレイ、ハウス!」
「まさかのイヌ扱いッ!? てか、そっちが境界線を越境してきたんでしょ!?」
しかも、やっぱいらね、わ。って、ポイ捨てして、オマエのキス顔ブッスって捨て台詞までつけて!? 世紀末の種もみ強盗団よりやってることは非道いよ!
「……もういいから。フレイのファーストキスは他の人のために取っておきなさいよ」
……クッ、なに、その上から目線! つーか、私が告白に失敗したワケでもないのに、なんで、こんな無駄に傷つけられなきゃならんのか。
乙女からぶん殴られたような理不尽を嘆きつつ、俺はボギーが置いたままにした明るい色調の小説を、せめてもに恨みがましく見つめた。




