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LV90

 ヒューイを軽やかに見捨てたはいいが、肝心要めのシャナンの姿がどこにも見当たらなかった。あまり、広くない食堂とはいえ、人がごった返してる上に、侍従ともなれば隙間を通り抜けるにも失礼がないよう、気を遣うしで捜すに苦労する。

 ……く~、普段はあんだけ目立つふたりなのに、どこに迷子になってんのよ。このままではボギー様から、きつ~いお仕置きが……。あ、あっちの中庭は見てなかったっけ。と、俺は藁にもすがる思いでせかせかとガラス戸を抜けて中庭に出でる。

 と、そこのテラス席には無数の人だかりができており、その聴衆に語り掛けるかのように赤髪の男子生徒がひとりだけ立ち上がり、

「――新入生諸君の学院生活が幸あるものとなるよう」ほにゃららら~と、演説してる。あれは確か、テオドアの兄貴のジョシュアだっけ。相変わらず派手な改造制服だな。しかも薄~く、化粧までしてね? 兄妹揃ってヤル気満々ですか?


 しかし、その赤い頭は良い目印だ、と俺はテラス席周りをぐるりと拝見していったら、やはり――シャナンを発見伝!

 もう、何処に行ってたのよ。捜したんだからねぇ!

 と、近寄れば(……オマエ! どこに行ってたんだよ)椅子の背にそり返ったシャナンに叱られた。どうやら、迷子は俺様であったらしい。


(いえ、少し入り口で戸惑ってたらヒューイとそのおかしな侍従に捕まりまして)

(……ヒューイ? …………あいつも来てるのか)

(えぇ)


 たはは、と頷いたらシャナンは渋い顔をした。

 ……ン? やっぱ相性が悪いのかねこのふたりは。ま、いまはそれは置いといて。


(それより、パーティはどんな感じになってるんです?)

(……見ればわかるだろ?)


 ……あぁ、ルクレール家を囲む会ってことっすか?

 さすがに上座にはクリスティーナ王女がついてるが、その右隣の席でジョシュアが気持ちよさそうに演説し、クリス姫の左隣をテオドアと姫様を両隣から挟み込んだ挙句、続いて俺たち。と、狙いがあからさまに透けてる配置でござる。

 まったく、感心するほどの、上昇志向の塊具合よね。

 呆れながらもホスト役ぶったジョシュアから新入生へ贈る祝辞を聞き流す……にしても、長げぇな、おい。向こうの食堂では、ビュッフェを楽しんでいるのに、席についてしまったがために、こんな不自由を強いられるなんて……おかしくね?


「ねぇまだ話続くの? いい加減、ボクお腹空いたんだけど。もう行っていい?」


 と、対面の席で足をぶらつかせてたポニテの女子生徒が、そう立ち上がった。

 ……むっ、あれはエミリア!

 おのれ胸を揉まれた恨みは忘れんが、その言葉だけは正しい。

 いいぞ、もっとやれ! と、ひそかに応援してたら演説を途中で止められたジョシュアが不快気に眉をひそめてエミリアに喰ってかかろうとした。が、テオドアが兄に目配せをして止めると、エミリアに含み笑いを向けた。


「ふふっ、エミリア様は気が早いのねぇ。でも、こちらの席にいた方がよろしくてよ。これからワタクシ共が呼び寄せた一流の料理人の手による品が、出てきますからね」

「えぇ~? ボクは自由に食べたいんだけど? お肉だけでいーよ」

「……ちっ、エミリア! ハミルトン家の淑女として、そんな野蛮なことを言うなッ」


 ぶ~たれたように言うエミリアを、隣のモノクルをつけた神経質そうな男子が苛々とした様子で机を叩いて叱った。


「兄さんに指図される謂れはないでしょ。ボクがなにを食べようが、じゆーじゃない?」

「なにが自由だ! 指図されたくなければ、それ相応の振る舞いを身につけろ!」

「ヘンリー様。あまりお怒りにならないで……」


 たまらずといった風にクリス様が苦笑交じりに宥めると、ヘンリー君はハッと、弾かれたように気恥ずかしいような顔をした。


「……いえ、こちらこそ。姫様の御前で妹が非礼な振る舞いを」

「本当だな」


 と、ジョシュアがニタニタとせせら笑うと、ヘンリーは小さく舌打ちして睨んだ。

 ……なんだか、不穏だ。




 やがて気づまりな雰囲気になったが、ジョシュアの演説も終わりようやくお待ちかねのランチを各主様方へとサーブしていた。

 が、その場の雰囲気にはなごみが生まれるでもなく、食器の鳴るかちゃかちゃ音だけが、耳につくぐらい場が盛り上がらない。

 それは、ホスト役の意味をはき違えてるジョシュアはクリスを口説くのに夢中で、ホステス役のテオドアもシャナンを独占して、話題を振り分けることもしないせいだ。

 ……てか、兄妹の狙いは兄が王配、妹は英雄の血って。まざまざとわかるな。


 バターをケチるホストたちを他所に、すきっ腹が引きつる程に背筋を伸ばして、守護神のごとくに控えていたら、四方八方から、男女問わずにシャナンを値踏みするような視線が飛び交っている。

 ……この全員が敵、あるいは擦り寄ってきたがるご令嬢、なんだろうか。

 いや、好意を向けられるにしても、どう判断をしていいのか、まったく俺には検討もつかないわ。こんだけ人の視線に神経を使うとは思わなんだよ……

 まあ、一番こっちを睨んできてるのは、下座の辺境伯のバカ息子のレオナールなんだけど、あんな敵意が剥き出しにされる方が、かえってわかりやすくていいよ。ウザい、と殴ればいいだけだからな。


 つつがなく食事がすむと、そろそろ宴もたけなわな所に、さっき激昂してたヘンリー君がそそくさと、クリス様元へと歩みより、突如として頭を下げた。


「ヘンリー様?」

「先ほどは、ウチのエミリアがとんだ失礼を致しまして……」

「そんな、エミリア様は貶されるようなことはしておりません。私が出しゃばっただけですので、お気になさらず」

「……いえ、ハミルトン家の人間が騒ぎを起こしたのは事実。我が愚妹の振る舞いは許されるものではありません。兄としてその不始末を起こしたことは、心からお詫びいたします」


 ヘンリーという男子が重ねて首を下げたが、クリスは困惑しながら「いえ」と軽く首を振ったが、姫様の隣からハッ、とせせら笑う声を揚げた。


「おいおい、キミの妹のことで謝罪をしたいんだったら、他に頭を下げる相手がいるんじゃないかなぁ?」

「……あぁ、居たのかジョシュア。存在感の欠片もないから気づきもしなかったな」

「ご挨拶だな」


 ジョシュアがハッと洟で笑うと、ふたりの間にチリチリと火花が飛びかった。

 ……こいつら、同じ三侯爵家だろうに相当仲が悪いみたいだな。

 ふたりの目的は姫様ってかち合ってるからかしらね?

 一気に場の空気が凍りつき、ネチネチと口喧嘩を始めるふたりに、姫様が宥めようと板挟みになってる。おい、ホストが気を遣わせるなよな。ったく。


「シャナン様、あれを止めてくださいまし。そうすれば、一躍シャナン様が姫様の英雄となるチャンスでございますよ」

「……いや、止めろと言われても、どうやる?」

「そんなことはわかりません」

「……ダメじゃないか」って、項垂れないでくださいよぉ。あれじゃ姫様が可哀想だってお思いになられるのならば、そこはそこ火中の栗を拾う覚悟でぶつかってください。私は骨は拾いませんけどね。


「あれのことは気にするだけ損だよ?」って、ハスキーな声がして振り返れば、はにかんだような笑顔のエミリアが立っていた。おわっ、いたのか、この乳モミ娘ッ!?


「いがみ合いも十年も続けば様式美の域に入ってくるよね~。ま、ふたりの間に入るのも野暮だし、放っとくのが一番だよ!」

「……は、はぁ。そうですか。で、貴女は?」

「ボク? エミリアって言うの。ねぇ、キミが勇者、なんでしょ? ……うっわ、凄いなぁ。ボクも伝説を目撃しちゃってるんじゃないのこれ!」

「……は、はぁ」

「キミのことは学院内でも噂になってるよ! あの、剣術テストでもぶっちぎりの一位だったんだものね。いいなぁ。見たかったなぁ! あの時は、阿呆兄貴の試合を応援に~、なんて、侍女たちに邪魔されて見れなかったんだよねぇ。ねぇ、いつか、キミとボクと手合せしてよ、ね、いいでしょ?」


 輝くような笑顔で迫られて、シャナンはたじたじとしてる。

 ……シャナンの阿呆が、女に弱すぎんだろ。まぁ、べつに俺が気にすることじゃないんだけど。

 シャナンの助け船に、お茶をお出ししますねー」と、茶を淹れて差し出したら「エミリア様は相変わらず剣のことに執着してらっしゃるのね?」と、大ボスが現れた!


「うん。テオドアも手合せしたいの?」

「ご冗談を。この学院で勇者様に勝てる相手などおりませんわ。ですよねシャナン様?」

「……いえ、そんな。僕は勇者だと噂される程では」

「ふふっ、ご謙遜を。毎朝、剣術の稽古で汗を流されてるのは、シャナン様ぐらいでしょう。そんな熱心なお方に勝てる相手など他にいませんわ」

「……勝てる相手は、近くにいますよ」


 と、シャナンがこっちを振り仰いだ。え、俺?


「キミが?」

「そうです。フレイは僕よりも強いはずです」


 いやいや、ご冗談を。

 前に村で一度勝ったぐらいで、後は負け続きじゃないっすか。そんなよいしょされたって、木に登る豚ではないっすよ?


「へぇ~、すっごいなぁ。キミってやっぱり優勝しただけあって、そんな強かったんだね!」

 しかし、エミリアは興奮したように、ぐいっ、と俺に向かって手を差し伸べてきた。その拍子に、隣でグラスを傾けていたテオドアの肘にぶつかった。テオドアは「キャッ!?」って、悲鳴をあげると、制服のスカート一面にジュースの汁がべったりっ! なんたるザマァッ!?

 テオドアは目を血走らせながら、震えた声で「あ、貴女って人はっ……!」と、襟足に手を添えて謝るエミリアを睨み据えた。


「ごめんごめん。服が濡れちゃったね。着替えなきゃ風邪ひくかもよ」

「触らないでよ!」


 悪びれる様子もないエミリアの手を振り払うと、慌てて近寄ってきた侍女も払いのけて、怒り狂ったままサロンを出て行った。

 シ~ンと場の空気が固まると、喧嘩に勤しんでいたジョシュアも我を取り戻したかのよう「き、きみたちはパーティを楽しんでいてくれたまえ!」と、急いで妹の後を追った。


「いや~、悪いことしちゃったかなぁ。でも、ボクに悪気はなかったし、肘が当たったのは偶然だししょーがないよねぇ」


 ……その言い方、確信犯ですね。

 エミリアは悪い笑みをして「そんなことより、ボクと話ししよー?」と抱き付いてて、シャナンを面食らわせてる……やっぱ、エミリア様のお腹もドス黒い色合いなのですね。




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