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LV89

 放課後の静けさに満ちていた廊下には、お嬢様方のカツカツと足音が高く響いている。

 貴族用の食堂へと向かう道すがらだというのに、まるで有名大学の医局長の集団回診のようだ……こんな人気のない廊下で、もし向こうから迫ってくる場面にでも出くわしたら、そのままちびってもふしぎでないレベルの威圧感だろう。

 しっかし、ルクレール家の権勢って、こうして眺めて見れば凄いものだわ。強引な学院の授業変更もそうだし、パッと見で30人以上の女子を従えてるんだぜ。

 ……いや、最初に潜るダンジョンにしては、難易度が高すぎんだろ? ってレベルよ。こんなの相手にして、シャナンは無事に帰ってこられるんだろうか?

 て、前の様子が、こいつら多すぎで見えないし。

 ……いや、こいつら、わざと人の視線を遮ってんじゃね? ……って、やっぱそうだわ。人が横にずれてもついてくる。えぇい、この、取り巻き共が、人の通行を遮りおって! 邪魔だってぇの!




 飛び跳ねながら後をついていくと、すぐに貴族用の食堂の入り口へと差し掛かった。

 手荷物のようにテオドアに抱えられたシャナンたちはすぐに食堂に入っていったのだが、テオドアの右腕のひとりが、通せんぼするようにくるりと、取り巻き立ちを留めた。

 ……な、なんだ? 急に、貴族の子女たちが、固唾を呑むように緊張した顔つきになったんだけど。

 俺は訝しんでいたら、右腕はぞんざいな口調と手つきで、各家の名前を呼び上げていく。と、半分にもいかないぐらいで、彼女はスバラシイ笑顔をして――ポン、と打ち切るように手を叩いた。


「ハイ、残念ながら。ここで名を呼ばれなかった皆様とはここでお別れ。次の機会をお待ちになってね。ルクレール様の目にしっかり留まるよう、更なる献身を尽くされることを願いますわよ」


 それでは行きましょ。と、右腕は振り返りもせず、呼ばれた子女たちを引き連れ食堂へと入っていった。

 ……うはぁ、自分とこの取り巻きたちも、ふるいにかけるってかよ。なかには上級生までいたのに、エゲつないことすんなぁ。

 俺からすればこんないけ好かない集まりなんぞに加わった方が、不名誉だと思うけれど、入ることも許されなかった子女たちが悔しそうに俯いている。

 ……なんだか、入るのもはばかられる、というか生き霊のごとくに祟られそうだわ。




 俺は恨みがましい視線から逃れるように中へと入ると、そこは普段の食堂の雰囲気とは一変していた。

 明るい日差しが差し込む店内は、移動がしやすいようにかいつもの座席が片づけられ、豪勢な料理を並べたテーブルが配置されるビュッフェ形式になっている。

 腕によりをかけたような、見てるだけで垂涎物の料理を片手にして、談笑にふける貴族の子女や侍女を含めて、およそ100人程度がいるのだろうか。それでも、圧迫感を感じないのは、中庭にもテーブルが配置されているからだろう。

 ……なぁにが、ぱーちぃだ。と、小馬鹿にしてたが、まさにぱーちぃでしたね。テオドアのヤツもよくここまで準備したものよ。

 って、ボギーから直々にシャナンのお目付け役を仰せつかっといて、感心してられないよ。えぇ、とシャナン。シャナン……くっ、人が多すぎでわからん。あの朴念仁は何処へいった?


「――テオドアさん」


 むっ、その名はっ!?


「って……なんだヒューイじゃないの」


 ヒューイがにっこりした笑顔をしていた……なんか久しぶりだな。元気してたかね。


「こんにちは。今日はお呼ばれしたから、そのご挨拶に伺いにね」

「……いや、だから、私の名はフレイでございます」

「うん、知ってる。本人とはぼくも何度もお会いしたことがあるって、前に言わなかったっけ?」

「なら意地悪しないで、ふつーに呼んでくださいな。その名を聞くと蕁麻疹が……」


 俺が両腕をこすらすと、ヒューイはクスっと笑った。なんか、パーティ仕様なんか、いつもの雰囲気と違うな。そのボサッとした緑の癖っ毛も、整っておられる。

 前にシャナンにお叱りを喰らってから、一度も会えてなかったが、いや懐かしい。と、近寄っていったが、それを遮るようにヒューイの後ろから、黒髪をオールバックで固めた侍従の男が前へと出てきた。


「……失礼ですが、貴女様がフレイ様で?」

「あぁ、ハイ。ローウェル家の侍女である、フレイ・シーフォでございますが」

「……なるほど」


 と、侍従はそう呟くと、顎に手をやって、こちらを不躾に足先から頭まで眺めてきた。……なンだ、この失礼な男は。ワックスで固めた黒髪をふん掴んでや――あ、いえ、ふん掴みますわよ?


「ちょっと、クルトワ……失礼なことは止めないか」


 と、俺が不快に眉をひそめたのを、ヒューイがとりなすように、侍従を咎めた。


「いえ、これは失礼。非礼なことと承知しておりますが、私の勝手な独断と偏見で貴女様を評価させていただきました」

「は?」

「その結果は――バツ、でございます」


 と、目をカッ、と見開きながら、大仰な仕草でバッテンを作った。

 …………なに、言ってんだこいつ?

 クルトワという侍従は、とくに乱れてもいない髪を整えるように手を添えると「残念ながら、貴女様はヒューイ様にもラングストン家の名にも値しません。よって、これより百㍍四方に近寄ることを勝手ながら禁じさせていただきます」と、残念そうでもない口振りで言い切った。

 ……なるほど。

 こいつの仰々しいまでのアクションと無礼な態度には頷けはしないが、俺がヒューイに近づいてほしくない、という意思はよくわかった。


「……そう、ですか。つまり、わたしがヒューイにみだりに近寄るな、と言いたいワケですね」

「ご理解いただけたようでなによりです」

「フレイ、それは違っ――く、クルトワ! ぼくの交友関係に勝手に口を挟むのは止めてよ!」

「いえ、主の交友関係の管理は、侍従の努めでもございます」


 ヒューイは慌てたようにクルトワを詰ったが、その抗議を一切受け付けんとばかりに、手で押しとどめた……いや、なんでもいいんだが、こいつの方が俺よりも主に対する態度が非礼なのでは?


「いいえ、これは私から主に対する親愛の情からなる行為……よって、一切の不興も買うことなどあろうはずがない」

「あっ、そ」


 まあ、頑張ってくれ。

 実のとこ、クルトワに肩を抱かれたヒューイは、こっちに助けを求めるような目を向けてきてるのだが、いまの私のレベルではこの妙ちきりんな執事を倒すレベルにないし、その時間もないのだ。すまぬ、ヒューイ!

 私も、ボギー様による折檻は怖いんだよーっ!

「待ってよ!」と、いう声が追っかけてきた気がしたが俺は涙を呑んで、ヒューイたちに背を向け、パーティ会場を捜索しに向かった。

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