LV88
教室に戻るとボギーは出来上がったブーケをシャナンに手渡しできて、落ち込んでいた機嫌が少しく治ったようだ。もっとも、渡すにまでじれったい程、時間がかかって後ろからけしかけるのに難儀したのに、シャナンの阿呆は「あぁ、ありがとう」なんて、軽く済ませてんだものね。
その想いにいい加減に気づけ。と、どつきたくなったものだが、ボギーはそんな素っ気ない対応でも嬉しいのか、授業中後ろから見てても上の空なのが丸わかりで、頭の中では「ありがとう」がリフレインしてんだねきっと……まったく、世話が焼ける。
しかし、ボギーが俺を頼る程、弱気になるなんてなぁ。今日みたいな騒がしいシャナン周りのことで、彼女なりに思う所があるんだろうけど……いっそ、昨日のトーマスさんの話を打ち明けた方が……って、無理か。生真面目なボギーには、打ち明けたって要らぬ心配をかけるだけだしね。
あぁ、この憂鬱な授業が続けばいいのにぃ。そうすれば、俺も昼食会なんぞ出席しなくて済むのだ……。って、モーティスの濁声と怒鳴り散らす態度も十分、精神衛生に悪いんだけどさ。だが、魔物が出るぐらいの昼食会よか、百倍マシってものよね。
しかし、無情にも昼休みを告げる鐘が鳴ってしまった。ついにきてしまった。と、暗澹たる思いで教科書を片していたら、周りの生徒たちはすでに帰り支度を始めている。
……え、今日って、授業は午前中までじゃないよ、な?
「シャナン様……わたしたちも帰っていいんですか?」
「話を聞いてなかったのか? 「本日はルクレール家のパーティがあるから、授業は半分です」と、最初のホームルームで言ってただろ?」
「……マジっすか、それ?」
……学院の授業内容を変えるとか、ルクレール家の専横っぷりパネェっす。だが、ヤツらがそれだけ本気だというなら、こちらもやはりパーティ中は一切、気を抜いてはならんだろう。油断すれば袋のスライムだと思うべし。
「ともかく、お気を付けくださいね。今日の敵はいささか殺気立っておられますから。パーティ中は、一切の食べ物、飲み物は……わたしが口につけた物以外、一切食べてはいけません」
「……ウチの学院では抗争してるのか? べつにただ昼食をともにするだけだろうに」
「そんな舐めてかかっては痛い目に合いますよ!?」
すでに抗争の的になってるんです。と、言えやしないんだけどね。でも、さしものシャナンも、毒を仕込まれては一貫の終わりでしょ。これら、万全の対策は無駄に思えるかもしらないが、必要なことなんです……なにも、私が美味しいランチを食べる口実にしたい、とか、昼食を食べる口実、とか、ごはんを食べたい口実、とかじゃありません。
……ささ、ともあれ防刃対策として、この厚紙をお腹の周りに。と、昨日、夜なべして作った物を鞄からだそうとしてたら、ぬっ、宿敵の気配が……
「シャナン様。今日はエスコート――の役目はワタクシが仰せつかりますわ。本日のパーティを楽しまれていただければ嬉しいのですが」
と、品を作ったテオドアが一派を引き連れてやってきた。
……ケッ、さっきまで授業を抜けてどっか行ってたと思ったら化粧してたか。さすがに、制服までは弄れなかったようだが、首回りにはキラキラと眩しい紅いジュエリーが。こいつ本気だな……。
「ハイ、ルクレール嬢には、お招きいただいて感謝しております」
「いいえ、お気になさらず。前もって申し上げておりましたけれど、本日のパーティはそれはそれは、とくべつな物。ですわ。お集まりになる方々は、いずれもこの国の次代を担うような責任ある立場の方ばかり……そこでの交流はだれにとりましても、有意義なものとなりますでしょうね」
……ふん、ぱーちぃ、ぱーちぃ、うっさいヤツ……”とくべつな連中”を選んだ自分は、また”とくべつ”って言いたいってだけっしょ?
テオドアは優美な仕草でシャナンの腕を取ると、チラッ、と鞄のなかからはみ出していたブーケに目をやると、それを勝手に抜き取った。
「ステキなブーケ。だれからの贈り物ですか?」
「いえ、それは皆さんからの頂きものを、ウチの侍女がまとめて……」
「そう? ならワタクシが頂いてもよろしいでしょ」
……をい、待て。
「ルクレール様お待ちを。差し出がましいですが、それを持ちかえられるのは些か……」
と、苦言を呈したら、テオドアはザーとらしく憂いた声をして「また、貴方なの?」と、言った。うっさい、それはこっちの台詞だっ。
「……ほんとに、差し出がましいわね。なぁに? この白い花には見覚えがございますわ。これ、ワタクシが送ったものですわよね」
「左様で。ですが、御覧の通り、他の多くのお嬢様方の想いが込められたものです」
主に、ボギーのな。
「それを他人の手にあっては、ご気分が悪くなられる方もおられるでしょう。なので、それを持ちかえられるのは困ります」
「貴女、妙な勘違いはしないでくれる? 勝手に持ちかえるなんて致しませんわ。これは、シャナン様からワタクシへの本日のパーティの招待に対するプレゼント。ならば、問題はないでしょ?」
いつ、シャナンが、オマエに、ヤ・ッ・タ・ン・ダ・YO!?
「……いえ、人には差し出してはならない贈り物がございます。それを我がローウェル家のみならず、ルクレール様のご評判にまで関わるとあっては、そのようなご要望にはお答えできませんと」
「だから? ワタクシが欲しいと言ってるのよ。そこにその品物があるっていうのになんの不足があるっていうのかしら?」
と、テオドアにも意地があるのか、段々とその声のボリュームが上がってきた。
……その我が儘っぷりは、ほんといい加減にした方がいいぞ。私が切れぬうちにな……。と、俺がムン、と胸を張ってやったら、巻き舌は挑戦的にの赤い目を細めてきてる。お、やっか、やっか? と、しばし睨み合うと、シャナンが慌てた様子で、割って入ってきた。
「ちょっと、お待ちを……ルクレール嬢がそんなに花を所望されているなら、改めて僕が違う物をお送り致しますので……」
「ほんとですか?」
その言葉にテオドアは爪を引っ込めた猫のようように上機嫌を声をした。
「ふふっ、嬉しい。ならその時を心待ちにしておりますわね」
……チッ、ムッカツク野郎だなぁ……。
シャナンも甘やかせ過ぎだろ? こんなヤツに送る花なんざ彼岸花で十分だからなッ!
テオドアはご機嫌なまま、ブーケに関心を失ってか、それを机に放ると、またシャナンの腕を引いて、勝ち誇ったようにクスクスと含み笑って、まだ口撃したりないのか眇めた目をしつつも「ねぇ、シャナン様?」と、甘えた口調をした。
「苦言を呈するようですが、こちらの侍女は本日のパーティの場には相応しくないと思いますの。だから、そちらの栗色のおとなしい彼女にしてはどうでしょう? あちらの金髪の方は、いずれローウェル子爵の名に泥を塗るようなタイヘンな粗相をしでかさないとも限りません。すぐにでも解雇した方が――」
「それは――」
「そんなことございません!」
拳を強く握ったボギーは、鋭い声でそう叫んだ。
「こちらのフレイは、私よりもはるかに優秀でございます。どこへ出しても恥ずかしくもありません!」
……ボギーたん!
「そう? ……なら、貴女へのワタクシの評価はずいぶんと買いかぶっていたかもしれないわね」
と、テオドアは一瞬だけ笑顔を消してが、やがてボギーにも毒っけまじりに頬を吊り上げて笑った。そして、騒動に幕を引くように、顎をしゃくって出発を促した。
……ハァ。
まだ、パーティ会場でもなにのにこれかよ、とすでに疲労困憊な俺も後に続いた。




