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LV87

 トーマスさんとのお買い物を終え、寮へと帰った頃にはすでに晩の時刻だった。

 門限には間に合ったが、下の食堂は火を落とす直前で、慌ただしい買い物の極め付けのように夕食を手早くすませ、自室へと戻った。

「ランチの軽食も美味しかったけど、寮のごはんも意外に美味しかったなぁ」なんて、ボギーは上機嫌だけど。久々の街めぐりなのに、ゆっくりどころか身も心も逆にくたびれて帰ってきた感じがする。ワタクシはもう雑貨店めぐりの頃にはズタボロでした。てか、喰ってすぐベッドに寝るなんて牛になるぞ。


 しかし、ボギーは「そうだ! おじい様からいただいてる手紙の返事書かないと!」て、トーマスさんから別れ際に、受け取った手紙をいそいそと開いてる。あぁ、そいや俺の分もあったっけ。

 トーマスさんは以外にも律儀なので、クライスさんを送りがてら、村へと付き添って、その時に俺は母さんたちへと手紙を預かってもらっていて、今日にはその返事を貰って楽しみにしてたのよねぇ。さ~て、なんて書いてあるかなん…………


 …………。



「…………」

「どうしたの~? なんか身体全体が震えてるけど、お腹でも冷やした」


 うぅん、違うの。寒いのは心よ。

 俺は絶望感に項垂れつつ、隣から覗き込んできたボギーに手渡す「イイの?」と、目顔で聞いてくるのに頷く。うん、構わないよ、不幸の手紙は最低でも三人に波及させなきゃダメだからね。


「エー、と……「フレイへ。貴女がいない日々は寂しい限りですが、父さんも母さんも元気に変わりなく過ごしています。村の様子も変わりなく、ニュースといえばご近所のトビー君が自警団に入団したことくらいかな。……えっと、それから、ン~…………突然ですが、父さんが新しい商売を始めることにしました。貴女もいま、これを聞いて驚いてるかもしれませんが、母さんもそうです。成功するか否か、勇者様のみが知る。と、嘯いていたりして不安なのですが、しかし、貴女がいなくなっていつもしぼんでいた父さんが、珍しく活き活きとして、貴女にいい所を見せると言うので、母さんも反対しません」…………なるほどね~」

「なるほどねー。じゃないわよボギーたんっ!?」


 大事な大事なお友達の家が、またぞろ貧乏へと一直線にひた走ろうってのに、どうしてそんな冷静でいられるのよ!


「いや、あたしに言われたって、フレイのお家の話だもの」


 なんて冷たいっ!? 友人がシクシク泣いているのに、かける言葉がソレ?

 ……あぁ、非道いよ。それ以上に、不安だよ……てか、父さんもなぁにが、新しい商売だよ。俺のいぬ間にデカイ顔して嘯いて、なにをやる気なん?

 詳しいことが、なんも書いてないのが、不安すぐる。というか、上手くいった未来なんて見えてこないッ!? いや、俺様のような卓越した知見がないのに、父さん如きが起業なんて無理だ……

 キーッ、おのれ勇者めっ!? 父さんに浮いた金なんぞ渡すからこんなことになんだよ、責任取れよな! つーか、いままでの借金の穴埋めにって。その金額が、金貨五枚って、それっお前、俺が無理くり押し付けた、辺境伯の額と同じじゃないの!

 こんな洗練された意趣返し、さては、ジョセフの入れ知恵だなッ!? もうなんてヤツらなのっ!? ことごとくの重荷を俺に押し付けておいて、少~しばかりのご負担すら跳ね返す! オマエは仲間の回復魔術すら跳ね返す防壁魔術かッ!?


「えぇいっ、父さんの心を折るような手紙を早急に書かねば!」


 ……残念だが、いますぐ村に戻ることは叶わないものね。そんなことしたら、女王陛下とのやくそく破りで、俺の首がハイ、チョンパ。される……あぁ、なんだって、俺はこんなにも人に使われてばかりっ!

 って、苛ついて書き殴ったせいか、文面も書き言葉もが大いに乱れてしまった。まぁよいわ。えっと、とにかく、新しい商売を始めるのはわたしが村に帰る三年後にして――って、あれ、わたしが村に帰――あれ?

 こ、これは、どうしたことか? 「村に帰る」と、書こうとしたら筆がポキッ、と折れるんだけど……なに、これ? まさか不吉なフラグ? ……なにか村によくないことが起こる前触れ?


 ……ハッ!? そ、そうか、わかったぞ!

 この筆折れるフラグは、やはり三年後に世界が破滅するレベルの不吉の訪れを告げておるのだろう。それを、三年で力を蓄えたこの俺様が颯爽と村に駆け戻り、その窮地を救うのだ。そして、ビバ! 私が生きる伝説に!?

 クックック。永らくに待たされたが、ようやく異世界転生主の出番のようだなぁ。頼りな~い勇者はお役御免で結構よ。


「……なに、急ににまにまして、気持ち悪い」


 ボギーたんが、ドン引きしたように自分の手をかき抱いてる。ふっ、嗤わば嗤いたまえ。……あぁ、三年後が待ち遠しい! ってか、その輝かしい未来の前に、貴族たちの陰謀やら、それに明日に控えたテオドアとの昼食会を片さないと……仮病でも使おうかな。





 明くる日の朝は、すっぱりと目が覚めた。乾いた風にはすでに初夏の訪れを感じる。

 登校路は気が早くジャケットを脱いだ半袖シャツまでいて、そんなにもモテたいか、と、季節を先取りしすぎな男子を、クスクスと陰で揶揄っただろうが、いま待ち遠しいという思いがよーくわかるゾ!


「あぁ、三年後。後三年っすよ!」

「……昨日から、そればっかり。だから、三年後になにがあるって?」

「だぁから、言ってるじゃないですか、もう! 世界の危機です! そして輝ける未来!待ち遠しいなぁ……それまでに少しでも身体を鍛え上げないと!」

「……頭打ったのかしら。いや、そんな素振りはなかったし、急に終末思想にかぶれるだなんて。やっぱ冷たくし過ぎで心の方が……」


 なに、ボギーたん? 急に優しそうな笑顔をして。あたしたちなにがあっても友達だよ。って、そんなの改まって言うことじゃなくない? そんな優しさを披歴しうことないわよ。て、まさか昨日の女装にかこつけて双子コーデして揃えようという誘いじゃないよね?



 なんともいえない笑顔のボギーを引き連れ、教室へと入るとそこはお花畑が咲いていた。って、なんじゃこりゃ!


「うっわ、なにこれぇ!? シャナン様の席が花束ばっか!?」

「あぁ……来たのか」


 て、シャナンが浮かない顔をして、色とりどりの花を咲いてる席に座っていた。ムッ、珍しくテオドア一派の姿はないな。大方昼の準備に勤しんでるんだろうけど……俺たちは恐る恐る、近寄っていくと、シャナンもホッとしたようである。しかし、なんなん、この咲き乱れてる花々は。大の男であっても、ひと抱えで持てない分量じゃない? まさか、この子はお亡くなりになった。とか、そういう急な虐め展開か?


「これ、なんの花なんですか?」

「さぁな。朝、来たらこの状態だ。それとこんな送り状まで花に添えてあって……」


 と、何十通もの紙切れを示した。ン、と中身はどれも宛名と、軽い挨拶としかないな。うわ、こいつ――シャナン様に、愛をこめて。なんて大胆な。と、思ったら、テオドアの花か。白い大輪の大花だけど、喰ったら致死性の毒があるかもしらん。


「……これ、たぶん昨日、学院の規制が解除されたから、皆が一斉に花を買い求めて送ってきたんじゃない、でしょうか?」

「ボギー。それたぶんじゃなく大当たりっ……てか、どーしましょうか、これ。キレーなのはいいっすけど。この状態のまま授業は無理っしょ」

「……わかってる。さっき僕の部屋に活けてきたが、これでも、まだこうも大量にあってその処理にな」


 ……ハァ。トーマスさんの話。昨日の今日でこれかよ。

 ともかく、処分するにしても、ないがしろにはできないよなぁ。一応は、貴族様からの贈り物だし、無下にしてはどんな難癖がつけられることか……

 えぇい、ショーがない。束になってるのがあんだろ。これ、一輪だけ抜き取ってぜーんぶひとまとめにして、ブーケにしますか。そうなれば、文句はつけられないでしょ?

「あぁ、それで頼む」と、拝んでくるシャナンを置き去りにして、俺とボギーは水場にて花の選定を行う。つっても、こんな大量にあると選ぶにもひと苦労なんだが……。


「こんなに大量に花が合っても、選ばれるのは一輪だけなのね……」

「なぁに、黄昏てるんですか……ってか、選ぶのは一輪でも、送るのは束になったブーケなんだから、いっそ第一子爵夫人、第二子爵夫人、みたいなハーレムじゃない?」

「ハァ……フレイには乙女心がわからないのよ」


 ほぅ、とボギーがセンチメンタルなことを言うてるよ。もう、いいから手を動かす!


「ねぇ、頼みがあるんだけど」

「ン? なんです改まって……」

「今日の昼食会、フレイが出席してよ」

「え、マジ? いや、でも出席者って」


 確か、テオドアのやつ豪勢にすると嘯いてたけど、侍従の随行はひとりしか許さない、て塩対応だったじゃん。それを欠席するってのは、つまり俺が行けってこと?


「でも、いいんですか? ボギーの方が、サーブは上手いからシャナン様に恥をかかすどころか、評判をあげるってことも」

「うぅん、いいの。こういう場面はフレイの方が場数は踏んでるんでしょ? だから、……絶対、シャナン様を守って。お願い」


 と、ボギーは真剣な面持ちで、俺に向けて頭を下げた。ちょ、……そんな、頭を下げないでよもう!


「そんな、ボギーに頼まれることじゃないでしょ? ……わたしたちの任務は始めっから、それなんですから」

「じゃあ、行ってくれる?」

「もちろん。……あの巻き舌の相手は、ヤですけどね」


 俺は出来上がったブーケをボギーに手渡すと、ボギーは花に負けないような満面の笑顔になってそれをかき抱いた。

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